99話 憂鬱
いやあ、小生の場合、何かやる前が憂鬱になります。昨日は定期的な内視鏡検査が、それはもう。まあ異常はなかったんですが。
ああ憂鬱だ。
明日から大学祭という日になったが、準備は学科展示、模擬店ともに終了している。
あとは、明日を迎えるばかり……でもない。
「レオン君。準備は終わったの?」
オデットさんだ。
「こんなものでどうですか?」
鏡に映った彼女に振り返る。
女子と違って、男の店員は化粧はなしだが、身だしなみは整えることになった。
商会の寮で、散々僕に化粧が施されたことは、いまだに悪夢のようだ。が、悪のりした化粧士たちとしても芳しい結果が得られなかった。
作り込むほどに、僕が女性寄りの顔になってしまったのだ。途中でのぞきに来たアデルが、レオン君は元のままで良いと思うと言ったので、さらなる検討はなくなった。
舞台用の化粧ならやりようはあるのだけれど、とはマルガリータさんの敗戦の弁だ。
僕としても気色が悪い方向に行かず助かったが、最初から分かりそうなものだと、怒りがくすぶっている。
化粧はしなくても良いが、髪形は後方に流すか、後で結ぶという取り決めになったので、それに合わせているぐらいのものだ。にもかかわらず、なぜ憂鬱なのか。それはこれから始まることに原因がある。
「いいと思う。時間だわ!」
オデットさんが、パンパンと手をたたいた。
「じゃあ、顧客の掘り起こしに行くわよ!」
「「「「オーーーー」」」」
僕たちは、ランスバッハ講堂を出て中央区画を東へ回り込み、模擬店が多く並ぶ構内道へ繰り出した。
†
構内道幹線に出る前に、僕らは隊列を組んだ。
先頭は魔導学部生特有のローブ姿の3人。縦列を組み、真ん中の1人が、喫茶・魔導理工学科、ランスバッハ講堂、女性客必須と書かれた取っ手付きの看板を高く掲げ先行。
その後が、女子4、男子3の7人だ。黒い燕尾服に暗紫のベスト、白いシャツを身に着けて、スカーフタイを首に締めている。
僕ら接客係の出で立ちだ。
さすがは子爵様の別邸で使われていただけのことはある、全てに高級感がある。
さらには───
理工学科生といえども、魔術士の素養は持っている。肥満体形の者は少ない。魔力が高い者は、痩せ型が多いのだ。それが前記衣装を身に着けているので、正直言って似合っている。
魔導理工学科が暗いと言われがちなのは、着ている服にあまり気を使っていないことも一因だろう。上着は作業するときに着替えるが、小汚いズボンを穿いている先輩とか何人も居る
その回りをローブ姿の男子たちが取り囲んで、構内道をゆっくり進む。彼らは、大きな声で理工学科が喫茶をやります、ランスバッハ講堂ですと叫びながら、急造したビラを配っている。
彼らの必死さとは対照的に、僕ら7人は何も声を出さずにほほえみながら、優雅に手を振っているだけだ。
ようやく大学祭の準備が終わりかけるなか、構内道を異質すぎる仮装行列が練り歩きはじめたので、なんだなんだと大勢の学生が露店から出てきて人垣ができはじめた。
はずかしい。
そもそも、人に注目されるのは好きではないのだ。なんとなく周りにはそう思われていない気もするが。
行進を始めて、数分もたった頃だったろうか。人垣に女子学生が目立ち始めた。あと黄色い声が多いように聞こえるのだが、気のせいだろうか。
よく聞き取れないが、僕たちに声援を送っているような。
手を振ると、何だか振り返してくるし。相当意外に思いつつも、接客係はほほえみを湛えたままで変えない。そのようにする取り決めだ。
うわっ、あぁぁ。
人垣にディアとベルが居た。
僕を見て呆然としている。まあそうなるよな。
模擬店が並ぶ構内道幹線は長さ300メト程なので、ゆっくり歩いたものの、さほど時間は掛からず行進は終わった。脇の路に入って、隊列を崩すと、いったん丸く集まる。
「何かすごいことになってなかった?」
「そうだな、人数が。後半女子が」
「そうそう、女子が。その制服って、モテるんじゃ?」
たしかに、なんだか女子が押し寄せてくる傾向になっていた。
「そんなことより、どうする。もう一度行進する?」
「いや、いや」
「もう配るビラがないよ」
「なんだか、途中から配るというより奪われる感じで」
「それなりに、目立ったんじゃないかな」
「ふむぅ。それじゃあ、迂回して講堂に戻りましょう!」
†
講堂に戻った僕たちは、午前中に客の入りが悪ければ、行進をもう一度明日の昼前にやることを決めて、その日は解散した。
そして───
「なあレオン。あれは何だったんだ?」
「あれとは?」
ベルの質問はわかっているが答えたくない。
学食のテーブルに置いた皿の肉の塊にフォークを突き刺す。気のせいか、横を通り過ぎていく女子が僕を見ていくような気がする。
