100話 大学祭(1) はじめてのお嬢様
本編が100話到達です! ご祝儀でいいねをおねがいします(笑)
(明日の投稿はありません)
「はい、みんなシャンとして」
「「「はい!!」」」
とうとう大学祭の当日になった。
もうすぐ10時。開催時刻だ。とはいえ、多くのお客様は、東門から敷地に入るだろうから、お客様がやってくるには、時間が掛かるはずだ。
しかし、開店に備えて、一応入口付近に並ぶ。
胸に付けた札の番号順に並ぶ。僕は7最後尾だ。
むっ。
窓の方を向いたら、頭が引っ込んだ。
早くも来たか。
鐘が鳴った。開店だ。
いろいろな思いが巡ってくる。結構な犠牲も払ってきた。
そこまでするべきだったろうか?
いや! 制御は暗くない───大事だ。
「じゃあ、設置してくるね」
オデットさんとバルバラさんが、扉を開けて看板を運び出した。
さっき僕がやろうと言ったら、責任者の仕事だと断られた。まあそんなに重くないし、いいか。
「えーと、誰も居ないわ」
学生のお客様が居るんじゃないかと期待していたのだろう。肩を落として戻って来た。
「そこまで女性2名様がお越しになっていますよ」
「えっ、うそ」
「でも、レオン君の言うことだし」
「あぁぁ」
数分後に事実となった。
「うわぁ、高そうな絨毯」
「赤いわね。これ、訪問者を歓迎しますって意味よ」
入口の向こうから声が聞こえている。言ってることが兄さんと同じだ。
扉前から敷いた絨毯に少し驚きながら、初めてのお客様がやってこられた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「おかえりなさいませ」
オデットさんに続いて、わざと時間をおいてお出迎えする。声が重なることは無粋だ。
「えっ? いや、おかえりって?」
「こちらは、お嬢様方が憩うお部屋でございますので」
さっき窓から頭が見えたベルとディアだ。
今日は、白いローブを身に着けている。いつもは生成りなのだが。
「そうか。私たちが貴族で、ここは自宅の居間という設定か」
ベル、設定とか言うな。でも合っている。
「ということは、あなたたちは執事さん?」
「左様でございます」
指されたオデットさんが少しほほえむ。
そう。喫茶・理工学科は執事喫茶なのだ。
怜央が生まれた日本という国には、そういう形態があったらしい。
商会で訊いてみたところ、少なくともセシーリア王国ではそのような喫茶店は聞いたことがないとのことだった。まあ、それで、結構な協力が得られているというわけだ。
「ただいまは、複数の執事がおりますので、お世話をさせていただく者をご指名ください」
「指名」
「選んでいいんだ?」
並んだ僕たちを見た。
「じゃあ、レオ……「恐れ入りますが、胸の番号でお呼びください」……じゃあ、7番さん」
やはり。
「では、お嬢様、こちらへ」
2人を先導して、窓際のテーブルに案内する。椅子を引いてディアお嬢様にお掛けいただき、同じようにベルお嬢様にもお世話する。
「改めまして、おかえりなさいませ」
「うん。ただいま」
「ふふふ。レオン、よくってよ」
早速貴族のお嬢様に───いや、もともとそうだけれども、さらに上級のお嬢様に口調が変わっている。
「お茶をお持ちいたしますが、お菓子はどちらにいたしましょう」
カードを2人に提示する。
「えっ? 選べるの?」
「ふーん。マドレーヌとケーキかぁ」
そう。朝、コナン兄さんが、追加でケーキを持って来てくれたのだ。
『いやあ、絶対この喫茶は、はやると確信したからさ』
『そっ、そうだといいけれど』
「あっ、お兄さんが居る」
「えっ、本当だ」
2人が手を振ると、ホールの隅でコナン兄さんが会釈した。今日、明日と情報収集していくそうだ。僕としては頼もしい。
「それじゃあ、せっかくだから私はケーキ。ディアは」
「私も同じ物を」
「畏まりました。少々お待ちください」
焼き菓子は20ダルク(200円見当)、ケーキは40ダルクなのに。意外とお金を持っているなあ。
ちなみに、お茶は80ダルクだ。
お辞儀すると、そのまま台所へ入る。
「ケーキを2つお願いします」
「はい」
「はい、薬缶とポット」
「どうも」
台所の要員が準備をしてくれるので、時間が節約できる。
