107話 大学祭(8) ろくでないヤツはろくでもない用件を持ってくる
いい人はいい話、嫌な話を両方持ってきてくれますが……
(明日_19日の投稿はありません)
執事喫茶を再開。
1時間ばかり思い切り働いた。僕が抜けてる時間に負担の掛かる、バルバラさんを温存させるために。
時間だ。
擦れ違ったオデットさんに声を掛ける。
「じゃあ。行ってくる」
「うん。なるべく早く帰ってきてよ」
別の状況で言われたい言葉だ。
「それは、先生次第だね」
どっちの先生かは知らないが。
燕尾服から、ローブに着替えて、67号棟へ向かう。
ドドーンドドーーンっと遠雷の様な音が響く。
昨日より威力の高そうな魔術を、やはり空に……は言いすぎか、上空に向けて撃ち出している。遠目には100メト程の高度で、盛んに破裂して衝撃波を出していた。
この建屋、昨日も来たんだけどな。
3階に上って教室を探す。6735、6735。なんだ、昨日の教室じゃないか。
考えることは皆同じか。
あれ? 誰も居ない。魔術感知にも反応はない。
扉を開けて中に入り見回す。やっぱり無人だ。
人を呼び付けておいて……まあまだ、2分前か。
約束の時刻を5分ぐらい過ぎて来なかったら帰ろう。
しかし、さっきのルイーダ先生は驚いたな。きっと、あの人は普通の学者じゃない。術者でもあるよな。その手の授業は持っていないけれど。
うーーん。来ない。
しばらく待ってみたが。5分は過ぎたな。
帰るか。忙しいんだよ、執事喫茶は。そう決断しかけたときに、やって来た。
感知魔術を使うまでもない、廊下に笑い声が響き渡った。
扉が開いて、手紙の主であるジェラルド准教授が入って来た。その後ろに、軍服2人が続く。年配と若い軍人だ。2人とも兵ではなく士官だな。年配の方は結構高官だろう、白い軍礼服だし。それで出っ張った腹を包んでいる。
「次長閣下。彼が例の学生、レオンです」
次長……。
ふむ。こんな場所だ、准教授が1人では来ないだろうと思っていた。それに、予備役の軍籍をもっているからな、連れて来るなら軍人だろうとは、おおよそ想定通りだ。
とはいえ、この人はまだ続いている実践展示の主要来賓じゃないのか?
「ふむ。なんだ、まだ若いな。ああ、1年だったか」
「はい」
「体形も細い。鍛え方がなっとらんな」
値踏みするように見られた。なかなかに不快だ。
「ジェラルド先生。ご用件は?」
「ふむ。あいかわらず生意気だな、目上の方に対面したというのに、あいさつもしないとは」
「いいではないか、性根は入隊した後に鍛え直せば良いことだ」
入隊?
「単刀直入に言おう。君は、転科したまえ……ああ」
若い軍人が何かを耳打ちする。
「技能学科、技能学科に転科したまえ。そして、わが陸軍に志願すれば、准尉待遇で配属しよう。どうかね? 平民の君には身に余る光栄だろう」
「准尉……」
ゲオルギーは中尉だったな。2階級下か。まあ彼は男爵家だしな。
「軍籍学生になれと?」
「そういうことだ。君は、1年生の中で最も魔力が高く、そして魔術の扱いも歳の割には良好であったと報告を受けておる。それをあたら軍事と関係のない学問に費やすなど言語道断。国防は何よりも重要だ。よろこんでしたがいたまえ」
はあ。
セシーリア王国の軍務は志願制。つまり軍人は職業軍人だ。
国防が重要というのは同意できなくもない。時勢がそのような場合もあるだろう。
だが現在は、強固な8国協定締結されており、結果としてかなり平和だ。どこかの国が領土的野心をあらわにすれば、即座に他の7カ国に干渉を受ける。逆に言えば、一方的な侵略を受けないということだ。
それに今の言い草であれば、彼らは僕が信奉する制御の価値を一顧だにしていない。
せいぜい人殺しや破壊の手段としか認めないということだ。
断じて認められない。
「お断りします。では!」
こんな話を受けると思うのがどうかしている。
「なっ!」
「待たんか! 貴様」
若い軍人に出入口をふさがれた。
あっちにももう1カ所あるが。
「断るのか。この大学に居られないようにすることなぞ、造作もないことだぞ」
ふむ。脅迫するのか。
それで具体的にどうする? 軍籍学生でも嗾けるのか?
