103話 大学祭(4) よかれと思って
善意でやってもあだになること……小生はそんなにないなあ。
「それでは、失礼いたします」
茶を注ぎ終わったので、テーブルを離れる。
2時半を過ぎて来店の速度がさがり、ようやくお待ちの方々が1組になった。
給仕は……行き渡っているようだ。オデットさんも下がっているな。
よし、いったん台所へ戻ろう。
「ああ、もうケーキが、あと3つしかないよ」
ヘンゼル君と、台所要員の先輩が話している。
「そうなの?」
「うん。なんだか、たくさん注文があったんだよ」
僕の感覚でもそうだ。
「今日無理でも明日は増やしてもらえないかな。お兄さんに訊いてみるよ」
ふふっ。ヘンゼル君ったら。
なんか、コナン兄さんはみんなのお兄さんになっているな。
「あっ、そうだ。レオン君は控室に行った?」
「ん? 1時間位は行ってないけど」
「さっきルイーダ先生が、区切りの良いところで、控室へレオン君を呼んでって」
「そうなんだ。わかった。行ってくる」
言葉通り移動すると、先生にオデットさんと、やはりというかイザベラ先輩が居た。
「れっ、レオン様!」
”様”はやめてくれないかな。
「レオン君。わざわざ来てもらって悪いわね。もう察していると思うけれど。一般客が殺到した理由がわかったわ」
先生が、やや呆れた表情で先輩を見ている。
「もっ、申し訳ありません」
先輩が駆け寄って、僕の足元にうずくまった。
推理通りか。
「先輩は、何をしたんですか?」
「そっ、それは。ボクはよかれと思って」
「でしょうね、それで何を?」
笑顔を見せる。しかし、真意が漏れたのか、先輩の下顎がガクガク震えて、大きな身震いに発展した。
「ボッ、ボクが描いた絵の下に、講堂の奥の喫茶店に、この方がいらっしゃいますと……うぅぅ」
「要するに先輩はウチの午前中の状況を見て、もっと賑わってほしいと宣伝してくれたというわけ。かえって迷惑なことになったんだけど」
あいかわらず、オデットさんははっきり言うなあ。
「私がそれを見付けて、その書き込みは外してもらったから。来店数が徐々に減ってきたというわけよ」
「ありがとうございます、先生。助かります。ああ、先輩。立ち上がってください」
彼女を引っ張り上げる。
「ただ……」
ん?
「一般客はともかく。もう結構、学生にはうわさが広まったみたいだけどね」
ふむ。朝の状態にはもどらないってことか。
「それはあきらめるとして。ひとつ、聞き捨てならないことが」
3人がこっちを向く。
「その宣伝文句の上に架けられた絵というのは? まだ展示されていますよね。たしか、この人がって、おっしゃいましたが」
僕自身を指す。
先輩が、また僕の足にすがり付いた。
「どっ、どうか、その絵ばかりは。お赦しください。レオン様、なにとぞ」
こんなに必死に止める絵って、どんなだ。
「レオン君。その絵は、”麗しの君”という題で、君に生き写しなのだけれど……」
生き写し……。
「まあ少しばかり……うぅぅん。いやあ、そこそこに扇情的ではあったけど。そこは芸術だから!」
「はっ?」
何だか先生の顔が紅い。逆に心配になってきた。本当にそこそこの範囲なのか?
それで一般客までが、麗しの君って口走る理由は、それか。
「うーん。いずれにしても、絵画学科の展示承認も下りていたから、今さら騒いでもねえ」
「そうですか。でしたら、わざわざイザベラ先輩を呼び付けなくても」
「いや、呼び付けていないわよ」
「はっ?」
「ボッ、ボクが。なんとしてもレオン様にお赦しをいただかねばと思いまして。また以前の状態に戻ってしまっては……ぐぅぅぅ」
おおぅ。少し引く。
「赦して上げたら?」
軽く言うなあ、オデットさんは。
「はぁ、はい。イザベラ先輩。心配しないでください。今のところ、怒ってもいないですし。無視もしません」
「ほっ、本当ですか?! ありがとうございます。ありがとうございます。そっ、それで
絵の方は……」
「ううむ。見たら違う感情になるかもしれないので、見ないことにします」
「そうですか。で、で、でっ、では。失礼します」
先輩は、立ち上がると涙で汚れてはいるものの、満面の笑みで控室を出ていった。
「いやぁ、イザベラさんにはびっくりしたわ。普段、彼女は誇り高くて、意見が合わなければ、相手が教授でもはなも引っかけないのにね」
「でも、先生。あの状態は、対象がレオン君の時だけですよ。ミドガン先輩なんか、おっしゃった通りの感じでした」
どこで見ていたんだ?
