102話 大学祭(3) 異変
連休進行させて戴きます。次回投稿は5月8日水曜日を予定しています。
ディアとベルの出番が終わったので、67号棟を後にした。まだ1時にはなっていないが、居心地が良くなかったし。ランスバッハ講堂に戻る。
ん?
魔導感知によると、玄関を入った辺りにたくさんの人が居る。たぶん絵画学科の待ち行列だろう。裏側の通用口から中に入る。
控室で着替えて小ホールへ戻ると、どういうわけか、真ん中に模擬店の接客係と台所要員の全員が集まっていた。そして、兄さんと、なぜかルイーダ先生まで、遠巻きに居る。
「あっ、帰ってきた!」
「もうぅ、どこに行ってたのよ! レオン君」
オデットさんが、怒りの混じった声を上げる。
「はっ?」
「オーちゃん落ちついて。レオン君は悪くないよ。受け持ち時間は2時からだし」
バルバラさん、みんなが居る前でもしっかり喋られるようになったなあ。以前はオデットさんの後ろに隠れてばかりいたのに。
「そっ、そうね。困ったことになったわ。外に待ち行列ができているのよ。40人くらい、いらっしゃるわ!」
「うわぁ」
さっき魔導感知によると、確かにそのくらいの人数だ。
ウチのお客様だったのか。
通用口と小ホール正面入口は、廊下でつながっているけれど、途中に衝立をおいて、そこから奥へは入ってこないように制限しているので、そこまではわからなかった。
この分だと、1時に店を再開したとしても、半分以上は店の外でお待ち戴くことになる。まずいな。執事喫茶は儲かれば良いというものではない。ここへ来て、楽しかったと思ってもらわなければ、そうでなければ、暗い印象を払拭できない。
「ちょっと待って、どこに行くの?」
「いや、物陰から様子を見てこようかと」
「だめよ! レオン君が見つかったら、騒ぎになるから」
「なんで?」
「なんでって! 外の皆さんのほとんどの目当ては、レオン君なんだから」
「いや、そんなわけ」
「そんなわけがあるの。ヘンゼル君、さっきの話を」
6番のバッジを着けた1年男子だ。
「ああ。麗しの君って。レオン君のことだよな? 待っていらっしゃる一般客に訊かれたんだよ」
「えっ! そうだけど。一般客に?」
「ああ。それもちょっと、引くぐらいに、麗しの君は、麗しの君はって熱心さで」
こっちは台所担当の先輩だ。ヘンゼル君もうなずいた。
「レオン君、ないと思うけど一応訊くわ。何か独自に宣伝したの?」
「するわけないよ」
僕は麗しの君です。執事喫茶をやってます、ぜひ来てねとでも? 考えただけであたまがくらくらしそうだ。
それにしても、一般客か。学生ならば、ディアとベルの線もありえるけどな。
「そうよねえ。じゃあ、お兄さんと、分かれてからどこに行ってたの?」
あれ? 既に、コナン兄さんが事情聴取を受けていたようだ。
しかし、完全に俺が原因になっているなぁ? まあそうなのかもしれないけれど。
「67号棟へ行って、教練場の魔術実践展示を見てたんだ」
「技能学科か。それじゃあ、目立ち様がないわねえ」
思ったより冷静だ。
「そうだとすると、おかしいぞ」
ぼそっと、少し離れた男子がつぶやいた。
「何がよ、ジョルジ君」
「昨日、宣伝行進した時は、学生しかいなかった。だけど、外に居るのは一般客なんだろう?」
昨日は大学祭期間前だからな。
「ざっと6割から7割は」
「なるほど、半分以上はレオン君を知る術がないってことか」
同じ疑問に突き当たったな。
「逆に言えば、一般客が来る理由をなんとかしないと、この状態が続くかもしれない」
「たしかに」
たまにしかしゃべらないのに、言うことは的確だな。ジョルジ君。
「待って! よく考えたら、麗しの君って、イザベラ先輩が言い出したのよね」
「絵画学科……」
「まさか、隣?」
そう。ランスバッハ講堂の大部分は絵画学科が使っている。
「言われてみれば、待っていらっしゃる一般客は、大ホールの方から来られたような、なあ、ヘンゼル」
「そうですね。順路だから、何も思わなかったけれど」
「絵画学科ね。わかったわ! そちらは私が当たるわ!」
「先生」
ルイーダ先生には何か思い当たることがあるようだ。
「お願いします」
「任せて!」
ルイーダ先生は自分の胸を軽くたたいた。
「じゃあ、そちらはお願いするとして」
「あとは、待っていらっしゃる方々を、どうするか?」
「1組おおよそ20分は滞在されるとして……やっぱり厳しいな。なんとかお待ちの人数を減らさないと」
「いやいや。ヘンゼル君は、待っている方を追い返せって言っているの?」
オデットさんが喰って掛かる。
「でも、このままじゃ、ずっとお待たせすることに」
「だとしても、せっかく来ていただいたのに、追い返せないわ!」
オデットさんの心情もわかるが、待っていただくにしても、後ろに列ができていたらくつろいでもらうことができない。仕方ないか。
「提案がある」
