109話 大学祭(10) 閉店
非日常が終わると、長いようで短かったと思う小生は凡人。
(明日25日の投稿はありません)
いったん台所に戻ると、薬缶と大きめのポットを持って帰って来た。
ちょうど台所に居合わせたバルバラさんが、僕に続いてカップとパウンドケーキを4皿持って来てくれた。
あれ。コナン兄さんがテーブルの傍に居る。
そうか、ガリーさん以外は顔見知りだからねえ。
「それは大変でしたねえ」
「いえ。レオンのおかげで、いい情報が取れました。ん、レオン。エイルさんが来るなんて聞いてないけど」
「それが、私も先程知りまして」
お茶を淹れる。
「はっ?」
「いやあ、おととい大学へ来るって聞いたので、ロッテちゃんに頼んで付いてきたんです」
「そうだったんですね。おっと、新しいお客様だ。私は記録に戻ります」
兄さんは会釈してテーブルを離れ、ホールの隅に歩いて行った。
「本当にリオネス商会を上げて、この執事喫茶をやっているのね」
「はぁ」
お嬢様を見送ったのだろう、オデットさんが入口の方から近付いて来た。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「レオン君、こちらは?」
「初めまして、執事頭のオデットと申します」
「オデットさん、久しぶり。執事喫茶は繁盛しているようね。少し安心したわ」
「ありがとうございます。アデレード様とマルガリータ様のおかげです」
「私は大したことしていないわ。ところで……」
ガリーさん?
「……さっき私の椅子を引いてくれた子と、あそこの子。堂に入った接客だけど。商会の寮には来ていなかったわよね」
目敏いな。
「ああ、はい。別の学科の子ですが、彼が自分の友達を急遽駆り出してくれたんです。では、ごゆっくり」
オデットさんは、また入口に戻っていった。真面目だなあ。
「ふーん。レオンちゃんの友達ねぇ」
皆がディアとベルの方を向く。特にアデルの目が鋭く光っている。
「それにしても綺麗だわ。レオン君も隅に置けないわよね。男装までしてくれる友達ってなかなかよね」
「そう言われれば、そうよね」
「それもそうだけど。今のオデットって子も、さっきのえぇと、あっ、そうそうバルバラって子も堂々としていて、立派なものよ。ねえ、アデル」
さすがは年長者。ガリーさんは、僕の交友関係には興味ないようだ。
「そうねえ。特にバルバラさんは、寮に来た時にはモジモジしていたからねえ。よかったわ。ガリーさんのおかげじゃない?」
「いやあ、そうかなぁ」
ガリーさんが、目を細めた。
僕も静かにうなずいておく。
「そうそう、エイル。レオン君は、故郷のエミリアだっけ、そこでモテていた?」
なんてことを訊くんだ、ロッテさん。全くモテませんでしたよ。
「うぅん、モテてたかなあ? コナンさんは、すごくモテていたけれど」
うん。その通り。
「あの男はモテる。私ももう10歳若ければなあ」
おい!
「ああぁ、コナンさんは、結婚していますよ。とてもかわいい奥さんが居ます」
「うっ、うん。そうだと思ってた」
「で、レオン君は?」
「うーん、日曜学校とかでは気にしてる女子は多かったようだけどねえ。当のレオンちゃんが、同年代の女子にはあまり興味なかったみたいだし」
「あら。意外と奥手なのかしら」
「そうよ。幼なじみに言い寄りもしないし。うふふふ」
「ふたりとも! 執事さんを困らせないの」
「ごめん」
「ごめんなさい」
頃合いか。
ポットから、茶を注ぐ。
「うぅん。佳い香り、色も善いわ。腕を上げたわね、レオンちゃん」
「ありがとうごさいます。でも、まだまだかと」
なんというか。アデルが淹れてくれるお茶はうまい。
中途半端な技では到底たどり着けない域だ。
僕がそう思うだけではない。オデットさんすら舌を巻いていた。濃い薄い以外で初めておいしさがあると思ったと。
「どうぞ」
注いだカップをお嬢様方の前に置く。
アデルは優雅にカップを持ち上げると、蠱惑を眉根に寄せつつ、ふうと吹いて一口喫した。
「おいしい」
それを合図に、皆はお茶を飲み、ケーキを食べ始めた。
†
「それでは、行ってらっしゃいませ」
恥ずかしかったけれど、時間が惜しかったので、燕尾服のまま西門まで一行を先導した。
「レオン君。またウチに来てね。ヨハンも待っているわよ」
「承知しました」
ハァァと馭者の気合いが掛かって、馬車が走り出した。敷地外に馬車が消えるまで見送ると、講堂へ取って返す。
もう、4時半を過ぎている。
小ホールへ入って入口を見ると、扉が閉ざされていた。中に看板も入っているからご入店を終了したようだ。