「そっ、そうなの?」
「いや、僕は何もしていないですよ」
先生の目は疑っているようだ。
「何も言ってないわ。じゃ、じゃあ、私は」
「ありがとうございました。先生」
「さて、私はすこし休めたから、ホールに戻るわ。レオン君はもうちょっと休んでいた方が良いわ」
「うん、そうする」
†
懸命にお嬢様をお世話していると、3時半になった。
ようやく待ち行列がなくなった。
途中で数えるのを止めたけれど、100組は超えたはずだ。144個持って来てもらったケーキが結構前に売り切れになっているしね。もちろん焼き菓子のお嬢様もいるので、人数もおそらく200人を大きく超えているはずだ。
既に接客係は、分業制からテーブル専属制に戻っているが、バルバラさんとヘレン、ゲルダ両先輩に任せて、僕は休憩に入る。
控室に入ると、オデットさんが居た。
「オデットさん、大丈夫?」
彼女は燕尾服の上着を脱ぎ、椅子に座ってテーブルに突っ伏している。
「ああ、レオン君か。まあ、なんとかね」
冷静に見ると、さっきまで僕とオデットさんで回っていた。さらに彼女は、接客係だけじゃなくて、諸々あるから疲れていて当然だ。むしろ、バルバラさんのはつらつとした精気がすごい。
「だけど、正直なところ、明日が思いやられるな。2年、3年の先輩は学科展示の受け持ち時間もあるし」
「そうね。お昼に帰ってもらった学生の方々が来店されるだろうし」
「くぅ。今日は想定外がいくつもあったけれど、見積もりが甘かったな」
「そうね。悔しいけれど、必要な接客係人数の予測を誤ったわ」
僕も10人で、それも余裕で回せると思ったけどな。
「それは、後で反省するとして。今さら接客係を増やせないし、今日の人数で明日も何とか回すしかないわ」
「増やせるとしたら?」
跳ね起きた。
「はっ! 笑えない冗談だわ。レオン君だってわかっているわよね。立ち居振る舞いがどれだけ難しいか。それが駄目なら、せっかくの執事喫茶の雰囲気なんてすぐ崩れるわ。しっかりとした練習もなしで接客なんて……」
「わかっている。それでもって言ったら?」
「ふん。そこまで言うなら任せるわ。そんな人材が居るなら、誰でも連れてきて。お願いするわ」
「わかった。ちょっと外す」
「えっ? あっ、うん」
着替えて、講堂の外に出た。
ええと、ディアかベルはどこに? 魔導感知に感があった、教練場の方だ。
人通りが少ないところでは走り、それ以外は早足で進んで急ぐ。まもなく教練場が見えてきた。
昼休み時間と比べると、教練場を囲う人たちは減っているものの、まだ大勢だ。この中に……居た。ああ、白いローブ姿の人間が集まっている中に、2人を見つけた。
目立たないように近付くと、2人に少し離れるように手招きで告げた。
「どうしたんだ? レオン」
なにごとだと思っているようだ。
「うん。明日2人の学科展示の出番はある?」
「明日は、始まってすぐ。10時からだけど」
「あっ。もしかして今日お昼休み後半に出番があるって言ったのに、視なかったの?」
「いや、67号棟の3階で見たよ」
「そう。どうだった?」
「ベルとディア、それにゲオルギーの火炎魔術はなかなか見事だった」
「なんだ、ちゃんと視てるじゃない」
ベルは肩をすくめた。
「ベル。話を聞こう、レオンは急いで来ているんだから」
「そうね」
「実は、2人に頼みたいことがあるんだ」
「頼み?」
「うん。理工学科の模擬店、執事喫茶の接客係を2人にやってほしいんだ」
「「えっ?」」
「もちろん、外せない時間帯は避けてもらって構わない。実はさっきまで、予想の2倍以上の人数がご来店されて、接客係が回らなかったんだ」
「2倍も。それは大変ね」
「でも、朝はすいてたじゃない」
「言いにくいけど、意図していない人が宣伝してくれてね。それ自体に悪気はなかったんだけど」
「あぁぁ、なんとなく誰かわかった気がする」
「それで、私たちに手伝ってほしいと」
「うん。以前、2人とも行儀見習いをやって、立ち居振る舞いやお茶の淹れ方を手解きされたと言ってたよね」
下級貴族の娘は、成人すると寄親である伯爵家以上の館で修行することが慣習だそうだ。
「そうよ」
「まあ、今日執事喫茶の様子も見たけど。あそこの接客係に、ひけは取らない自信があるわ」
ふむ。さすがは貴族。
「でも、お断りよ!」
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訂正履歴
2024/05/08 微かに変更
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (鍍金の勇者さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (徒花さん ありがとうございます)