105話 大学祭(6) 代償
**を生け贄に捧げ ##を召喚! その手のガードゲームやったことないなあ。
「ふう。みんな、おつかれさま。いろいろあったけれど、みんなのおかげで1日目を乗り切れたわ。明日も9時から準備するから。来られる人は、よろしくお願いします」
「オデットさんも、おつかれさま」
「じゃあ」
大半の店員は、ランスバッハ講堂を去っていったけれど。少数の者には、まだやることがある。閉店後の売上締めだ。
僕に、オデットさん、ヘレン先輩、ゲルダ先輩だ。バルバラさんはぐったりして控室で休んでいる。
売上は3種の硬貨に分け、それぞれを10枚ずつ積んで数える。
1セシル銀貨が212枚、10ダルク大銅貨が2089枚、1ダルク銅貨が580枚。
「……ええと。しめて426セシル70ダルクね」
ふむ。結構売上が上がったなあ。
「40ダルクのケーキが144個、20ダルクのマドレーヌが174個、80ダルクのお茶が411杯ということは……」
おお、ぴったり勘定が合っている。すばらしい。
「……421セシル20ダルク。あれ? 全然合わないわ」
いやいや。
「ヘレン先輩。釣銭で用意した分は、勘定に入ってますか?」
「あっ! そうだった……いくらだっけ」
「大銅貨と銅貨50枚ずつ、5セシル50ダルクで。勘定は合ってます」
「ええ? 本当……合っているわ。よかった」
端数が出にくい価格設定にしたからな。
兄さんが寄ってきた。
「売上の締めができたということで。お疲れさまでした」
「お兄さんもありがとうざいます」
「いえいえ。こちらで集計した結果をお知らせしましょう。今日のご来店は147組でした。各組の人数ですが、おひとりが6。2人が127組、3人が13組、4人が7組。しめて327人でした」
「「327」」
「うわぁぁ、大変だったわけだ」
「本当ね。予想の倍以上のお嬢様がお帰りになられたわけね」
あははは……。オデットさんのお帰りになったといった言葉で皆が笑い始めた。緊張が解けたのだろう。
「念のために申しますと、付き添いで男性も18人ご来店されました。ところで、明日のケーキはどうしますか? 持って来た物は全部なくなりましたよね?」
「ありがとうございます。すごく好評でした。ええと、明日も頼めるんですか? お兄さん」
「うん。結構好評でしたからね、3時の段階で、とりあえず今日と同じ144個は一応頼んであります。今なら、まだ増やせますよ。逆にやめることもできます」
「明日かあ……もちろん出す方向だけど。皆さん、どうしたらいいと思います?」
「僕は今日と同じくらいでいいと思う。マドレーヌも悪くなかった」
「たしかに」
「私もそれで良いと思うけれど」
「そうだ。マドレーヌは、あとどのくらいあるんですか?」
「ええと。174個出て、12個単位で袋詰めされているから15袋使ったと。6個は明日に出すのはやめておくとすると、40袋持って来たから、残り25袋ちょうど300個だね」
「足りそうね。お兄さん。今日と同じでケーキを144個お願いします」
「はい。変更はなしで承りました」
その後、かなり重い売上金が入った袋を、台車に乗せて購買部まで運んで預かってもらい、初日はめでたく終了した。
今日は土曜で下宿では夕食が出ないので、途中の市場で飲み食いし、下宿に戻ると泥のように眠った。
†
大学祭2日目かつ最終日。
8時半に西門へ行くと、既に兄さんと馬車が待っていた。
「おはよう、兄さん」
「どうだ、レオン。疲れてないか?」
「ううん。一晩ぐっすり寝たから。大丈夫だよ」
「はあ、若いなあ」
「兄さんだって19歳でしょ」
「いやあ、18を過ぎると来るものがあるんだよ」
「そっ、そうなんだ」
ランスバッハ講堂へ行くと、まだ9時前なのに、先輩方が大勢いらっしゃるじゃないか。すごい。掃除してくれている。
「おはようございます」
「おはよう、レオン!」
ミドガン先輩だ。
「追加のケーキがあるので、皆さんで運んでもらって良いですか」
「おお、任せろ」
そんな話にはなっていなかったはずなのに。
「えっ」
通用口からケーキを運び入れると、廊下やホールの中も何人もが掃除をしていた。
「おそくなりまして。オデットさん、おはよう」
「おはよう、レオン君。接客係は、ゆっくりしていて。特にレオン君は」
なぜ、僕?
