111話 情報通
5章の始まりです!
情報通には憧れますねえ。
大学祭が終わって2週間。瞬く間に6月となった。
ゴゴゴッ、ゴゴゴ……。
材木と呼ぶには異形の物を万力にはさみ、ヤスリを掛けている。
堅いなあ。あまり削れない。
「おお、レオン。おはよう」
「おはようございます」
ミドガン先輩だ。
「んん? 実習課題か? 珍しい材木を使っているな。材は何だ」
「はい、課題です。ウバメガシって言うらしいです。堅いですね、これ」
「確かに堅そうな音だな」
音でわかるんだ。
「例の魔術で削らないのか?」
「リヒャルト先生に工具を使ってやってみましょうって言われまして」
「まあ、他の学生と比較しづらいからなあ」
できた杖(魔石なし)で比べてもらえば良いと思うんだけどなあ。
「そういえば、掲示板見たか?」
「掲示板? いや、今日は見ていないですけど。何か書いてありました?」
ああ、月頭か。もしかして大学の人事が出たのか?
「うん。ジェラルド准教授だけど」
ジェラルド……そういえば、大学祭以来見掛けていない。先週の合同魔術技能実習も休講だったしな。
「6月1日付で、やっぱり軍に戻るそうだ」
「えっ!?」
「異例だよな。7月下旬まで、2カ月切って居るのになあ」
「そうなんですか?」
7月には入試の2次試験があって、その後は10月まで長い夏休みがある。そこで後期課程は終わり、つまり学年が切り替わるのだ。
よって、昇進昇格とかは別にして、7月末に人事が出るというのが一般的だ。先輩はそう言いたいのだろう。
「学生の評価を出す時期だから、教員は1番忙しい時期なのになあ。先生方は大変だろうなあ。技能学科のやつらはよろこんでいたぞ。高圧的だと評判が悪かったからな」
「あっ、ああ……」
まあ、そうだろうなあ。
あれ? 待てよ。
まさか、切っ掛けはあの一件なのか? まさかあれで、クビになったとか?
いや、あの学部長だ、あり得るな。
「あのう。どういう理由でやめるとか書いてありましたか」
懲戒なら懲戒と書いてあるはずだ。
「それがなあ。掲示板の辞令には、本人の依願と書いてあった」
「依願?」
「准教授が辞めると言い出したってことだが、怪しいんだよな」
「はっ?」
「うぅん。最近ずっと欠勤だったそうだし。遡ると大学祭で何かやらかしたらしいとはうわさになっていたんだよ」
「そうなんですか?」
先週の休講は欠勤だったからなのか、ふむ。
あっ!
「先輩は、さっきやっぱり軍に戻るって言いましたよね。やっぱりってなんかあったんですか?
「うーん。先週末に総務部の職員さんが、専用教務室から荷物を運び出していたそうだからな」
「へえ……」
ミドガン先輩は、本当に情報通だな。
ふむ。
「まあ。あの先生が居なくなっても、どうせ後釜を軍から送り込んでくるんだろうからな。もう少しまともな先生が良いなあ」
「そうですね」
やはり。
僕は、学部長に転科の危機から救われたのではなく、彼の先生排除に利用されたというのが妥当のようだ。無駄に感謝していなくてよかった。逆に憤りもしないが。
「それより。リヒャルト先生が困っているぞ」
ああ……。
僕が作り大学祭で展示した光魔道具が、物議を醸しているのだ。工学部の教授から技術開示要請が来たそうだ。
「いやあ、でも。僕のせいじゃないですよ」
「わかっている。学科長がなあ」
そう。要請を受けたリヒャルト先生は、僕が開示に同意したので、学科長に承認申請を出したのだが……。
「要請を出したマクセン教授がなあ」
よくは知らないが、学科長とその工学部の教授が折り合いが悪いらしい。その教授が、光学科とは違う学科だからなのか、どうかはわからないが。学科長は開示要請に許可を出さない。
結果、リヒャルト先生が板挟みになっているようだ。
特許も出してある。まあ全体の制御はがんばったけれど、個別の技術的には別に大した魔術じゃないし。
「折り合いが悪いんだよ。今年は、例の魔石刻印装置が予算を喰ったからな」
ゼイルス先生のあれか。
「魔導学部内部だけでは調整ができなくてな、しわ寄せが工学部にも及んだそうで。それでなくとも、前から工学部と魔導学部は仲が悪いからな」
ええと、もしかして、リヒャルト先生が困っているのをたどっていくと、ゼイルス先生に行き着くのか。予算を取った取られたのは必要度に依るし。ゼイルス先生をかばう気はないけれど、逆恨みっぽいな。
