110話 大学祭(11) 後日談 (4章本編最終話)
いやあ、我ながら大学祭の話は長かったですね。110話でそれも終わり、4章本編の区切りとします。
ご評価、ご感想をお寄せください。
「疲れているわね。レオンちゃん」
ギシッとベッドが軋んで、アデルがうつぶせの背中にのし掛かってきた。脚が絡みつき、柔らかな膨らみと少し硬い尖りが押し付けられる。
シャワーを浴びてきた肌がまだ少し湿っていて、吸い付くようだ。
「正直ちょっとね」
「そうなんだ」
後夜祭がなあ。
ディアやベル、それにオデットさんたちと踊ったところで、帰ろうと思ったのだけど。それからも、誘われたので10人以上と踊った。
アデルたちを見送る際、今日8時に部屋に来てと言われたのでやって来たのだが。
なんか、いろんな匂いがすると、玄関で顔を顰めた。それで先にシャワーを浴びて待っていたのだけど。睡魔が。
「重い……」
「しょうがないわねえ」
アデルが離れた。
「レオンちゃん。仰向けになって」
はいはい。
「まあ、かわいい」
何を見て言っている?
まもなく、想定した部位に熱い吐息を感じた。
「うふふ。これでよし」
「アデルさんは、どこで、そういう技を覚えるのかなあ」
最初はキスもぎこちなかったのになあ。いや、僕もだけど。
「舌使いとか? 日頃の研究の賜ね」
何を研究しているんだか。
「それよりも。あの2人かわいかったわよねえ」
「2人?」
「レオンちゃんの友達って子たち。あの子たちでしょう、下宿の部屋で酒盛りしたのは」
「ああ」
そんな前のことを、よく覚えているよなあ。
「ああって、憎らしい。噛んじゃおうかな、これ!」
そこは噛まないでくれないかな。
「なんだかレオンちゃんは、お疲れのようだから。んんっ、今日は私がぁ、くふぅぅう……」
「はぁ」
目前でふたつの球体が弾み始めた。
「かわいいっていうけど。アデルと同い年だぞ」
「そうなんだ。まぁ、ますます、ゆるせないわぁ。ふぅうう」
意味がわからない。
「あんっ! ちょっと動かないで」
「はいはい。それにしても、あぶなかった」
「んん?」
「アデルが、僕のタイを直したとき」
「あれねえ。気が付いたときは、もうね……レォンちゃんはぁあ、役者になれるぅわ」
「ははっ。お褒めに与り光栄です」
† † †
大学祭が終わった次の週。水曜日の3限目を終えると、久しぶりに産学連携事務所に向かった。
「オデットさん、先に入って」
「うん」
うなずいた顔が、少し強張っている。
中に入ると、応接室へ通された。中に入ると、ダンカン叔父とニコラさんが既に来ていた。
「お待たせしました」
「いえ、授業だったそうで」
「はい」
叔父さんのソファーの対面に僕とオデットさんが座り、連携担当者のベネットさんが側面に座った。ニコラさんはいつものようにダンカン叔父の背後に立っている。
「先程、ベネットさんから聞きました。理工学科の模擬店が、運営委員会から表彰を受けたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
優秀店賞という賞だ。店員、つまり模擬店に関わった人員1人当たりの売上金額が高い模擬店から5店が表彰を受ける賞だ。
その上に最優秀店賞という人員数に関係なく、最も売上金額が高かった模擬店という賞もあるが、そちらには大差を付けられた。
特段賞金も副賞もない単なる名誉賞ではあるが、僕たちとしてはうれしい賞だ。
「さて、改めまして、リオネス商会の方には、ご足労いただきましてありがとうございます。全員そろいましたので始めましょう」
「はい」
「はい」
「では……契約にありますように、リオネス商会は、食器、什器、衣装などの貸し出しと、茶葉、菓子の納入について執行いただきました。よろしいですな、店長さん」
「はい。ありがとうございました」
「代金については……」
「問題なく受領済みです」
叔父さんがうなずいた。大学祭の2日目にコナン兄さんに支払った。
「こちらに領収書があります」
オデットさんが、ベネットさんに渡す。
「確かに。報告書と金額は一致していますね。ええ……それで理工学科側からは、模擬店への立ち入りと、別途の分析報告書の提出と」
「こちらに」
僕がカバンから、冊子を取り出して、テーブルに置いた。
「拝見します」
いつになく真面目そうなダンカン叔父が、冊子を開いて読み始めた。
さて、何と言われるか。
ダンカン叔父だからな。普段から思えば余り厳しいことは言われないとは思うが。
張り詰めた空気が、5分も過ぎた。
ん?