そう言ったオデットさんこそ、何かしら動いている。偉いものだ。
「おはようございます。みなさん」
「「「おはようございます」」」
ふふっ。人気だな、コナン兄さん。
コナン兄さんは、女子学生に大人気でしたと手紙に書くか……義姉さんの子供が生まれてからにしよう。
着々と準備が進んでいく。僕も昨日と同じように、燕尾服に着替えた。
9時半。まだ開店30分前だというのに、入口前にもう20人くらい並んで居る。
その状態を見たいと思っているのだが、オデットさんはじめ皆が止めるので、入口には近付けないのだ。
9時50分。
ジョルジ君とコナン兄さんが、2人して近付いて来た。
そこに、オデットさんも合流する。
「えっ、僕?」
「そう、レオン君にこれからやってもらうことがあるの」
「何?」
なんか、改まった様子に、少し嫌な予感がする。
「これよ」
差し出された小さな紙を受け取る。
「整理券?」
ああ、昨日の昼過ぎに、学生のお客様に時期を変えてもらうために配った物だろう。僕は見ていなかったのだけど……。
なになに?
お引き取りいただかれる方は、明日───つまり今日だな。本券をご持参ください。10時以前にご来店いただいた場合は、優先的にご入店いただけます。
なるほど。
ん?
なお、本券ご持参の特典事項として、10時以前にご来店いただいた方は───
「麗しの君と称される本店の接待係と握手をいただけますぅぅぅうう?」
反射的に、コナン兄さんを睨み付ける。
それを避けるように、兄さんが横を向いた。
「いやあ、穏便にお引き取りいただくには、代償が必要だから」
「すまんな、レオン。俺の発案だ。赦してくれ」
兄さんが、胸に手を当てた。
「お兄さんの案が効果的だったのは、外の列でわかるよね。もっと良い案があったというなら教えてほしい」
ジョルジ君は、全く動じていない。
「むぅぅ……」
「いいじゃない、握手ぐらい。減るもんじゃない。私が代われるものなら代わるわ」
はあ。
「僕を入口近くに行かせたくなかったのは、そういうことだったわけだ」
じっと、回りを見渡す。
兄さんは、済まなさそうな顔。ジョルジ君とオデットさんは真顔。その他の皆は笑いを堪えているようだ。唯一心配そうなのはバルバラさんだけだ。彼女は人の痛みがわかるらしい。
「それで、握手はいつ始めればいい?」
†
オデットさんが、入口の扉を開けて、看板を運び出した。
「おはようございます。お帰りなさいませ。ただいまから、麗しの君と呼ばれている接客係をこちらに呼びます」
わぁぁあああ……。
嫌な歓声だ。
「お静かにお願いいたします。お隣では荘厳な絵画の展覧会が開かれていますので」
文句を言ってきたら、言い返すけどな!
「つきましては、恐縮ながら、お待ちの列を3つに分けます。整理券をお持ちでない方は右の壁際にお並びください。そして、握手をお望みでない方は真ん中。この列に1番優先してご入来いただきます。最後に整理券をお持ちで握手をお望みの方は、左に列を……分かりました」
オデットさんがホールに入ってきて、僕を手招いた。
ホール外の廊下が見え……ええと、1列しか存在しないんだけど。それも全員左側だ。
頭がくらっとくる。
「それでは、1番目の方からお入りください」
ジョルジ君と兄さんが、整理券を僕の前で受け取る。
「わぁぁ。麗しの君」
意識したのは、舞台に居るアデルの笑顔。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ぁぁぁあああ」
「おかえりなさいませ」
8組と握手して御入来いただき、それ以降は席が埋まったので、ジョルジ君と僕の方から列をたどって握手して回る。
ふむ。アデルもこんな気持ちなのかなと思いながら、凍った笑顔を崩さない。我ながら、不自然な表情だろうが、そこまでは責任を持てるわけがない。
30人以上と握手した。いちどきにこんなにしたのは生まれてから初めてだ。
いやあ良い経験になったなどと思えるほど、僕は人間ができていない。さっさと戻って給仕をしなければと思いつつ、そのまま台所に入って手を洗った。念入りに。
他意はない。
接客係の手は、常に清潔に保たなければならないのだ。
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訂正履歴
2024/05/12 誤字脱字訂正
2024/05/13 誤字訂正(禅師銅鐸さん ありがとうございます)
2025/04/12 誤字訂正 (goichiさん ありがとうございます)