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94話 絵画学科の女学生

芸術学部とか音楽部への憧れがあるけれど。その手を扱うマンガを読むとねぇぇ。

 ひどい目にあった。

 数日たったが、商会の寮での災難以来、落ち込みが解消しない。精神的外傷(トラウマ)ってヤツだな。それに……考えるのはやめよう。

 刻印実習室に居るのは僕だけだから、遠慮なく大きな溜息(ためいき)をつく。


 あと5日で、大学祭と迫ってきたが。最近ろくな目に遭っていない。どれもこれも、制御をやる人間は暗いと言わせない……あれ? 理工学科は暗いと言わせないためだったっけ?

 まあどちらも同じだ。その大目的を果たすための精神修養だと考えよう。


 おっと、集中、集中。

 刻印魔術の途中だ。Engrave(エン) Studio(スタ)を使っているので、魔力の供給を途絶えさせなければ問題は起こらないが、最近練習している手動刻印の時の参考にならない。

 むっ。誰か来た。

 もうすぐ刻印は終わるが、この波動はミドガン先輩か。


 実習室に入った先輩は近くまで来たが、半閉ブースにいる僕へ話しかけるのを待ってくれているようだ。

 数分後、ようやく魔導光が消えた。

 魔石を見ると、自動的に魔導制御のブロック図が浮かぶ。大丈夫のようだ。


「お待たせしました、ミドガン先輩」

 魔石を持ったまま振り返る。

「おお、終わったか。レオンに()きたいことがあるんだ」

「何でしょう?」


 微妙に眉根を寄せている。

「大学祭の模擬店のことだ。もう日がない。他の出店するところは、準備に大わらわだが、ウチは良いのか? 何か手伝うことはないのか?」


 当日店員になることに決まっている学生は、なんだかんだと準備というか練習が進んでいる。立ち居振る舞いであったり、茶の()れ方だったり。しかし、それ以外の準備は進めていない。


「ありがとうございます。そうですね。1年のオデットさんが責任者なので、彼女に訊いていただくと……」

 下手に僕が指図しようものなら、また彼女の機嫌を損ねそうだ。まあ機嫌はどうでも良いのだが、模擬店の運営に支障が出るのは困る。大目的のために。


「ああ、わかっている。さっき訊きに行ったが。6105教室を閉め切って何かやっているようだが、入らせてくれなくてなあ。レオンに訊くようにと言われたんだ」

 おっと、ちゃんと段階を踏んでくれていたのか。剛毅(ごうき)なミドガン先輩も少し怒っているようだ。しかし、オデットさんによる店員選抜には入らなかったらしい。まあ、そのほうが幸せだ。


「そうなんですね。すみません。現状は、余りやれることがないんです。2日前にならないと材料やら茶器などが搬入されませんし、場所もランスバッハ講堂なので長くは貸してもらえなくて」

 占有期間は、大学祭期間の2日前から2日後までだ。壊さない、汚さないと、事務長から(くぎ)を刺されている。


「そうか。うん。レオンが謝る必要はない。物品はなし、場所も入れないは分かった。だが、看板とか、飾り付ける物とか造らなくて良いのか?」

 本当に面倒見が良いな。

 あと2年たったら、僕も先輩のように成れるだろうか?


「あぁ……看板は、芸術学部絵画学科の有志が作ってくれることになっていまして」

 まあ。忙しい時期だ。あと数日は掛かるだろうけども。


 ミドガン先輩がポカンと口を開けた。

「いやいや。なんで絵画学科の人たちが作ってくれるんだ?」

 当然の疑問だ。


「それが、ランスバッハ講堂を一緒に使うことになっているのはご存じですよね?」

「知っている」

「それで、その絵の展示をする傍らで、みすぼらしい看板なんかを掲げられては、厳かな雰囲気が壊れると言われまして。格調高い看板を作ってくれるそうです」


「ぐっ……そりゃあ、素人の俺たちが作った看板なんて、やつらに言わせればみすぼらしいものになるだろうけど。なかなか手厳しいなあ……ん?」


 何やら廊下が騒がしい。

 そちらを見ていると、扉が開いた。

「あのう、こちらに1年のレオン君が居ませ・ん・で……ああ、見つけた」

 イザベラ先輩だ。


「なんだありゃ」

 意外にもすぐ扉の外に取って返していった。

「さっき話していました、芸術学部の……」

「こっちこっち!」


 イザベラ先輩と別の女学生2人が、人の背丈より一回り小さい板を運んできた。

「レオン様。できました、どうぞご覧……ちょっと早く布を剥いで」

 その板には白い布が巻き付けてある。

 後ろの2人が、あわてて布を解いている。

 よく見ると、この前の集会で僕を描いていた人たちだ。


「もしかして、もうできたんですか? 看板」

 布が剥がされてあらわになった。


「すごい!」

 僕が言う前にミドガン先輩が感嘆した。

 