その時だった。
若い軍人の背後。扉が静かに開いた。
「それは、穏やかではありませんな」
「学部長!」
どうやら、ルイーダ先生が知らせたようだ。
†
───学部長 エドワード・ハーシェル視点
「それは、穏やかではありませんな」
「学部長!」
部屋の中に入ると、ジェラルド准教授の顔がひきつった。
「なぜ、ここに?」
「はて? 私がここに来ると、何か不都合でも?」
「貴様、告げ口したな?」
「ああ、レオン君。ご苦労だったね。もう模擬店へ帰っても良いよ」
「はい。では失礼します」
落ちついたものだ。軽く会釈すると、入って来たところとは違う扉から、彼は出ていった。
「さて。学生を脅迫するとは、捨て置けませんな。そのようなことをされると、軍籍学生を来年度から受け入れられなくなりますぞ」
「きっ、貴様。軍を脅迫するつもりか?」
「軍? いいえ。あなた自身に言っているのですよ、軍務局次長閣下。3月まで、駐在武官として6年程2カ国を回ってこられたそうですな」
「何が言いたい?」
「最近の国内事情をよくご存じでないようですな。教育の独立性は、5年以前と現在では段違いに強化されているのですよ。ジェラルド君、よくご注進しなければ駄目じゃないか」
「むう」
「貴様、たかが学部長の分際で……」
「私が申すことが信じられなければ、軍に戻られて訊いてみられると良い。紀元486年9月。魔術士軍人育成費に関する会計監査院勧告同年21号および財務省同件の通達について」
「財務省だと」
やはり知らなかったか。
「さて、申し上げることは済んだので、失礼いたします。ああ、この建屋は大学関係者以外立入禁止ですので、速やかに退出を」
退出しようとして、足が止まる。
大学に火の粉が及ばぬよう、念を押しておくか。
「ああ、そうそう。ひとつ大事なことを言い忘れていました」
「なんだ?」
「さっきの学生。レオンという名前ですが。彼に何かしようとされるのであれば、彼の背後関係を洗ってからにすることをお奨めしますよ」
「何だと?」
「例えば、彼の学費はどこから出ているとかね。次長の地位にある方であれば、ご存じの財団名が出てきますよ。今日のことが、彼の財団の耳に入らなければよろしいですな。では」
†
───レオン視点
6735教室を退出した。
どうなるか。聞き耳を立てる……いや。関わらない方がよいな。
67号棟を出て、ランスバッハ講堂に帰ってきた。さっさと着替えて執事喫茶に戻ろう。そう思いながら控室に入ると、ルイーダ先生が居た。他には居ない。
「レオン君。無事のようね」
穏やかな笑顔だ。確認するために、ここに居てくれたようだ。
「はい。学部長が来てくれました。ありがとうございます」
「よかったわね。それから、さっきホールにいた人には仕方ないとして、他の人には67号棟で起こったことは口外しないことね」
「わかりました。ところで、先生は何が起こったか、ご存じなんですか?」
「さあ。でも、ジェラルド先生のことだから、大体想像が付くわ。来賓も来賓だし」
「なるほど」
違うか───
ここに居たのは、僕を口止めするためだろう。そのようにモデルを組み替えないとな。
そもそも、行くかどうか迷っている時に、僕を行かせたのはこの先生だ。
よく学部長に知らせてくれた。それで深入りせずに済んだ。そう思っていたが。
組み替えるなら、逆か?
学部長に知らせる以外の線はなかった。つまり、ルイーダ先生は学部長の一味。いや学部の教員は、すべて学部長の部下だ。部下ではあるがそれとは違う意味だろう。
「何?」
いつの間にか、先生を見つめた格好になっていた。
「いえ。先生は優しいなあと思いまして」
「ふふふ。優しいだけ?」
「さあ」
「気を付けなさい。私に限らず、優しいだけの女なんて、この世に存在しないわ。これは、先生ではなく、年長者としての忠告よ。じゃあね」
それから、オデットさんやら、ベルに何で呼び出されたのか訊かれたが。聞かない方がいいよと忠告するだけで、核心についてははぐらかした。
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訂正履歴
2024/05/22 誤字訂正(rararararaさん ありがとうございます)
2025/04/23 すべからく→すべて(碧馬紅穂さん ありがとうございます)