「とぼけるなよ。これだよ、これ!」
配ったビラを、ベルが僕の目の前に持って来た。ビラを取ったんだね。
「理工学科の模擬店宣伝の行進ってことは分かるけどさ」
「それって、わかっているよね」
「えらく不機嫌だな」
ベルが、パンを千切って自分の口に放り込む。
「じゃあ、あの行進はレオンの案じゃないわけだ」
「まあ、オデットさんとバルバラさんの案だよ。ウチの学科で喫茶をやるのは初めてだし、例年だと絵画学科しか展示していないから、ランスバッハ講堂に来る人は少ないからね」
いい喫茶を提供しようとしても、知らなければ客は来ないという主張から、あれをやることになった。
「じゃあ、事前に知らせておこうというわけだ」
「だったら明日にやった方が良いんじゃない?」
「客の入りが悪ければ、そうすることになってる」
「ふむ。悪い考えじゃないな」
「僕は恥ずかしいけどね」
「そうか? 優雅だったし、手の振り方も堂に入っていたぞ。何だか役者みたいだった」
まあ、アデルに指導をしてもらった。
「恥ずかしそうにやったら、逆効果だし」
「そうだな。それであの格好いい服を着込んで、喫茶をやると」
ディアは、当たりが柔らかだ。
「そう。やっぱり、あの服は格好いい?」
「燕尾服は格好いいよな。どこかの貴族の家人のようだった」
さすがは貴族、よく知っている。
「確かに格好いいかな。まあ着てる人によるけど。でも心配するな、レオンはいつも格好いいぞ」
「そうそう。レオンは裕福そうで良い服を着ているからな」
自分の趣味というか、商会の趣味とそれを踏襲した服装だしな。
「いや、僕はどうでも良くて」
「わかったわかった。他の6人なあ……まあ女子2人も少し違和感はあるけど、わるくはないかな」
「いいや、ああいうの好きな連中は居るぞ、歌劇団が好きなやつ」
「そうか、居るなあ」
よし、まずは衣装としては良かったと思う。
「ところで、あの服はどうやって手配したんだ?」
「内緒」
子爵家から出た物と知れると、外聞がよろしくない。
「内緒って、冷たいな!」
「それで、あの7人は何をする人?」
「接客係だよ」
「ということは、ランスバッハ講堂に行くと、あの服を着たレオンが接客してくれるのか?」
「受け持ち時間ならね。先に言っておくけど、ウチの喫茶は、なかなか高価だよ」
「えっ、高いの?!」
「お茶1杯が、80ダルクからとなっています」
「高っ!」
「お茶請けの菓子もつけてもらうし」
「ビラに書いてあるやつだな。それで1セシルかそれじゃあ、3番街辺りの小洒落た喫茶店と変わらないじゃないか。大学祭の模擬店だぞ!?」
3番街の喫茶店かぁ。アデルと行ったなあ。あそことさほど変わらない値段か。
確かに大学祭での相場は、市価の半値だろう。
場所代は掛かっていないし、人件費も掛からないからね。
「まあでも、市価と同じなら良いかもしれないな」
「ええぇ、来るの?」
「レオンの恥ずかしそうな姿が見られるのだろう」
ベルは完全に面白がっているな。
「それも良いかもしれないけれど、あの豪華なランスバッハ講堂も1度入ってみたいし」
「確かに、あそこは魔導学部とは縁がないからな」
「そうだなあ」
「そうか! 豪華なランスバッハ講堂とあの服の店員か。いい取り合わせかもしれない」
「ああ、貴族趣味が味わえる感じか? うんうん。狙いはわかってきたけど、この女性客必須ってどういう意味なんだ?」
ベルがビラの1文を指さす。
「男性客のみでのご利用はお断りです。お越しになるお客様の中で、少数の男性が含まれる場合は仕方ありませんが」
「ふうん。まあ確かに、男どもがたくさん居るより、優雅な雰囲気になりそうけど。でも客の入りが悪くならないか?」
「そうかな。3番街辺りの喫茶店は、そもそも女性客ばっかりだろ」
「確かに。そうだな」
男も居たが、女性客の連れという感じだったな。うなずいておく。
「それで。レオンの受け持ち時間はいつなんだ?」
「教えない」
「なんでだよう」
「まあ、まあ。わたしもせっかくなら、レオンに接客してもらいたいからな。なんとかしよう」
ぐっ!
「ふぅん、明日が楽しみになったな」
「ウチの学科展示はだるいけどな」
「おい、聞かれるぞ」
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訂正履歴
2024/04/17 誤字脱字訂正他
2025/01/13 通貨名間違い セルク→セシル
2025/04/07 誤字訂正 (ドラドラさん ありがとうございます)
2025/04/21 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)