96話 意外な訪問者
特段何もしなくても人気ある人が居ますよねえ。人徳なのかなあ……欲しい。
───レオン視点
大学祭の3日前になると午後の講義はなくなり、2日前の今日は全面的になくなった。
僕も、お茶の淹れ方などを練習するとともに、理工学科の展示物の据え付けや配置、試験などをやっていたせいで、あっと言う間に時間が過ぎた感覚だ。
「よし」
僕が作った魔術杖の半完成品を、布を敷いた机の上に並べ終わった。
そして、魔石未搭載のため魔術は発動できません、そうただし書きをした紙を置いて終了だ。
「うん、いいじゃないか」
「先輩」
ミドガン先輩が推した亜麻仁油仕上げの持ち手と、ディアン先輩が推した染料仕上げの持ち手を交互に6本置いた。それを、先輩が眺めている。
「こっちも好きだが、ディアンお奨めのこっちも、こうやってみると黒々と良い深みが出ている。佳い趣味をしているなあ」
「はぁ……」
僕としては、どちらもさほど変わらないと思っていたし、先輩も自分が勧めた方を褒めるかと思っていたが。
「(リヒャルト)先生も、さすがだ。こうやって比較させたんだからなあ。頭が下がる。でもレオンが1番大変だったな」
「いえ。僕も勉強になりました」
どうも僕は、機能性を重視しがちだが、見た目や嗜好も大事なこと。改めて感じさせてくれた。先輩じゃないけれど、先生に感謝だ。
むっ、脳内警告音だ。すぐ止める。
「先輩。すみません。そろそろランスバッハ講堂へいってきます」
もうすぐ、設定の10時5分前だ。
「おお、俺も行く」
「いえ。掃除ですから」
1年生だけで手は足りているはずだ。
「知ってる」
†
理工学科の展示場所と講堂は50メト程の近距離で助かるね。
公式順路を各学部の拠点を回らせるようにすると、来賓の歩く距離が無駄に長くなってしまう。そうはならないように、学科ごとの展示場所を南キャンパスの中央部分に集めているそうだ。
彫像がいくつも埋め込まれた立派な南側にある玄関……ではなく北西側の通用口から入る。講堂は、おおむね長方形の建物で長辺が北東から南西となっている。その中央に大講堂、両脇に小ホールがあって。大講堂の脇にはいくつかの小部屋と、それらを巡るように回廊がある。
今回喫茶の模擬店で借りられたのは、主には南西の小ホールで、ここは日当たりがよい。それゆえに絵画展示に不向きで空いていたわけだ。あとは台所兼湯沸かし室を含むいくつかの小部屋も借りられたのは、非常に幸運だ。
結構条件を付けられたが、今では事務長に感謝している。
なお、絵画学科は北東の小ホールと北側回廊の大部分を使うことになっている。
足早に南西小ホールに入ると、まだ10時になっていないのに掃除が始まっていた。
小ホールは南北20メト、東西30メトぐらいの広間で、多くの窓から差し込む陽光によって明るく気持ちのよい空間が形作られている。また、教会の堂宇にも似た尖頭アーチの天井は高く。そこから床に連なる褐色の石柱は、白塗りの壁と見事な対比となり、荘厳な雰囲気を醸している。小さい石のタイル張りの床も清潔感があって悪くはない。
その床を、同級生たちがモップで拭いている。
中央に立ち、彼らを指揮しているオデットさんがこっちを向いた。
うぁぁ。また遅い! とか言われるかな。
「ミドガン先輩。レオン君。お疲れさまです。学科展示の方はどうですか?」
えっ?
労うような言葉が先輩も意外だったのだろう、思わず顔を見合わせる。
「いや。とりあえずは終わったよ」
「うむ。昼から学科長の事前点検の見回りがあるが、それまでは大丈夫だ」
そう。ここは学生主体の模擬店だが、あちらは正規展示であり、理事などの来賓を案内するそうだ。よって、責任者は学科長だから、展示現場を確認して指示があるようだ。
「じゃあ、それまで掃除を手伝うよ」
「おお、俺も」
「うぅん。演台や椅子を管理部の職員さんにどかしてもらったけど、意外と綺麗だったのよ。床掃除と思ってモップ掛けしてもらっているけれど。本数がそれほどないし」
ああ、出遅れたか。
さて、どうするか。もうすこししたら、モップ掛けを変わってもらうかな。
「あのう!」
振り返ると出入口に職員が居た。
「こちらに1年のレオンさんは居ますか」
おっ?