「何? レオン君」
「待ち行列を減らすことに賛成だ」
「いや、だから」
「最後まで話を聞いてくれ。まず学生の客に帰ってもらう」
「学生?」
「学生なら、明日も大学に来るはずだ。今日も午前中は一般客が少なかった。その早い時間に来てくださいって頼むんだ!」
「追い返すわけではない……レオン君の言うことはわかるけれど、素直にお願いを聞いてくれるかな?」
「じゃあ、整理券を作るというのは、どうだろう?!」
おお、ジョルジ君。次々案を思い付くなあ。
「整理券!」
コナン兄さんが近付いて来た。
「整理券の案は悪くない。実際の商売でもよく使う手段だ。まあ工夫は要るけどね。それについては任せてほしい」
「じゃあ、お兄さんとジョルジ君で作ってください」
「了解」
「よろしく」
「では、それなりの紙を持ってきます」
「それで、3割4割は減らせるとして」
「まだ対策が足らないわね」
みんなが、また頭をひねった。
「やっぱり、予備のテーブルを出して、接客係を増やすしかない」
確かに客の回転率を上げるならそれだ。
しかし、そう言った男子を、オデットさんが睨む。
「簡単に言わないで。お茶を淹れるのは難しいのよ。適当な物をお出しするくらいなら、このまま閉店した方がマシだわ」
おお。結構な覚悟があるな。最初は喫茶店? とか少し嫌そうにしていたのに、今では執事に誇りを持っているようだ。責任感なのかなあ。
「じゃあ。午前中に僕がやった方法はどうだろう?」
ネルス君だ。
「どういう方法?」
「レオン君がお客様を見送った時、既に新たなお客が彼を待っていたんだ。だから、僕がテーブルを片付けて、レオン君には接客してもらった。つまり、お茶を淹れる接客係と、主に運搬する接客係を分けるんだ。もちろん後者は僕と……ヘンゼル君も良いよね」
「ああ。もちろん。あと後片付けを分担するよ」
「2人だけじゃなくて、薬缶やポットを運ぶだけなら、なんとかみんなでできるよ。制服も余っているんだから増やそう。だから、レオン君と女子のみなさんは給仕専門で」
その案は、頭を掠めないでもなかったが。
彼らは内心穏やかじゃないだろう。余り人気がないということを自ら認めるわけだから。
「でも……」
決心が付かないか、だが。
「オデットさん。今は危機だ。危機には危機のやり方を。ネルス君たちに甘えよう」
「ごめん。わかったわ! おねがいするわ。でも、1番負担になりそうなのは、レオン君だけど」
「それは任された!」
「じゃあ、もう2つテーブルを増やそう」
男子2人が、運搬専門の準接客係として加わり、制服を着た。
皆が手分けをして、店が新たな姿に変わりはじめた。
†
1時。休憩時間が終わり、再開だ。
最初僕とオデットさんが出ていって謝ろうと思ったのだが、それではかえって騒ぎになるからとコナン兄さんに止められた、そして自分に任せろと引き受けてくれた。
整理券の策に自信があるようだった。
兄さんたちが、扉の向こうに消えると、何度か喚声というか悲鳴が上がったが、どういうわけか、間もなく静かになった。
ジョルジ君が戻って来た。
「レオン君のお兄さんの説得で、待っていた学生が帰ってくれた」
「「「おぉぉぉ」」」
「やるわね。さすがはレオン君のお兄さんだわ」
「あっ、ああ……」
これにより何とかお待ちの人数が3割くらい減った。それで、ようやくお嬢様方を店内に招き入れた。
待ち行列が一般客ばかりになったし、午前中の状況はご存じないので、接客係を指名することもなく、テーブルにご案内できた。
注文が通ると、僕または、オデットさん、バルバラさんが、お嬢様方とお話をしつつ、お茶を淹れ、そしてカップに注ぐ。
この一連を区切りとして、また別のテーブルへ回る。
それを1時間続けて、まだ、4、5組のお嬢様方がお待ちだ。せいぜい待ち行列が長くならない程度の回転というところか。
「あのぅ。麗しの君!」
「奥様。私のことでしょうか?」
わかっているけど、素直には返事できない。
「そう。年齢はおいくつなの?」
親子かな。20歳くらいと、その母親に見える年格好だ。
「合い済みません。執事頭に叱られますので」
困った奥様だ。ほほえみながら答える。
「まあぁ。残念」
「ところで」
「なあに」
「私をそのようにお呼びになった理由を、教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「それは、あの絵」
絵?
「おかあさん」
「そっ、そうだったわ、わたしが言ったことは忘れて」
「承知いたしました」
絵……やはり絵画学科か。
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訂正履歴
2024/04/27 わずかに訂正
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)