101話 大学祭(2) 催し物
やっぱり、大学祭とか学園祭の花は、催し物ですね。まあ、芸能人のショーでも良いんですけれど。
「ふう」
初日1回目の受け持ち時間を結構過ぎて、僕は休憩に入った。
視界の下の方に表示されている時間は、12時11分。店自体は既に準備中の状態だ。
11時半で、いったんお客様の入場を止めたのだが、5組目のお嬢様が、お茶を2杯もお替わりされてこうなった。僕が接客するのは良いけれど、あのお嬢様はたくさん飲まれて大丈夫だったのだろうか。
最後の後片付けが終わったので、ホールの隅にたたずんでいる兄さんに手を振ってから控室に入る。
「お疲れさま。レオン君」
「いやあ、オデットさんこそ」
彼女は、パンと何かを食べてる。
その横を突っ切って、奥の衝立の裏に入って、着替える。
「他のみんなは? 食事?」
「うん。着替えて学食へ行ったよ」
「そう」
「意外とお嬢様が帰って来てくれているね」
確かに。
たぶん、この2時間強で20組位来店されている気がする。執事喫茶は、なかなか好評のようだ。最初は、やはりふかふかの絨毯、小ホールの雰囲気。そして見るからに立派な調度にやや気圧されるお嬢様方もいらっしゃった。
だが、接客する内に、徐々に落ちついて楽しんでいただけているようだ。
「ここでは、お客さんで良いんじゃない」
「うぅ。そうなんだけど。一度緩めると、どこかで出ちゃうかもしれないから」
意外と面白い性格だな。
「さて。じゃあ、兄さんを待たせているんで」
†
兄さんと一緒に学食ヘと思ったけれど、模擬店というかたくさんの屋台が出ていたので、肉串やパンに煮込んだ肉を挟んだものとかを食べた。やっぱりお祭りは雰囲気を楽しみたいしね。
「僕は学科展示会場へ寄ってから戻るから、兄さんは先に講堂へ戻っていて」
「学科展示? ええと、そこにレオンが作った物の展示があるのかい?」
「えっ?」
「ほら、ハイン宛ての手紙に魔道具を作っているって書いてたろ」
僕が王都に来て以来、ハイン兄さんから何度か手紙が届いた。代わり映えしないと愚痴とともに、毎回エミリアの近況が書かれていた。彼は仕入れの仕事で街の外にも出掛けてはいるが、担当方面が王都の反対方向らしい。それで王都のことや、ついでにレオンも近況を書けと催促されたので、僕が大ざっぱに大学で何をやっているか書いて返信している。魔道具を作っていることもだ。
「もしかして、あの手紙を、みんなで視ているの?」
「もちろんだよ。母様なんかずっと見てるぞ」
それは、書いていないことを読み取ろうとしていないか?
都合の悪い(?)ことは書いてないからな。
「そうだ! 母様が、レオンの下宿に勝手に行った話は傑作だった」
うげっ、そうだ。書いた。
「あれで、父様から叱られていたぞ、母様」
仕事の話とは打って変わって、晴れやかな顔だ。
「そっ、そうなんだ」
父様には言っていなかったのか。
「まあ、みんなレオンが心配なんだよ。末っ子だしな。それで展示はあるのか?」
「えっ、まあ。2つほど」
「おお、1年生なのにすごいな」
「いっ、いやまあ」
「ぜひ見たいな」
「じゃあ、一緒に行く?」
「おお、行く」
「ええと。ひとつ注意があって。大学祭では、誰が何を作ったか公開しないことになってんだ」
「そうか、特許と一緒か」
「そうそう。僕が左手で指したら、それが僕が作ったものだから」
「了解。でも、なんとなくわかる気がするからな。気が付かずに通り過ぎるときに頼むよ」
会場に入って、順路通り進む。
理論展示の部屋では、兄さんが起動紋を見てなつかしいと言っていたが、それ以上には興味もなさそうなので、誰もいないのを幸いに早足で通り抜けた。
続いて魔道具、魔導装置展示の部屋に入った。お昼なのに3人ばかり、まばらに客が居た。
「すごい。いろいろだな。たくさんあるし……」
兄さんはそう言いながら、僕は何も示してもいないのにかかわらず、発光魔道具の前に陣取った。
「これ、いいなあ」
「へえ」
僕は関係ないフリをするが、お見通しのようだ。
「この真ん中のところに商品名を書いて、屋根か壁の高いところに設置すれば、すごく宣伝効果があるぞ」
「なるほどねえ」
ふむ。商売の洞察力があるのか、兄弟だからか。いずれにしても、ちゃんと意図が伝わっているのでうれしくなった。
「おっ、光の動きが変わった。ふぅむ。ずっと見ていたいけれど、別のお客さんもいることだし、次へ行こう」
「そうだね」
周回表示と、往復表示はしっかり20秒ごとに切り替わっている。朝に立ち上げる時も確認したが、問題ないようだ。
「おおぅ……」
この部屋にあるのは、魔石と杖(半完成品)など小さい物だ。リオネス商会とその関係店でも扱っている商品なので、興味が強そうだ。
「展示品には触らないようにお願いします」
「はい」
ミドガン先輩だ。彼の受け持ち時間なのだろう。
兄さんを紹介してあるので、お互い笑顔で会釈している。
「おお、これは良いな」
「わかるんだ。兄さん」
「まあな。ウチの商会でも扱っているし」
兄さんが見ているのは、くしくもミドガン先輩が作った杖だ。先輩は回転体型が好きなようで、その型の持ち手が多い。亜麻仁油で仕上げたどちらかというと素朴な見た目だ。
先輩は、国家資格をまだ持っては居ないが、学内検定1次は通っている。なので、販売はできないものの完成品まで作って、学内では他人でも使用が可能だ。それを教練場で使わせてもらったことがあるが、固有周波数の変位も魔圧損失もごく小さかった。指向性については、杖での良さをそもそも感じないので判断が付きかねるけれど。それにしても素直で良い杖だと思う。
「ですから!」
ん?
