12話 魔術革命の端緒
大きな進歩って、意外とささいな気付きが切っ掛けになるんですよね。
「へえ。魔束は交流なんだ」
なるほどなあ。
本当に、魔術モデル共通ドキュメントは、勉強になる。
つい最近、突然ハイエルフ言語サブセットがインストールされた。これにより、魔術を志してから大きな壁となっていた、深い階層のドキュメントが読めないという状況が解消された。
非常に幸運なはずだが、なぜかそう思えない。
いかん。感謝の気持ちを持つべきだ。母様の教えがなくとも。
ん?
ちょっと待て。魔束に周波数があるということは。
ドキュメントのリンクを次々追っていく。
「やっぱり……」
魔術には、それぞれに固有の振動数があった。
共振周波数と言うべきか。
魔術モデルの階層を潜っていくと、魔導等価回路モデルがあって、インピーダンスによって共振周波数が決まる。
魔術発動には、この周波数に対して、有効誤差範囲内で魔束を励起する必要があると。
なるほど、なるほど。
いやでも、発動時にそんなこと意識したことはない。
ドキュメントをさらに探す。
ああ、魔術モデルは起動すると、発動誘導の魔導波を発し、それを人体に印加して増幅。最終的に魔界強度が上昇して、魔術が発動に至る。
すごいシステムだ。それも仮想ではなく生体でやっているとは。
しかしながら、人体モデルを通す段階で、ノイズが混入してしまい魔術発動に至らない場合もある。そういうことか。
また、供給する魔界強度が共振周波数に近いほど、透魔率が上がり、少ない魔力で魔術が行使できるか。
それはいい───
制御しがいがあるってものだ。
早速やるか!
†
僕は、いつものように郊外の私有地に来た。
鼻歌交じりで、小高い山というか丘を登る。ここ数年、身体も鍛えた上に、少しだけど身体強化魔術を行使しているから、この程度では息も上がらない。
尾根を越えて下り始める。
思えば、ここも草が少なくなり、通りやすくなってきたな。通い出した頃は獣道程度だったが、僕が頻繁に通るから段々草が薄くなって、通りやすい踏み分け道になってきてる。
あっと言う間に、湖の畔に来た。
「やるか」
誰もいないのに声を出し、直径百メートル程の湖水に向けて腕を伸ばす。
≪ブリーゼ 改3.5≫
おおう!
うなりを上げて、湖水が波立った。
ただ、風が出るだけのブリーゼを調整しまくり、圧縮空気の弾体に変えたのが改3だ。今はさらに改善を加えている。
魔術モデルの深層に潜ったことで、発動メカニズムがわかってきた。
魔術の行使のためには、共振周波数の魔界強度を高めるのだが、ある程度誤差があっても、規定値を超えれば発動する。
ただ当然だが、共振周波数から外れれば外れるほど、効果が落ちる。風魔術であれば風量や風速が落ちるのだ。落ちるだけなら、まだ良いが。発動時間が延びて、魔力消費量が増加するから、効率が甚だ悪くなる。
そのため、魔術モデルには、周波数の許容誤差分散に限界値が設定されており、その範囲に入らないと発動しないように、魔力の供給防止設定がされている。熟練術者は加齢により魔力総量が減るらしいが、効率でそれなりにカバーできるそうだ。
ちなみに初心術者が多く使う初等魔術では、その限界値が広く設定されていると、ドキュメントに書いてあった。
そこで僕は限界値設定を変えた。前例の半分にしたのが改3.5だ。
確かに効果、いや威力が、何割か上がった気がする。
じゃあ。
≪ブリーゼ 改3.6≫
うっ、少し腕に反動が来た。
これは、限界値を1/4に絞ったバージョン。
間違いない。やはり、共振周波数に近い方が威力が上がるんだ。
水面にえぐれる程波が立った。
腕を少し下げる。
≪ブリーゼ 改3.6≫
おおう! 轟音とともに、水柱が上がった。ここまでくると攻撃魔術になるよな。魔獣をたおせるかも……そうなれば、僕が魔術を使う付加価値になる。いや。それは後で考えよう。今は魔術に集中だ。
もっと、発動の限界値を絞ろう。
≪ブリーゼ 改3.7≫
あれ?
