108話 大学祭(9) お出迎え
最近どなたかをお出迎えする機会が減ったなぁ……
変な呼出はあったものの、結果的に15分ほどで執事喫茶に戻ることができた。
接客の合間に、コナン兄さんに聞いたところによると、今日は一般客の割合が減り、学生客の割合が増えたそうだ。
僕の感覚とも合っている。
ディアとベルを指名する数も増え、彼女たちの負担になっているが、そのおかげで忙しさは午前中ほどではない。
そうこうしている内に、3時40分になった。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ」
お世話したお嬢様が手を振って、小ホールを出ていかれた。
「あのう。7番さんを」
おっと。
お待ちのお嬢様に名指し……じゃない、番号を言われた。
「申し訳ありません。間もなく予約がありまして」
「そっ、そうなの?」
「それでは」
深めに会釈すると、入口から戻る。テーブルの上のカップとケーキの皿をトレイに乗せる。そして台所へ下がった。
ちょうど、同じものを持ったオデットさんと向き合う。
「時間なので、行ってくる」
「あら。もう、そんな時間? じゃあ、奥のテーブルを空けていくわ」
「2人だけど」
そのテーブルには椅子が4つ置かれている。
「外の眺めは悪いけれど、中はよく見えるでしょ」
なるほど。何度かうなずく。
オデットさんはよく気が回る。
「よろしく」
オデットさんが、軽やかに小ホールへ入っていった。
「さて」
僕は僕がやることを。
控室で燕尾服からローブに着替え、西門へ向かう。
目を閉じると、システム時計が15:51と示している。やはりここは東門に比べ、人が少ない。あっちは馬車鉄の停車場があるからな。
むっ。あれか? まだ時間があるけれど。
西門に着くや否や、馬車が通りの北の方からやってきた。
その中に待ち人の反応がある。
あれ?
馬車がでかい。2頭立てだ。
感知の魔力を上げてみる。あれ? 客車内には4人も乗っているじゃないか。
不審に思いつつ門内の車寄せで待っていると、馬車が目の前に停まった。
馭者が降りてきて扉を開けると、中がのぞけた。
「レオン君、久しぶり」
「ロッテさん。どうしたの?」
「うん。レオン君が面白いことをやっているって、お姉ちゃんが言うから付いて来ちゃった」
「あぁ、そうなんだ」
さらに意外な人物が降りてきた。
「ふふっ! レオンちゃん。びっくりした?」
「やあ、エイル。驚いたよ」
どういうわけか、エイルが乗っていた。
「ねえ、レオンちゃん。手を貸して」
降りにくそうな衣装だ。
「ああ、すみません。アデルさん。ようこそ」
馬車に寄って、アデルを降ろす。
白いドレスに、かなり長いスカート。縁が広い帽子を目深に被っている。
近くに行くと、いつものいい匂いがした。
「お招きありがとう」
「当然です。感謝していますよ。ガリーさんも。こんにちは」
もう1人の待ち人は、颯爽と降りてきた。
「こんにちは。別に感謝はいいわ。私は、成果を確認しに来ただけだから」
接客係の女性陣の男装が、大学祭でどうなっているか気になったのだろう。
もともとは、アデルとガリーさんが来ると聞いていたのだが。
見目麗しい若い女性が3人……いや、ガリーさんも昔は麗しかったと思うけど、若いとは言いづらい。初めて会った時は30歳くらいかなと思ったけど、よく見るともう少し行ってそうだ。
ともかくも彼女たちが馬車から降りてきたので、周りの視線が集まった。しかし、帽子のおかげで、アデルのことが誰かまではわからなかったようで、幸いには騒ぎにはならなかった。
「じゃあ、案内します」
「よろしく」
ロッテさんとエイルは、キョロキョロと興味深そうに辺りを見回している。
「レオン君。馬車鉄から見ていてわかった気になっていたけれど、大学って思ったより広いのね」
「うん。僕も受験したとき、そう思ったよ」
「そうだ! ロッテちゃん」
ちゃん?