「レオンは僕ですが」
「ああ、ここに居ました。どうぞ!」
商会の人かな?
おかしいな、搬入時間まで1時間弱あるはずだけど。
そう思っていると、入って来たのは。
「コナン兄さん!」
「やあ、レオン。久しぶりだな」
「えっ、なんで?」
「いやあ、別の用で王都に来ることになっていたのだけれど、副会頭から大学祭の件を差配するようにと。出してくれた企画案、構成案は読ませてもらった」
「はあ。それはそれは。ああ、紹介します。模擬店責任者のオデットさんです。聞こえていたと思うけど、リオネス商会副支配人で、兄のコナンです」
年初に、支配人補佐から昇進したと聞いている。
「オデットです。よろしくお願いします」
「コナンです。よろしくお願いします。レオンはわがままを言っていませんか?」
「あっ、え? まあ少し……でもその何倍も活躍しています」
えっ、おおぅ。
「ははは。そうですか。自慢の弟です。皆さんもよろしくお願いしますね」
「「「はい」」」
なぜか、みな返事が良い。
兄さんは、こういう風に人を自分の味方に付けるのが巧みだ。人徳というやつかな。ああ、そういうところがミドガン先輩に似ているところだな。
「ここの広間を、模擬店の店舗にするのだよね」
「ええ」
「見せてもらっても」
「どうぞ」
ちょうど手も開いていたので、僕がついて回る。
兄さんは広間の壁やカーテン、魔灯、天井を眺め、続いて入口や広間の差し渡しを巻尺で計った。それから、台所を一緒について案内した。
兄さんは最初笑顔だったが、各所を、念入りに見て回る内に段々渋い表情になった。
広間に戻ると、オデットさんとミドガン先輩が寄ってきた。
「どうでしょう。副支配人さん」
「うぅむ」
微妙な表情だ。
「率直に申し上げて、この広間だけであれば、まずまず。特に学生の模擬店であれば望むべくもない好条件だと思います。よくここを押さえられたものだと感服します」
冴えない顔付きとは対照的な言葉。
「広間だけとおっしゃいますと?」
オデットさんもそこに引っかかるか。
「ええ。ただ、わが商会の新事業を前提すると、全体的な雰囲気として問題があります」
「それはなんでしょうか?」
オデットさんが、鋭い眼を兄さんに向けた。
「有り体に言えば、床の作りがそぐわない」
「「床?」」
「いや、この広間の空間内だけに限れば、この床も悪くないとは思います……」
ふぅむ。それは同意だ。
「……ですが、こちらの豪奢な玄関の彫像群、そして回廊の静謐さ。お客様方は、大理石の床を踏んでここまでいらっしゃるのです。それでここまで来られて壁と天井を見てどうしても床と比べてしまう。人間はすぐ良い物に慣れ、粗が見えてしまうのです」
「つまり、広間の外と、この床は釣り合っていないとおっしゃるわけですか」
「はい」
オデットさんも渋い顔になった。
「それは、私も昨日までは感じなかったのですが、今日多数置いてあった椅子をどかしてみると、おぼろげながらそうは思っていました。ただ、今さらです。当然ながら、工事などはできません」
「では、あきらめると」
「うう……」
ふむ。何か兄さんに値踏みをされているようだ。
「粗が見えてしまうと、冷や水を浴びせられたように一気になえてしまい、高い代金に見合う満足感は得られないと思いますが」
「それはそうなのですが」
あきらめない余地があるのか。
僕が見た豪奢な建物……建物。
やはり1番は、ラケーシス財団の建物だな。あの部屋。あそこの主人と面談した部屋はどうだったか……!
「兄さん。いや、副支配人」
「なんです? レオンさん」
「ここに絨毯を敷き詰めたいのですが。今からなんとかなりますか?」
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訂正履歴
2024/04/10 誤字訂正
2025/04/07 誤字訂正 (toto708さん ありがとうございます)