97話 手の平の上
先々が見える人、うらやましい。
コナン兄さんに、絨毯を無心してみた。
しかし、兄さんはほほえんだだけで何も言わず、懐から折った紙を僕に差し出した。
なんだ?
受け取って広げると、オデットさんがすぐ横に来てのぞき込む。
サロメア大学魔導理工学科様宛搬入物品一覧。
「母様……副会頭の文字だ」
搬入品の一覧。だからなんだ? ん。納入品じゃなくて? 違和感があるな。
「見ていただきたいのは、下の方です」
下?
なになに? 下記については、注文品に入ってはいないが、推して搬入のこと。ただし、大学側より依頼のない限り、伝達しないこと。
意味が、わからん。
「あっ。絨毯がある!」
「えっ?」
もっと下に視線を向ける。
本当だ。箇条書きの中に絨毯7巻という項目が確かにある。
「くっ!」
その他にもいくつか物品が書いてある。
わかった!
母様が、あらかじめ他に用意して置いた方が良さそうなものを挙げて、兄さんに持たせてくれたのだ。
「わあ。あの副会頭さん、やさしいね。見直したわ」
何がやさしいものか。
もしそうなら、これは要るんじゃないのって指摘してくれるはずだ。それをこちらが言い出すまで教えるなと書いてある。
要するに、考えのたらなさ加減を思い知れということに違いない。
とはいえ、反駁もできない。
「絨毯をご提供していただけるということですか?」
オデットさんが、こっちを見た。何を当たり前のことを訊くのという風情だ。
「はい。追加の代金なしで、そのようにするように承っています」
くぅ。ありがたいが。忸怩たる思いがあるな。
「それではお願いします」
「お願いします」
そう、無邪気な? オデットさんに続いて復唱するのが精一杯だった。
†
11時。
申し合わせ通り。南キャンパスの西門にリオネス商会の荷馬車が4台と普通の馬車が着いた。出迎えた僕とコナン兄さんはそれらを案内して、ランスバッハ講堂の北西通用口前まで来た。
馬車には、作業員の方が6人乗っていて、兄さんが指示すると、きびきびと荷おろしと荷ほどきを始めた。
まずはテーブルに椅子、丸めた絨毯を下ろす。その頃にはミドガン先輩たち理工学科の男子諸君も、皆も駆け付けてくれた。すぐ運ぼうとしてくれる。
「ちょっと待って」
兄さんだ。何事かとみんなは彼の方を向いた。
「持ち上げるときと下ろすときは、ヌエバ殿!」
「へい!」
「このように、膝を曲げてやってください。皆さんは若いけれども、腰だけ曲げて持ち上げると、痛めやすいからね」
「おおぅ、なるほど。ありがとうございます。お兄さん」
「ありがとうございます」
「うん。よろしく」
僕も、身体強化魔術を発動して運ぶ。
小ホールに行くと、兄さんが先回りしており、床の隅から1メトばかり開けて敷き始めた。ああ、太い柱が内側に張り出しているからか。なんどか往復していると床が暗い琥珀色の絨毯で敷き詰められた。
むう。小ホールの豪華さが引き立っている。形になってみると歴然とした。
「すごいわね」
「かあさ……副会頭の慧眼に頭が下がるね」
「はぁ?」
ん?