ということは、僕の仕事は終わりと思ったら、オデットさんに指でこっちに来いと呼ばれた。
あれっ。アデルたちを迎えに行く時に声を掛けられた、お嬢様たちじゃないか。まだいらしたのか。
「では、お世話をこの者に代わります」
わぁぁと。うれしそうな声が上がった。
なんか、後ろのテーブルからずるいとか小声が聞こえてきたけれど。
ええと、お茶も飲み終わり、焼き菓子も食べ終わっているな。
「改めまして。おかえりなさいませ。お嬢様」
†
「いってらっしゃいませ」
「「いってらっしゃいませ」」
最後のお嬢様を見送って、いったん開けた扉を再び閉ざす。
「おつかれさまでした。みなさ……」
「おっと」
その場にへたり込みそうになった、オデットさんを支える。
「大丈夫! オーちゃん」
支える役をバルバラさんに代わる。
「大丈夫よ。バル。ちょっと気が抜けただけよ。ああっと。みなさん、おつかれさまでした。2日間、準備をいれると、もっとだけど。ありがとう」
えっ! ベルが拍手した。
そして、拍手が大きくなった。バルバラさんやゲルダ先輩が泣き始めた。
その後、女子がまず着替えて男装の化粧を落とした。
次は、男子と控室に入ると、燕尾服が丁寧に畳まれておいてある。
「ああ、接客係は終わったんだなあ、はあぁ」
「そうだねえ。なんだかなあ」
ネルス君とヘンゼル君だ。なにやら感慨が漏れている。
「まだまだ。後片付けが残っているよ。2人とも」
「そうだった」
ホールへ戻ると、昨日の倍ぐらいの人数で掛かったらしく、既に勘定が終わっていた。
売上は2日間で755セシル40ダルク、おかえりになったお嬢様は延べ254組、544人だった。
そこから、参加してくれた31人に、各自5セシルずつを渡した。
「そうだわ。ラーセルさんとメディウムさんには、レオン君から渡して」
銀貨10枚を渡される。
「いや、私はオデットさんから受け取る」
「えっ」
「わたしも」
ディアとベルが、オデットさんの前に行った。
「戻すよ」
「うっうん。じゃあ」
「おつかれさまでした。ありがとう」
「おつかれさまでした。ありがとう」
オデットさんは、やや戸惑いながらも、目の前の2人に賃金を渡した。
「いやあ。見直したわ、オデットさん。性格はどうかわからないけれど……」
おい、ベル。
「あんたが、立派なことはよくわかった」
「私もそう思ったわ。しっかりとした店長だった」
「そうね。わたしも、レオン君はいい友達を持っているなと思った」
誰ともなく、笑い声がホールにこだました。
残ったお金を僕とオデットさんで、購買部に預け入れに行く。
同じような模擬店の代表が何組も居て、窓口で小一時間掛かってしまった。
帰ってくると、おととい、什器やらなんやらを運んでくれたヌエバさん達が講堂の通用門前に居た。
「おっ、間に合ったな」
「コナン兄さん」
「ああ。ちょうど今、全部積み終わった」
「そうなんだ、手伝えなくてごめん」
皆手際がいいなあ。
「明日朝。エミリアに帰るよ。母様が早く帰って来いって、昨日手紙が来た」
「ははっ」
「お兄さん!」
えっ。オデットさんが、兄さんに抱き付いた。
兄さんが、どうしたって顔で僕を見る。
「ありがとうございました。本当の兄のような気がしていました」
「そう。僕には妹はまだ居ないけれど……よくがんばったね。オデット」
もう一度抱き付いたオデットさんの頭を撫でてやっている。
見なかったことにしよう。
兄さんたち馬車を西門まで見送った。
「また、エミリアにも帰ってくるんだぞ」
「兄さん、ありがとう」
「ああ」
小ホールに戻ってきた。
「綺麗というか。がらんとしちゃったわね」
オデットさんが寄ってきた。
少し前はお嬢様方が居て、その間を接客係が慌ただしくも優雅に舞っていた、小ホール。もうテーブルも椅子もなく、絨毯もはがされて、違和感のあった床面も露わになっている。
「うん。以前のままだ」
「そうね。たった4日間だったんだわ。長いようであっという間だったわ。ここは元に戻ったけれど。理工学科は何か変わった気がする」
「掃除も終わったし。後夜祭へ行こうよ、オーちゃん」
もう化粧は落としていたけれど、彼女の積極性は変わっていない。
「そうね。バル」
オデットさんは、うれしそうに目を細めた。
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訂正履歴
2024/05/25 エイルの呼び方修正
2024/06/05 誤字訂正 (アルトさん ありがとうございます)
2025/01/13 通貨名間違い セルク→セシル
2025/04/09 誤字訂正 (ponさん ありがとうございます)