温度も十分だな。責任は接客係にある、魔導感知で確認した。
それらに加えて皿にカップを被せたものを2客、トレーを乗せてテーブルに戻る。
「準備いたします」
茶壺から匙2杯の茶葉をポットへ投入。さらに薬缶から適量の湯を勢いよく注ぎ、覆いを被せる。お辞儀とともに再び台所へ取って返し、ケーキを持って帰ってきた。
それを2人の前に置く。
「うわぁ、生地の中に果物がいっぱい入ってるよ。おいしそう」
「そうね。ケーキにして正解だったわ」
パウンドケーキ。
脳裏にそんな単語が浮かぶ。地球にも同じようなケーキがあるらしい。
上部がやや丸く膨らんだ、おおむね四角く黄色い断面。バターの芳醇な香りと蜂蜜の甘い香りが漂う。そして、ベルが言ったように、干しぶどうと木イチゴの実が、ちりばめられている。
確かにおいしそうだ。兄さん、ありがとう。
おっと頃合いだ。
ポットから覆いを外し、茶漉しを通してカップへお茶を注ぐ。
紅い良い色だ。
そのまま2杯に注ぎ切ると、ポットを置く。
カップを乗せた皿を、静かにディアとベルの前に置いた。
ディアは砂糖を1.5杯、ベルは0.5杯だ。そしてゆるやかにかき混ぜる。
「お待たせいたしました」
「いいえ、ありがとう」
「ありがとうね」
2人とも上機嫌のようだ。
「ここが、ずっとあれば良いのになあ」
「うん。そしたらレオンがずっと給仕してくれるかなあ」
勘弁してくれと思いながら、ほほえみは絶やさない。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おかえりなさいませ」
別のお嬢様がお帰りになったようだ。
ん?
何か少し揉めてないか?
気にはなるが、僕は両お嬢様がお出かけになるまで、原則テーブルを離れることはない。
少し間があったが、オデットさんがお嬢様を窓側奥の席に案内していく。
「麗しの君」
すぐ横を通られた時、そう聞こえた。
姿からして、本学の学生だろう。みんな金持ちだな。
「麗しの君だって」
「聞こえたね。レオンは人気あるからなあ」
は?
「芸術学部は、盛り上がってるよねえ」
「そうそう。蒼のイザベラさんとかねえ。早めに仲良くなっておいて良かったね、ふふふ」
「そういえば、さっきわたしたちが来たとき、驚かなかったわよね?」
「はい。窓の外にベルお嬢様の頭が見えましたので、お帰りになることはわかっておりました」
「やっぱり見つかっていたか」
「もう、ベルったら」
「だって、来てもレオンがいなかったら、もったいないし」
はあ……
†
「いやあ、お茶がおいしかった」
「ケーキもね」
「ありがとうございます」
ん!
「ベルお嬢様、少々お待ちください」
「何?」
テーブル上のナプキン立てから1枚取り上げると。
「失礼いたします」
すぅと手を伸ばして、ベルの口元を拭いた。
「「ふぁぁぁぁ」」
むっ。離れたテーブルから変な声が上がった。
「あっ、あああ、ありがとう」
「どういたしまして」
「もう、ベルったら。さて、余り待たせても悪いから」
誰を? そう思いつつも、さっと回り込んでベルの椅子を引き、ディアの椅子も引いた。
席を立って、入口に戻り精算をしてもらう。席で精算という線も考えたが、それは逆に雰囲気を壊すのであきらめた。
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
赤絨毯の上を、ディアとベルが去って行く。こっちを振り返って手を振ったので軽くお辞儀をして、ホールへ戻る。さて後片付けを。
「あっ、あの……」
「はい」
そういえば。席は半分も埋まって居ないのに、なぜかここに別のお嬢様がいらっしゃるんだ?
「あの、うるわ……いえ、7番さんは空いたのでしょうか」
「いや……」
「では、あちらは私が」
「あっ」
そこに居た同級のネルス君が、さっきまでいたテーブルへ足早に行った。
片付けをやってくれるようだ。好意に甘えよう。
「お嬢様。ご案内いたします」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2024/04/20 細々訂正
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)