98話 学科展示の事前点検
小職の経験が……
食堂から、学科の展示会場へ戻って来た。
学科展示は大きく分けて、魔術理論系と魔導具系の2系統だ。
魔術理論系には、屋外の魔術実践展示と、屋内の純理論展示のやはり2展示がある。
前者は時刻を決めて、魔術の発動を客に見せるそうで、これはそれなりに集客力があるそうだ。まあ、それでも同様の趣向である魔導技能学科の魔術の方が派手だし、人気らしい。会場も隣り合っているし。
問題は後者だ。魔導紋の研究発表や魔術の効果発表など、魔術士や学者であればともかく、一般客にとっては、どう考えても興味薄な内容で、集客力はほぼない。
しかし、興味はないであろうが理事や教育省などの来賓はあるので、展示しないわけにもいかない。
芸術学部、工学部、魔導学部の公式見学順路に入っているので、素直な来賓や、大学の研究に興味がある方々は回ってくれるが、そうでもない人は短絡して飛ばされることもあると聞いている。
さて僕が主として所属している魔導具系展示の位置付けは、純理論展示と同じようなものだ。ただ物があるだけマシという感じらしい。
まあ、安全な魔導具は実際に発動させるし、多少は見て楽しいはずだというのは、僕の欲目だろうな。
会場には、照明や調理器具などの家庭用品、魔導機械として加工装置など雑多な展示に加え、意外に人気がある魔術杖の展示がある。
僕の出し物は、半完成品の杖ともうひとつ、発光魔導具だ。
それを発動させると、明滅を始めた。
1時の鐘が鳴ると、学科長リヴァラン教授の事前点検の巡回が始まったという知らせが回ってきた。
確認しようと廊下に出ると、リヒャルト先生がいらした。研究室関連のところでは付いて回るだろうから、待ち構えているのだろう。
「あのう、先生」
「なにかな?」
「どのくらいで、こちらまで巡回が来られますかね?」
「そうだね。結構早いと思うよ。学科長は理論系の展示内容をおおむね把握されているからね。30分ぐらいじゃないかな」
本当に早いな。
「そうですか。ありがとうございます」
「よろしく頼むよ」
「はい」
頼むというのは、巡回に際して待機するようにと言われているのだ。1時間くらいなら、模擬店である講堂に行こうかと思ったが、ここで待っていよう。
壁に寄りかかって、脳内システムのドキュメントを読んでいると、先生の予測通り30分足らずで、談笑が聞こえてきた。
「学科長が入られます」
それから数分たって、学科長とリーリン先生とゼイルス先生が入って来られた。学科におけるジラー先生を除いた教授と准教授陣だ。
「こちらの部屋が魔導器具と装置、別室が小型の魔道具の展示となっています」
学科長は、白いひげを手で触りながら、深い眼窩をこちらに向けた。
睨まれている?
確かに、展示品の光が明滅しているから目立つよなぁ。
しかし、すぐにゼイルス先生が紹介する展示品を眺め始めた。家庭用品は結構短時間で通り過ぎたが、新型の魔石刻印装置の前で留まっていくつも質問している。
あれがこの部屋の中で、展示品の目玉なのだろう。
3年、2年の特にゼイルス研究室の先輩たちが、多く関わった研究らしいからな。
ゼイルス研究室は、主に大型魔道具や魔導具の研究開発を手掛けている。ジラー研究室は、魔石の刻印と魔術杖や小型魔道具を手掛けることが多い。
まあ境界は曖昧のように見えるけれど。
魔石刻印装置の説明が終わったようだ。
学科長が隣に移動するとき、またこちらを見た。何か不機嫌そうだな。
いくつもの展示品の説明を聞きつつ、何か指示を出されて、それを講師の先生が記録していた。
15分ぐらい掛けて、いよいよ僕の発光魔道具の前にやってこられた。
軽く会釈した。
「それで、何かね。これは?」
ゼイルス先生はうっと詰まった。
「リヒャルト君!」
ややなじるような調子で、僕の斜め前に居た先生を呼んだ。
「はい。見ての通りの発光魔道具です。なかなかの制御技術が……」
「これに何の意味があるのか? それを訊いているのだがね」
うわぁぁ。悪い方に想定した反応だ。
「それについては、製作者から」
「はい。これは……」
「この四角い枠のまわりを、さまざまな色が点灯して移動していく、その意味を明確にな」
答えようとしたら遮られた。僕がとぼけた回答でもすると思ったのだろう。
魔道具は、高さ1メト、幅1.6メトの板材の向こうで、間接光の鈍い輝きが右回りに周回しするものだ。周回速度、全周内の光る箇所に加え、光る色が3原色の組み合わせで徐々に変わり、あるときは虹のように見える。そこは結構制御に苦心した。
ただ、学科長の表情がよくない。ふざけているようにも見えているのかな?