音源を見る。
ふふふ……ふっふふふ……。
えっ? ダンカン叔父が、含み笑いを始めていた。
なんか変なことを書いたかな。
オデットさんと顔を見合わせる。報告書は、昨日彼女に見せてあるが、特に私からは何もないと返された後。思い出した様に、レオン君は魔術士じゃなくて商人の方が向いているんじゃないと冷やかされてしまった。
「支店長殿? どうかされましたか」
「いや。すみません」
ゴホゴホと咳き込んで、冊子を後ろのニコラさんに渡した。
パラパラとめくったニコラさんは、しばらくしてああとつぶやいた。
「実は、分析の報告書はもう一報ありまして」
「そうか、兄さん!」
兄さんは兄さんで作るって言っていた。
「そう、当商会の副支配人であるコナンが作成したものがあります。その内容がさすがはご兄弟と思えるほど似ていまして、結論や評価の切り口など、そっくりです。失礼ながら、支店長が笑ってしまったのは、そのせいですよね」
ダンカン叔父が笑いながらうなずいた。
そんなに似ているのか。兄さんが書いたのも読んでみたいなあ。
「ともあれ、ざっと見た範囲ですが、しっかり書かれていますので、謹んで受領いたします」
「えーと」
ベネットさんが、紙を指でなぞる。
「それでは、全ての契約事項は履行されたということでよろしいですな。では、他に何かございますかな?」
「では。商会を代表しまして」
ダンカン叔父だ。
「今回の執事喫茶については、報告書に記述があったように、いくつか想定外の事項もありましたが……」
主にイザベラ先輩の絵による、異常な集客のことだ。
「全体として実際の商売の可能性を大いに想定できる内容になりました。女性客における前記接客形態が一般の形態に対して十分差異化できていることが認められます。ここにいらっしゃるおふたりと携わっていただいた学生の皆さん。そして、ベネットさんに感謝いたします」
「本職はともかく……ご商売の可能性とありましたが。具体的には?」
「はい。執事喫茶については店舗を出すことを、本店から指示を受けております」
「おお。それは、すばらしい」
「したがって、なにかお礼をしたく考えています」
オデットさんの顔を見た。
「では、模擬店員を代表して。まずもって、リオネス商会に対して、われわれの提案に賛同くださり、多額のご協力をいただけたことに感謝します。ご提供いただいた物品がなければ、執事喫茶の根幹を成す雰囲気を作ることはできませんでした。そうよね?」
僕の方を向いたので、大きくうなずいておく。
「また、可能性があると言っていただけたのはうれしいのですが、商売の形態には枷を掛けられるものではありません」
そうだな。リオネス商会が執事喫茶店を開いて、翌日別の商会が同じようにやっても、それを阻止することはできない。
「よって、別途の礼につきましては辞退します。それに受け取りますと、大学祭の規定に違反しますので、ご無用に願います」
生真面目だな。
「そうですか。それは残念です」
「あと、現場で見守ってくれて、いくつもご助言をいただきました、コナンお兄さ……じゃなかった」
その場に居た皆が、笑いをこらえる。
「失礼しました。コナンさんのことを、皆が現場でそう呼んでいましたので。非常に助かりました。皆を代表して感謝いたします」
オデットさんが真っ赤だ。
「そうですか。それはよかった。彼も楽しめたようで、何よりです」
そうだね。コナン兄さんは、終始楽しそうだった。
ん?
んん?
彼も楽しめた? 何か違和感がある。
「そうですね。母も兄が大学に進学したかったって言っていましたし」
「えっ? 義姉さんがレオンにも? ……あっ! やられた」
しまったという顔だ
「すみません」
「ふーむ。副会頭がレオンにおっしゃる訳がなかった」
オデットさんとベネットさんはきょとんとし、ニコラさんはこめかみを押さえている。
コナン兄さんが、王都に来る用があって、ちょうど大学祭があった。だから僕らの手伝いを命じられた。そう兄さんから聞いた。
少しできすぎな話とは思っていたんだ。ただ、大学祭に合わせて用を作ったぐらいに思っていたけれど。
そうか。僕にこの大学を薦めてくれたのも、もしかしたら、兄さん自身が進学したかったからかもしれない。
もちろん、商会の未来の会頭としては、何年間も大学に通うなんて言い出せないだろうしな。それを、母様は知っていて、兄さんに少しでも学生気分を味わせたかったかもな。
「変なことを言い出してすみませんでした。模擬店に話を戻すと。オデットさんが申し上げたとおりですが、格別なる配慮をいただきました、副会頭にも御礼を申し上げます」
「そうだったわ。絨毯のこととか、助かりましたとできればお伝えください」
「はい。承りました」
ベネットさんが、右を向いて左を向いてうなずいた。
「それでは、最後に形式ですが、こちらの契約終了確認書に、両代表のご署名をお願いいたします」
差し出された紙に、ダンカン叔父が署名し、オデットさんが署名した。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
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訂正履歴
2024/05/29 少々訂正
2024/05/30 誤字訂正 (たかぼんさん ありがとうございます)