95話 蒼のイザベラ
Ph□t□sh□pをイメージしてもらえると……(伏せ字になってない)
白レイヤーを作って、パス外を黒で塗りつぶしと。文字内と薔薇に黒にじみはなし……んん。3文字目の周りが、全部黒で囲まれている。
いったん画像分析モジュールを最小化する。
「ラナ先輩。ちょっと」
「なんでしょう」
「あのう。この黒の部分を全部をくりぬくと、3文字目が脱落してしまうんですが」
「えっ? あぁぁ、本当だ。ちょっと! イザベラちゃん。この裏に茨を這わすんじゃなかったの?」
そうだよな。透かし彫りにする前提だからつながっているはずだ。
眉根を寄せて、イザベラ先輩も近付いてきた。
「はい? あれ? いやぁ。ここに茨を描いた気が……間違えて塗りつぶしたかなぁ」
「あのう、原因追及はともかく。どのようにつなげればよいですか?」
「す、すみません。この辺りを7ミルメトぐらいの幅でつなげていただけると」
「了解です」
よし。
茨が来る部分の3文字目と4文字目のパスをいったん開パスにして、4カ所の端点を元とは違う方につなぎ直す。
できた。
作ったレイヤーを削除、新規白レイヤーを作って、パス外を黒で塗りつぶし。よしよし。今度は3文字目がつながった。他も……大丈夫だ。
続いて、元画像の陰影にフィルタを掛けて、トーン-深度変換と。さらにパス外を白で塗りつぶして、深度マップのできあがりだ。
この明度が低い程、彫り込む深度が深くなるようにしている。
刻印魔術モジュールのEngrave Studioを起動。
看板全体に深度マップを合わせ込んで。よし、ずれていない。最大深度を板厚の半分位の4ミルメトに設定。刻印対象を中密度の木材、発煙と重力方向オプションをありに設定。
刻印解析を開始。プログレスパーが表示されていく。
みるみる伸びて、終わった。ええと、予想される刻印所要時間は1時間6分27秒って長いな。
うーむ。あれをやろう!
刻印光軸の多重化だ。光軸数を10に設定を上げる。7分ぐらいにならないかな?
再度解析を実施。おお。7分15秒にまで短縮した。
よし、これでいこう。
「では、皆さん。5メトほど離れてください」
軸数が増えると不測の事態が起こりやすくはなる。
「えぇぇ?」
「はい。離れて、離れて」
ミドガン先輩の声だ。
「わかったわよ、あんたが偉そうにしないで!」
また諍いが始まっている。
「はいはい。よし、いいぞ! レオン」
「レオン様。そうお呼びしなさい!」
よし始めよう。
両腕を前に突き出し、全ての指を広げる。
刻印開始。
指という指の先。発動紋が顕現し、そこから目映い魔導光が迸った。
その刹那。看板の表面に橙色の光点を紡ぐ。それがあるときは疎らに、またあるときは横一文字につながる。
おふっ!
10軸の発光は、結構な魔力を僕の体内から一気に引き出して、反動を呼ぶ。
だがこれしき、問題はない。
†
───ミドガン視点
「では、皆さん。5メトほど離れてください」
レオンが危険度が高いことをやるようだ。
「えぇぇ?」
絵画学科の女学生が不満そうだ。
ああ、わかるわかる。間近で見たいものな
「はい。離れて、離れて」
腕を広げて、半閉ブースから女子たちを離す方向へ誘導する。
「わかったわよ、あんたが偉そうにしないで!」
いやどう見ても、あんたの方が偉そうだ。ここは理工学科の実習室だぞ、わかっているのか。まあいい。とにかくここまで離れれば。
「はいはい。よし、いいぞ! レオン」
「レオン様! そうお呼びしなさいよ!」
様付けで呼ぶのは止めないが、強制しないでくれるかな。
なんだろうねえ、この入れ込み具合は。
えっ?