「それを否定はできないけれど。これは、レオン君がさっき絨毯のことを思い付いてくれたから、至った結果でしょう」
「むう」
「レオン君は自信があるんだか、ないんだかよくわからないわね。まあ出来の良すぎる家族とは比べない方が気が楽よ」
「おっ、おう」
「それで? あの巻いたままの絨毯は、どうするの?」
「あれは入口の外に敷く分だよ」
「なるほど。じゃあ、当日になるまで、あのままね」
その後、台所に、茶器と食器、最小限の茶葉などを搬入。別室に予備のテーブルと残りの茶葉を搬入した。
「それで、テーブルと椅子はどのようにしますか?」
にこやかに、兄さんがオデットさんに訊いた。
「はい。テーブルを窓際に小さいものを4つ、中程に3つ、こちらの壁沿いに大きいテーブルを2つ並べる予定にしています」
席としては少ないが、それ以上は捌ききれない。まあ、そう簡単にお客様でいっぱいになることはないだろうけど。
「では、指示通りに並べましょう」
再び通用口に戻り、テーブルと椅子を30脚を運び入れた。
小テーブルには2脚、大テーブルには4脚をそれぞれ配置した。余った椅子は入口から少し入った所に並べる。
テーブルも椅子も豪華だ。貴族が使っていただけあって。天板には艶やかな大理石がはめ込まれている。それぞれの脚は細身で優美な曲線の猫足になっていて、庶民には縁がないようなつくりだ。椅子は座面と背もたれが落ちついた花草模様の布張りで、なんとも品が良い。
「絨毯の上に浮かんでいるようだわ」
「確かに別世界だな」
「次にテーブル敷はどうします?」
「テーブル敷……」
そこまでは、オデットさんも考えていなかったようだ。
「副支配人さん」
「レオンさん。なんです?」
「貴族のお館では、テーブル敷を使わない気がします」
兄さんのほほえみが消え、右手をあごに持っていった。
「レオンさんは、テーブル敷を使わない方が良いという意見ですか?」
「ええ。晩餐会や会食では使われると思いますが。居間など、普段使いではどうでしょう? 貴族の習俗そのままにした方が、その雰囲気を味わえると思います。オデットさんどうですか?」
「えっ、うん。どうしよう」
「確かに。飲食店では敷くのが通例ですが。なるほど貴族の居間ですか。それは発想の転換ですね」
「副支配人さんも、レオン君に同意ですか?」
「たったいま、そうなりました」
「わかりました。ではテーブル敷はなしで」
†
作業員の方々を見送ると、ちょうど昼の鐘が鳴った。
居残った、コナン兄さんを学生食堂へ連れて行く。
「へえ。ここが大学の食堂という場所か」
「好きな料理の皿を自分でトレイにとって、テーブルに着く前に精算します」
「うんうん」
「商会の副支配人さんを学食に連れて来て申し訳ないけど」
「いやいや。いくつか大学には行ったことはあるけれど。学食ってところへ来たのは初めてだから興味深いよ」
「それなら、いいけれど」
いつも座っている付近のテーブルに着いた。
「ふーん。おいしそうだね。それに王都にしては安い」
「でしょう」
食べ始めると、兄さんの口にも合ったようで、うんうんと肯いている。
「義姉さんは、元気?」
「うん……元気というか」
えっ?
「なに、どうしたの?」
「できたみたいで」
「えっ? できた……もしかして子供ができたの?」
「4カ月目だそうだ」
「知らなかった。おめでとう。兄さん」
「うん。ありがとう。生まれてから知らせようと思っていたんだ」
「よかったねえ。そうか。僕もめでたく叔父さんかあ。エミリアを出てから半年たつから、いろいろ変わるよねえ」
「そうだな。それで、レオンの部屋だけれど」
「ん」
「子供の部屋にしようとしてる」
「いやあ、僕は家を出た身だし。もうあそこには泊まらないから」
「うん。悪いな」
「レオン!」
「あっ、あれ、お客さん。じゃあ、今日は別の場所に」
ディアとベルだ。
「いやいや、美しいお嬢さん方は歓迎ですよ。レオンのことも聞かせてください」
「はぁ」
やや不審そうに見ながら向かいに座った。
「ああ、こちらは、僕の兄です」
「コナンです。よろしく」
「ああ、お兄さんでしたか。それはどうも。よろしく」
「よろしく」
「ふたりとも友人で。左がクラウディア・ラーセルさん。右がベルティア・メディウムさん」
名前を呼ぶ途中で、兄さんが瞬きした。
「貴族の方でしたか。申し訳ない」
「いえ。私たちは、准男爵の家の者なので」
「それに、弟さんの友人ですから、お気遣いなく」
「はあ、助かります」
それから4人で、主に大学での僕の話題で盛り上がり、兄さんは上機嫌で支店へ戻っていった。
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訂正履歴
2024/04/13 誤字訂正
2025/04/07 誤字訂正 (三条 輝さん ありがとうございます)