「お答えしてもよろしいでしょうか」
「手短に」
「はい。こちらの魔道具の意味は、視線を引き付けることです」
「視線?」
まだ続けても良さそうだ。
「はい。この形状の場合は、この枠の中程に広告を掲示することを想定しています。言うまでもありませんが、屋外の夜間に使うのが効果的と考えています」
ふむと鼻から息を吐き。学科長が白いひげを弄った。
そのまま。しばらく言葉を発しない。
変わってゼイルス先生が、前に進み出た。
「それで? この展示で、いくつ魔結晶を使ったんだ?」
「個数ですか? 75個です」
制御用1、蓄魔力用2、伝達用8、発光用64だ。
「なっ、75?! 広告用途にそんなに使ったのかね? ジラー研はどういう予算管理をしているのかね?」
おっと。リヒャルト先生へ怒りが向く。
「はぁ。この展示物に関しましては、板材と角材の使用を許可しておりますが、再生品です。そして魔石は……」
「まあいい。こんな荒い予算の使い方をして、学科として追加要求の承認が通るとは思わぬ事だね」
いや。魔石は全部、僕が東南の森で獲ってきた物だ。
「はい。ですが。予算の話は学生にする話ではありません」
「ふん。それで、いかがいたしましょう。学科長のお気に召さなければ、彼に撤去させますが」
むっ!
「待ちたまえ、ゼイルス君」
「はっ」
「レオン君だったな。先程、この形状ではと言ったが、それ以外の場合を訊かせてもらおうか?」
「はい。発光魔石を直線状に並べ、床や壁に埋め込むことで、特に暗い場所で、人や馬車を誘導することに使えればと考えています」
「ふぅむ。君のことだ、そのように制御もできるように作ってあるのではないかな?」
「はい」
板の後に、手を入れると、制御魔石に手を翳す。すると縦方向の魔石は光らなくなり、周回していたときよりもゆっくりと光点が左から右へ動き、右端に達すると数秒待って左端に戻ってくる動作形態に切り替わった。
「ほう。では先程の光の周回と、この状態を、自動的に切り替わるように変更しなさい」
「はい。承りました」
「あの、これは展示したままでよろしいのでしょうか?」
「構わないよ、ゼイルス君。では次」
おおぅ。
ゼイルス先生が僕を睨みながら、隣の展示に移っていった。
対照的にリヒャルト先生とリーリン先生が、にっこり笑いながら付いて行かれた。
気になるようなので点滅を停止させた。
何とか乗り切ったようだ。学科長の一団の横を抜け隣の展示室に入り、杖の展示の前に移動すると、ミドガン先輩が寄ってきた。
「災難だったな。レオン」
「いえ」
「いつもながら、用意周到だな二の矢も放ってあるとはねえ」
第2制御形態のことか。
「あははは」
われながら乾いた笑いだ。
「まあ、学科長を恨まないことだ」
「えっ?」
「恨んだところで。得にならない存在だからな」
「はぁぁ」
確かに、魔導理工学科の学科長が学生の成績を最終的に決定するのだ。敵に回して得はないだろう。
「それに。知っているか? 教員陣も厳しいんだよ。大学祭はな」
「えっ?」
「来賓だよ。教育省の役人が来るんだ」
それは知っている。ただそれと、僕の展示と何の関係があるのだろう?
「役人が来る理由はわかるか?」
「さあ」
「本学は王立だが、国公立と同じように運営費や研究費の大部分には税金が投入されている。彼らは、それを減らす理由を探しに来るんだ」
「本当ですか?」
訊いておいてなんだが、本当だろうと思える。何とも後ろ向きな理由だ。
「それで魔導学部の内、魔術科兵養成の見地で技能学科には軍が後に付いているからな、なかなか役人も手を出しにくい。しかし、理工学科はそうでもない。何か難癖の種はないかなと探しているというわけだ」
「なんとも言えない話ですね」
「だから、学科長もピリピリしているというわけだ。気の毒だろう?」
「分からない話ではありませんが……」
そのあおりを受ける学生もまた気の毒な気がする。軽重まではわからないが。
「うむ、ゼイルス先生には同情しないが」
「ははは。そうですね」
魔石75は多いかもしれないが。予算から出してもらったとしても大したことはない。新型魔石刻印装置の100分の1にもならないだろう。
あちらを少し絞った方が効果的、自分の手柄になる。俺が役人ならそう考えるがどうだろう。
「学科長がいらっしゃいます」
おっ、この部屋にも回ってくるようだ。
しかし、これまでとは比べものにならない速さだ。ここには興味がないんじゃないか
と思えるほどに。
僕の杖も、視界の端に入ったかなという感じで通り過ぎた。
「展示は以上です」
「うむ。皆、準備ご苦労でした」
学科長が宣言して、巡回が終了した。
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訂正履歴
2024/04/14 誤字訂正
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん、toto708さん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (徒花さん ありがとうございます)