振り返ると、看板が線状に輝いていた。
どういうことだよ。
横に動くと、カラクリがわかった。いや、わかったが、起こっていることが信じられない。
「いくつ発動しているんだ」
発動紋が5……いやもっとだ。10近くの発動紋がレオンの前に浮遊している。それだけでも驚異だが、それぞれが魔導光を発している。一瞬一瞬にどれだけの魔力が消費されているのか。そもそもそれらの魔導光が連携を取って動いている光景は、理性が理解を阻んだ。
「美しい」
はっ? ああ、確かに。
ラナとかいう名前だったか。
魔導光が走り回る線上から濛々と湯気が発生し、少し昇ると冷えて白煙に変わる。
焦げ臭いなあ。ああ、絵の具が焼けているのか。
天井の感知魔導具が動き出して排気し始めた。
「さっ、さすがは、お慕い申し上げるレオン様。魔術も天才だわ」
「わかるのか?」
「これを見てわからない方がどうかしているわ」
いやその通りだが。
「目には見えないけれど、レオン様の頭頂から何か目映いものが湧いているのを感じるわ」
はっ? 頭頂?
「いいや、何も見えないが」
「だから、見えないって言っているでしょう! でも、わかるわ。魔術を使われてから一段と、陽のような暖かさが。はぁぁ。この身を、その光で灼いてくださいませ」
うわぁ。危ないやつだな。
それはともかく。魔力は頭頂から湧いて体内を巡るという、プラーナ仮説はあるが……本当に感じ取れるのか。
異能は異能を知るということか。
目が慣れ、レオンがやっていることがわかってきた。
魔結晶の場合より、魔導光の強度は上がっていない。きっと、周りが焦げてしまうからだろう。
そんなことを考えていると、魔導光が描く光線は下へ下へとずれていき、50ミルメトばかり下がって、初期の高さに戻った。つまり区分的に、かつ面を網状に掃引して看板の表面を焼きながらえぐっていく。
巧妙だな。
目映い光点が、看板の表面を走り回るのを飽きることなく見続けていると、数秒間ひときわ明るく輝き、そして消えうせた。
ふぅぅぅ。
「レオン!」
「レオン様!?」
「終わったのか?」
「はい。ちょっと待ってください」
レオンは、まだ湯気が上がる看板を指で突いた。
「あっ」
突いた部分が、向こう側に抜け落ちて貫通した。
「「「おおぉぉ」」」
次々突くとどんどん板に穴が開いていき、文字と薔薇、茨が浮き立った。
「すげぇ。ちゃんと浮き彫りというか透かし彫りになっている」
単に輪郭通り、板を切り取っただけじゃない。文字も浮き立っているし、薔薇の花弁1枚1枚が立体的に見える。
「ちょっと、どきなさいよ!」
「ああ、すまん」
俺がどくと、レオンも立ち上がって場所を空けた。
そこへ、イザベラとラナが取り憑いて、食い入るように見つめ始めた。
「くぅぅぅ……」
「むぅぅぅ……」
即座に褒めそやすかと思ったが、2人はうなるのみ。1分もそうしていただろうか。
そして、レオンに近付くとイザベラが彼の手を取った。その上からラナも掴んだ。
「ありがとうございました」
うあ、ラナの方は、涙を流してるぞ。
「感服しました」
「私も、満足しました。ではまた」
押し掛けた絵画科3人組は、実習室を出ていった。
おお。なんだかあっさり帰って行ったな。
「ふう。さすがに疲れました」
レオンがだらしなく椅子の背もたれに身を預けている。
「そりゃあ。そうだろう。それにしても……」
「なんです?」
「複数の光点を使って、刻印をするとはな」
「ああ。1軸で刻ませると結構時間が掛かりそうだったし。何やら皆さんは、できるまで見ていくという雰囲気だったので。複数と言ったって別に大したことはないですよ」
「いや、大したものだろう。2軸で刻印したという話は聞いたことがあるが」
「そうですか?」
「仮にできたとしても、普通は集中が削がれてかえって遅くなるもんだが」
「ふうん。じゃあ、あまり言い触らさないでください」
「わかった。そうする」
レオンは異能過ぎて、今ですらやや浮いているからな。
「ところで先輩」
「ん?」
「イザベラ先輩のことを、さっきは蒼のイザベラって呼んでませんでしたか?」
「んん? いや、レオンは知らないのか? 彼女のことを」
「ほとんど知りませんが」
それで、よく看板を描いてくれたよな。今は消えてしまったが。
「俺も詳しくは知らないが。彼女は、サロメア芸術展で去年とおととしの連続で入選し、去年は特別賞を受賞したそうだ。蒼い絵の具の使い方が特徴的だから付いた二つ名と、新聞かなんかで読んだ」
「へぇぇ」
「結構有名人だぞ」
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訂正履歴
2024/04/07 前書きのスペル。間際らしい表現の言い換え。
2024/06/05 訂正履歴(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)