声の出所を見ると、そこに4、5人の人集りができていた。
あそこは、僕の展示品の所だ。
別の先輩が、一般客であろう人たちと何か言い合いに近い状態になっている。
「売ることはできません」
「ううむ。であれば、こんな目新しい品なんだ。誰が作ったかぐらい教えてくれてもだなあ」
うわぁ……。
だけど、訊いてどうするんだろう? 作ったのは学生だぞ。名前を知ったからといって、どうにかなるのかな。
「またですか」
はっ? ミドガン先輩だ。
「どうも、あそこの杖が好評のようで。朝から売れだの、製作者を教えろだのおっしゃるお客様が多くて。困ったものです」
先輩が片目をつぶった。
「はあ……そうなんですねえ」
そんなことを話している内に、その人集りがなにやら愚痴をこぼしながら、部屋を出て行った。
「行こうか?」
「うん」
先輩に会釈して、その場所へ行く。
「ふぅぅむ」
兄さんがアゴに手を当てた。
「なるほど、さっきの客の気持ちはわからないでもない。不定型の中でもなかなか斬新な形だ。それに色艶も良い」
そのまま、数分間、じっと眺めていた。
「いやあ良い物を見せてもらったよ」
満面の笑みだ。
「まだ1時には間があると思うけれど、戻るかな」
12時30分過ぎだ。
「僕は、ちょっと」
「そうか。ああ道順はわかるよ」
学科展示会場を離れ、兄さんはランスバッハ講堂へ戻っていった。
僕は1人で、教練場に向かう。
朝は空に少し雲が出ていたが、今は雲ひとつない快晴になっている。
教練場に向かうと、その蒼穹へ炎の柱が吹き上がっていた。
中央区画の建物が途切れ、教練場が見えてくると、その周りに一般客が人垣を作っていた。
ふむ。さすがは屋外展示の花、技能学科の魔術実演展示だ。集客力があるなあ。それは好ましいけれど、人が居すぎて余り近寄って見えない。そうだ。あそこが良いか。
教練場のすぐ近くの67号棟に入る。
出入口に教員および学生以外の立入を禁ずと立て看板があったが、僕は学生だし問題ない。階段を昇って3階まで来た。この西側の教室が良いだろう。
げっ。
扉を開けると、窓際に教員が2人居た。
両人が僕を振り返る。
よりにもよって、学部長とミディール技能学科長だ。
「失礼しました」
「待ちたまえ」
別の場所へ回ろうと思ったのだが。
「レオン君だったね。君も実演展示を見に来たのだろう。ここで見ていくと良い」
君もねえ。学科長もそうらしい。
学部長は、何も言わないが否定はしないという風情で、窓の向こうに視線を戻した。
「ありがとうございます」
よく考えたら、礼を言う必要がない気がする。
窓際に行って、教練場を見下ろす。外側の観覧客の頭越しに隅々までよく見える。まあ、だから先生方がここに居るのだろうけど。
さて。
教練場の中央で10人ほどが輪を作って、空に向けて火炎魔術を吹き上げている。
赤い炎の先端は見上げるばかりで、3階の僕の目の高さより相当高いところまで届いている。
なかなかに壮観だ。
観覧客も手をたたいてよろこんでいる。そこそこ大規模な魔術行使だ。一斉に紅い炎が黄味を帯びて、真上から仰角を下げた。
ふむ、一糸乱れぬ魔術行使は、部外者が見ても良く訓練されていることがわかる。
つまり、制御が効いているということだ。
んん。人の輪を遠巻きにしていた別の魔術士たちが、やはり大きな輪を成して近付いて来た。どんどん術士同士が近付いて、すれちがうところまで来たところで、行使者が一斉に切り替わった。
ふむ。ここで交代か。
なかなか面白い演出だな。
まあ魔術の効果、威力とは無縁な要素ではあるが、見せ物としてはすばらしいだろう。
「おっ」
右奥にディアが、その手前にベルが居た。この時間帯に出るって言っていたからな。
けなげに実践展示をしている。
彼女たちは、先程までの術者と差がない。が、全体的に見れば、炎に───高さ、色、勢いその全てにばらつきがある。なぜだ?
「1年生に変わりましたな」
「ふむ。まあ1年もたてば、技量も上級生並みになるだろう」
そうか。火炎魔術を行使している術者の学年が、1年生に下がったのか。
「そうですな……ああ、レオン君」
学科長と目が合ってしまった。
「はい」
「何か言いたいことがあるようだね」
「いや」
「この展示に何の意味があるのか、かね?」
読まれた。
「そうですね。とても美しくてよいとは思いますが。学科長もそうお考えですか?」
「くっくく……」
「学部長!」
「ははは。済まん、済まん。それにしてもあいかわらず、君は面白いな。あの発光魔道具展示もね、何をやらせても斬新だ」
学部長もあれを見たらしい。言葉通り褒められているのか、それとも揶揄されているのか。
「はぁ」
「学部長、展示品と製作者とのひも付けは」
「わかっているよ、ミディール君。来賓には明かさないから安心したまえ。特に官僚にはね」
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訂正履歴
2024/04/24 くどい表現の見直しなど
2025/04/02 誤字訂正 (cdさん ありがとうございます)