104話 大学祭(5) ディアの本性
人の本性は、思わぬところで出ますよね。
お断りよ───
ベルの声が僕の頭で何度か反響した。
「おい! ベル」
「ディア、わかっているだろう。執事喫茶を手伝うということは、あのオデットの下に付くってことだぞ」
「むぅ」
やはり、そこに引っかかるか。10時に喫茶へ来た時に、彼女が店長だと伝えてある。
そうだよな。
最近執事喫茶で仲間になった俺には、それなりに軟化してきている感じがあるが、彼女たちとっては憎々しげなオデットさんで変わっていない。
だが、その状況を、ここで説明しても逆効果にしかならない。
「悪い。だけど、無理を承知で頼む」
頭を下げる。
「嫌だって言って──あいたぁぁ」
「えっ?」
なにごとだと思って顔を上げると、ベルが自分の肩をさすっていた。
「何をするんだ、ディア?!」
どうやったかは見ていないが、肩を攻撃したようだった。
「ベル! 友達甲斐のないやつだ。そんなやつだとは思わなかった」
「はっ?」
「レオンが頼んでいるだろう」
「そう……だけど」
「それも、弁が立つ、この男が頼むだけなんだぞ」
「うっ!」
「わかるだろう! 私たちを友達だと思って、心を許しているってことが。その困っているレオンを、おまえは見捨てるのか!」
「いや、だけど」
「だけどじゃない! もういい! レオン、そんな分からず屋は放っておけ。私が2人分働いてやる。行くぞ!」
ディアが、1人ですたすたと歩き始めた。講堂の方へ。
「ううぅ。痛ぁ、本気で小突きやがって。見たか、レオン。ディアの本性はあれだ。淑やかそうに見えて、その実は短気で乱暴なんだ」
見てはいない。しかし、想像はつく。正義感が強いとも言えるが。入学試験の時も、ああだったのだろう。
「はぁぁ。追うぞ、レオン」
「はっ?」
「今夜から3日間はディアが夕食を作る係なんだ、このままだと、絶食になっちまう」
「わかった」
ふふふ……面白い言い訳だな。
†
「この2人が、接客係をやってくれるそうだ」
休憩から戻ろうとするオデットさんを呼び止め、ディアとベルを引き合わせる。
「貴族のお嬢様か。なるほど、その線は考えてなかったわ」
オデットさんがディアに歩み寄る。お嬢様と言ったところで、ベルのこめかみがぴくっと痙攣した。
「別の学科のことなのに、悪いわね。ありがとう。よろしく頼みます」
ディアの手を取った。
「おっ、おお。わかった」
感謝の言葉が意外だったのだろう、ディアは何度か瞬いた。
「あなたも」
「私は、レオンに頼まれたからやるんだ。あんたに礼を言われる必要はない」
ベルは、なかなか強情だ。
「構わないわ。レオン君と私ですら目的は違っている。だとしても、同じ接客係だから礼を言っただけよ。今すぐ手伝ってほしいけど。執事喫茶では、男装と化粧をしてもらわないと」
「あっ!」
「あって、ディア。忘れて居たんじゃないだろうな」
「うっ、うん」
僕に頼まれて、勢いだけで来たのか。
「いいわ。今から、バルバラとゲルダ先輩に休憩してもらうから、2人に化粧を習ってもらえる?」
「わかった」
「じゃあ、準備ができたら、またその時に。レオン君も早くホールに来てよ」
あと1時間と少し後だ。
「ああ」
オデットさんは、控室を出ていった。
「イィィだ!」
「なんか。彼女、感じが変わっていないか?」
おっ。ディアが早くも気付いたか。
「まあ。前からあんな感じだけどね」
ここで褒めると、あっちがへそを曲げる。
「はぁん。それだけ困っているというだけよ」
「そうかなあ?」
「その内にわかるわよ」
入れ替わりに、バルバラさんが入って来た。
「オーちゃんから聞いたけれど。あなたたちが手伝ってくれるんだって?」
「あ、うん」
「ありがとうね。オーちゃん、すごく感謝してるよ」
「そっ、そうかな」
「じゃあ、化粧をしないと。でも2人共綺麗だから、ちょっと眉毛をキリッとさせれば大丈夫じゃないかなあ」
「ちょっと、レオン」
「なんだ。ベル」
控室の隅に引っ張られる。
声を落として訊かれた。
「あのバルバラって、いつもオデットの背後でこそこそしてたヤツだよな。どうしたんだ?」
こそこそって。まあ確かに、ベルが驚くぐらい、ここ最近は堂々としているよな。
「なんでかな。化粧の威力かな?」
「化粧?」
「さて、僕はホールに戻るよ。バルバラさん、よろしく!」
「うん、任せて!」
†
4時。
再び客足が伸びた。テーブル専属制が厳しくなってきたと思っていた頃、新たな執事が入って来た。
おっ!
「「「おおう」」」
ホールに響めきが上がる。
ベルはそんなに印象が変わっていないが、ディアが美少年に変わっている。
彼らが、入口へ向かうとすぐさま、3組のお嬢様方を連れてホールに戻ってきた。すぐに彼らを指名したということだ。
お嬢様たちも、なかなか現金なものだ。
3人がほぼ一斉に注文を受けて、台所へ戻っていった。
「ねえ、おかわりを戴ける?」
おっと。
「はい。お嬢様。少々お待ちください」
ポットと薬缶を持ちつつ、僕も台所へ戻る。
ああ、やっぱり。しわ寄せがここにも来たか。3人が来るすぐ前も立て続けに注文があったからな。
「そう言われても、そんなすぐにはお湯が沸かないって。まずは、バルバラさん!」
「うん」
心配そうに、先に出ていった。
「先輩。薬缶を3つ、この鍋敷きの上に置いてください」
「レオン君。お湯が、まだ」
「それは、僕が」
「えっ? そうか、わかった」
薬缶が並んだ。
≪ファーネス v1.19≫ ×3
腕が温かくなるのを感じる。
3つの薬缶の中心に発動紋を───対流制御。
数秒で薬缶が低くうなりはじめ、すぐさま、ふたの穴から蒸気が噴き出した。
「うそでしょ!」
「うわっ、魔術か? それも3つもかよ」
さすが、みな魔術士だ。僕がやったことがわかる。
魔導感知で、薬缶の中がまんべんなく沸騰したことを確認して、魔術を止めた。
「よし! では運んで」
「いやいや。薬缶の水を穏当に沸騰させるなんて、炎を吹き上げるより、よっぽど難しいってのに」
「それはいいから。お嬢様方がお待ちだぞ」
「そうだった」
3人はそろってポットと薬缶を持って、ホールへと戻った。
4時半になって新規の入店を止め、それから接客係総出でお嬢様方のお世話をし、5時を少し過ぎた頃、最後のお嬢様をお見送りした。
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2024/05/11 誤字訂正