「まあ、そんな話は聞きますが」
「俺もよくは知らないが、そもそも魔導学部の2学科は工学部の学科だったからな」
魔導学部志願者の増加にしたがって、独立したと大学史には書かれてあったが、ケンカ別れというのが真相らしい。何があったのだろう。
「学生の間ではそんなことはないですよね」
特殊な化学反応を促進したり、反応速度を上げる魔術の他、魔術による加工も使われている。件の光学系では光の集束も魔道具が主力になっている。
「まあな。学生間は交流があるし……」
「ん?」
何だろう。ミドガン先輩が言い淀んだ。
「そうだ。執事喫茶だが、工学部にも評判がいいぞ。主に女子学生にだが」
「そうですか」
男子学生は、来ていないから知るはずがない。
「うん。魔導学部は斬新でノリが良い学科だったんだなあって、こっちは男子学生によく言われる。レオンとオデットさんのおかげだな」
「私がなんですか?」
僕は気づいていたけど、先輩の真後ろにオデットさんが居た。
「おおぅ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
「いやあ、執事喫茶の評判が工学部でもいいって話をな」
「はあ、寮でも、そうなってますね。理工学科の存在感が改善した気がします」
「おお、そうなのか」
「ええ、まだまだですが。とはいえ、評判がよくなったのは、私というよりは喫茶に携わってくれた皆さんの成果でしょうね」
謙遜なのだろう。オデットさんの顔が少し紅い。
「それから」
「ん?」
「最近、レオン君のことをよく聞かれるわ」
「僕?」
見てはいないけれど、イザベラ先輩の絵のせいか。
「後夜祭で踊ってもらったとか、握手してもらってうれしかっただってさ」
「ううぅぅ」
ミドガン先輩が、済まなそうに笑っていた。知り合いだけと踊って帰ろうと思ったのだが、先輩が女学生を連れてきたのだ。まあ顔が広いから頼まれたのだろう。
「しかし、いつまでも大学祭を引きずっているわけにはいかないよなあ。来月には経過報告があるしなあ」
笑っていたオデットさんが、すうっと真顔に戻った。
ふぅ。そうだ。もう1年がたとうとしている。
奨学金に対する研究報告をしなければならない。
2月に、計画書を出してまだ3カ月余りしかたっていないが。夏休みの前に済ますために7月に実施されるのだ。
「何だか迫ってくると、気が重いですよねえ」
少しオデットさんが心配そうだ。
「1年生は、まだいい。形式的なものだ。よほどでなければ、奨学金の支給停止とかはないからな」
「ただ経験がないから、どうしたものかと?」
「ふむ。必要ならば対面の報告の仕方や、報告の書き方は、学科の審査で指導してくれるから心配ない。1年生はそれでいいが、俺は最後の1年にしたいからな。がんばらないと」
ミドガン先輩は一応の目安とされている、4年次までは大学に居てくれるようだ。
「まあ、国の奨学金学生の数が多いし、さほどでもないが。私設の援助元の場合は、援助元によるからなあ……大丈夫か? レオン」
「ええ。まあこの半年は準備期間、技術調査を中心に充てると計画に書いたので、それなりに何とか」
「ということは、心配ないか」
「そうですね。レオン君のことですから」
「はっ? いやいや あと2カ月は、しっかりがんばりますよ」
僕をどんなやつだと思っているんだか。
「そうね。私はルイーダ先生から、どうとでも取れるように書いておきなさいと指導されて、それはどうなのと思ったけれど。今は感謝したい気分だわ」
潔癖なオデットさんらしい。
「まあ、1年は大したことはないが、学科への報告が6月末だろう。7月上旬の学年末試験は……ああ、レオンはほとんどないのか。それにしてもいろいろ立て込んで結構忙しいぞ」
「了解です、先輩」
そうだな。
そろそろ、僕も決断しないといけないようだ。
日程で追われているわけではないが、目下の取り組みがうまくいっていないのだ。
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訂正履歴
2024/06/02 誤字訂正,表現変え
2024/06/05 誤字訂正(rararararaさん ありがとうございます)