≪ブリーゼ 改3.7≫
発動しない。
絞り込みすぎたか。改3.7では限界値を1/8にしているからな。
想像は付いていたが、限界値に入る確率を上げないと、発動しないらしい。
≪ブリーゼ 改3.7≫
:
:
:
はぁ、はぁ……。
いつの間にか、肩で息をしていた。
魔術を発動しなくとも、魔力と体力を消費することを実感した。このところそれなりに鍛えてきたと思っていたが、まだまだだ。もっと心肺機能を上げないとな。これから魔術を上級にしていく段階で悪影響が出る。
集中……
『レオン殿は、常人とは異なる魔術の発動手順、想念の高め方、魔力の強さがあるようです』
そうだ。僕にならできるはずだ。
≪ブリーゼ 改3.7≫
目の前が白く煙り、丸く集束して飛んでいく。
風魔術が、衝撃波魔術に変わった瞬間だった。
やばっ!
水面を大きくえぐっただけでは足らず、対岸にある木々を何本かなぎ倒した。
ううっ。反動もある。
後ろ向きに倒れて尻餅を搗いた。
くぅぅ、右腕が……肩までしびれた。
息も荒くなった。
できた! できたが、厳しい。
魔術の威力を上げれば、術後硬直も厳しくなるとは書いてあったが。一気に魔束が流れ出した反動が身体にくる、頭ではわかっていたつもりだったけど実感した。
成人して身体ができてくるのを待つか、いやもっと身体を鍛えるべきだな。
課題も見えたが、収穫もあった。あれだけの魔術を使えると自信が付いた。
それにしても。風、つまり空気を動かすという現象は同じでも、もはや同じ魔術とは言えない。脳内システムを使う時は、間違えて発動するとは思えないが。通常発動の時は怪しいかな。
バージョンで示すより、名前を変えておくべきだな。
ステトラを起動して、モデル名を書き換える。
≪衝撃≫
空に向けて、腕を突き上げると、気合いを込めて発動した。
ふうぅ。大気が白くなった。
おわっ、頭上から雷のごとき轟音が何度も響き渡った。
†
はぁはぁはぁ。
「まあ、レオン様。どうされたのです? 大丈夫ですか」
「ああ、ゾルカ……」
館に入ったら、気が抜けてしまったか。へたり込んでしまった。
そこをメイド頭に、みつかってしまったようだ。
「ウルスラ、奥様をお呼びして!」
「はっ、はい。ですが、奥様はお出かけのご用意をされています」
「早くお呼びするのよ…………」
†
冷たくて気持ち良い。
額に冷たい物が当たっている───手だ。
眼が開いた。
「母様」
「熱は下がったようね、レオン」
母様の手指は、細くて白い。そして冷たいのだ。
ふむ。自分では気が付かなかったけれど、発熱もしていたのか。
「ここは……」
自分の部屋だ。
「コナンとハインが、玄関からここまで運んでくれたのよ。後で礼を言いなさい」
「はい」
あっ。
「母様、どこかに出掛けるんじゃ?」
ウルスラが、そんなことを言っていた。
「そうだったかしら?」
母様の方を見ると、服装はいつもの通りだ。だけど、長い髪を結い上げてある。
「母様は、僕が寝ている時は優しいのですね」
「そうね。寝ていると、レオンは赤ん坊の時のようだから。起きているときは、生意気で困りものだけど」
「ハイン兄さんよりもですか?」
「ハイン? ふふっ、ハインは口は悪い時があるけれど、素直で良い子……いえ、彼ももう成人したのだったわ。それに比べて」
「えっ」
「あなたは、私の前では大人しそうにしているけれど。強情だし、無茶はするし。魔術を始めた頃から、少しは大人になってきたと思っていたけれど。変わらないわね。あなたのことだから、今日だって魔術をやり過ぎたのでしょう?」
うわ。お見通しだ。
「そうね。あなたは、兄弟の中で一番困りものよ。コナンとハインが、一番下の子だからと言って甘やかしすぎたのね」
結構ひどいことを言われているようだが、ベッド脇にいる母様の顔は穏やかでほほ笑んでいる。
「今後はつつしみます」
「また心にもないことを言う。ふふっ。いいのよ、男の子はね、無茶するぐらいで。でも、お父様を泣かさないようにね。あの人があなたのことを一番心配しているのだから」
「はい」
「ところで、明日は日曜ね」
うっ。
「私が何を言いたいか。わかるわよね?」
「はっ、はい」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2023/09/30 少々表現変え
2024/07/06 誤字訂正( ライカさん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (むむなさん、布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/07/29 誤字報告 (しろうさん ありがとうございます)