「なに、エイル」
こっちは呼び捨てか。
「思い出したんだけど。サロメア大学って、王様の離宮を下賜された土地から始まったそうよ。だから広いんだって」
「へえ、そうなの? レオン君」
なんだか、ロッテさんはウキウキしているな。
「うん。いや。たしかにそうなんだけど、エイルが言ったのは北区にあるキャンパスのことで……」
「じゃあ、ここは?」
「南キャンパスは……確か、国有地だったんじゃないかな」
「いやあ、そうなの? 知ったかぶりして恥ずかしいわ」
「あら、そんなこと、私は思ってないわよ」
2人で先に並んで歩いて行く。
「なんか、レオンちゃんが、私の公演を見に来てくれた、すぐあとに仲良くなったんだって」
「へえぇぇ」
どういう経緯なんだろう。僕があの夕食の時に話をしたからかなあ。
「はあっ、仲良くねえ。養成学校生なんて、みんな敵なのにね。まあ1年生の内かな」
えっ、ガリーさん?
「そんなことないわよ。私も友達が居るし」
「ああ、アデルぐらいまで突き抜けるとねえ。それに、あなたは見た目と違っておっとりしてるから」
「はっ?」
「私は下の方だったから、バチバチよ」
ん?
「そんなことはないでしょう」
「そんなことがあるの。村で1番の別嬪なぁんて言われても、王都、それも養成学校へ来てみれば、大体は掃いて捨てるほどの存在になっちゃうのよ。だから、何とか出し抜こうってね。変な方向に努力するのよ。でも、そのことに早く気が付いてよかった。おかげで、私は化粧という術を身に付けることができたからね」
「あのう。ガリーさんは、養成学校生だったんですか?」
思わず訊く。
「あら、そう見えなかった? ねっ、そんなものよ。まあ、もう20年近く前の話だし」
「そうだったんですね」
人に歴史ありということか。
「ねえ! レオン君。ここって真っすぐ?」
「ロッテさん。ちょっと待って」
少し早足に、先行した2人に追い付く。
展示が終わり、もう人気がなくなった教練場の横を通って、中央区画に入る。そこには大学祭最後の時間帯にふさわしく、騒々しい呼び込みが響いていた。
なるべく人混みを避けて、ランスバッハ講堂にたどりつく。やや衆目は集めたが騒ぎにはならなかったから、芸能人が来ているとはバレずに済んだようだ。
「ここなの? りっぱねえ」
「でも、こっちって裏口じゃないの?」
「あら、目立たなくていいわ」
そのまま、控室に入る。
「すぐ着替えるので、ちょっと待っていてください」
「その衝立の裏で?」
ノックがあって、誰かが入ってきた。
「うわっ、すっ、すみません」
あの声は先輩だ。バタンと扉の音がしたので、そのまま出ていったようだ。
手早く着替え終えて、衝立の奥から出る。
すると、帽子を脱いで一段と艶やかなほほえみを湛えたアデルが立ち上がった。
「もうレオンちゃんは手が掛かるわねえ。スカーフタイが曲がっているわよ」
自然な感じで僕に近付くと、細い指で首元を弄る。
「ああ」
待てよ。
「すっ、すみません」
「ふふふ。レオン君、ドギマギしすぎ。お姉ちゃんが引っ付くからよ」
「ごめんね。レオンちゃん」
「いっ、いえ」
ロッテさんも、エイルも笑っている。危ない危ない。
「ふむう。でも、燕尾服かあ、格好いいわね」
「そうねえ。細身だけど、レオンちゃんは意外と胸板が厚いわね」
「人の容姿を批評しないでくれるかな」
「ごめんね、レオン君。いつもローブ姿だからさあ」
「じゃあ、行きましょう」
皆が立ち上がって、控室から出る。待っていた先輩に会釈してすれ違い、奥の扉から小ホールへ入る。
僕が先導して中に入ると、注目を集めたらしく響めきが巻き起こる。
もう帽子を被っていないので、アデルの顔がしっかり見えてしまっているからね。
彼女が歌劇団の新進男役女優とわかっているのだろう。
すすっとディアが寄ってきて、僕と一緒にお嬢様方の椅子を引いてくれた。
アデルは妖艶に目を細めるとホールの皆に手を振り、僕が引いた椅子に腰掛けた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
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2024/05/22 少々訂正
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/06/15 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)