 一枚板の無垢(むく)の板材だ。8ミルメト厚ぐらいだな。

 そこへ斜めに、喫茶・魔導理工学科と太い書体の文字が躍り、その文字に、茨が巻き付いて、さらに薔薇(ばら)の花が数輪描かれてる。


「いやあ。僕には思いつかない図案です。文字が分かりやすい上に、薔薇も清楚で、おっしゃっていたとおり格調高いです」

 言っているそばから、看板を支えて居た一人が身をくねらせはじめた。


「お褒めに(あずか)り光栄です、レオン様。ああ、この看板は、ラナちゃんとボクの合作なのです」

 イザベラ先輩が指した女学生の動きが止まり、顔が真っ赤になった。

「そうでしたか。ありがとうございます。先輩方」

「「「はい。レオン様」」」


「もしかして、あんた。(あお)のイザベラか?」

 蒼の?

 ただ名前は合っている。


「人に名前を訊くときは、まず自分から名乗りなさいよ!」

 えっ!?

 打って変わって険しい表情を、イザベラ先輩が向けた。まあ、もっともなことを言っているけれど。


「俺は3年のミドガンだ」

「そう。確かにボクはイザベラだけど。それがなに?」

「いやあ」

 ミドガン先輩は、それっきり黙り込んだ。


「ともかく。立派な看板を作っていただいて、ありがとうございました。助かります」

「どういたしまして」

 ん? やや笑顔に影があるような。


「でも、本当ならば……この黒く塗りつぶした分を貫通させて透かし彫りにしたかったんですが。残念ながら、手の空いている彫刻専攻の者が居らず。申し訳ありません」

 いや、申し出てくれて、3日でここまでやってくれたのだ。

 しかし、透かし彫りとは、手の込んだことを考えた物だ。


「いや。とんでもないです」

 そう答えたが、彼女たち3人の顔は晴れていない。


「あのう……」

「なんです? レオン様」

「この黒い部分を()り抜けば良いのですか?」

「そっ、そうです。欲を言えば、残す部分も、色で描いた陰影を浮き彫りで再現できればよかったのですが」

 なるほど。


「レオン様?」

「ああ、この看板、僕に託してもらえませんか?」

「託す……」

 イザベラ先輩は、大きく目を見開いて、ラナ先輩を見てうなずく。


「ご存分に。レオン様がやりたいことがあるのなら、思う通りなさってください」

「はい。うまくいかなかったら、もう一度ボクとイザベラで徹夜してでも描きます。板なら彫刻科からかっぱらって」


 なんか、すごく感動しかけたのに。この板も無断で持ち出したのかな?

 まあいい。


「ありがとう。では遠慮なく魔術を使います」

「「「おおおぉぉ。魔術、()える」」」


 ではと、未完成とみなされることになった看板を受け取る。

 じゃあ、作業は……半閉ブースの前で立ち止まる。

 看板板が大きくて、ブースに入らない。


「レオン。1枚外そう」

 ミドガン先輩が、ブースの仕切りの(ちょう)ねじを回して取り外し始めた。

「お手数掛けます」

 おっ!


 外れた衝立(ついたて)を、絵画科の先輩方も手伝って移動してくれた。

 さっきまでいがみ合っているように見えたが。

 よし。看板が置けるようになった。設置完了。

 画像分析モジュール起動。

 視界に大きなウィンドウが被った。

 ふむ。これまでのものより大きいからか……。


 立ち上がって、いったん半閉ブースから10メトばかり離れる。

「レオン?」


 望遠状態にして、看板を撮影。

 うなづきながら戻る。近くで撮影すると端が(ゆが)む。補正しても残るし。


「何をやっているんだ?」

「おい。レオン様がなさることにケチを付けるな」

「おっ、おお」

 なにやら、ミドガン先輩とまた()めだしたが、放っておこう。

 僕は、僕ができることをやらねば。


 解析開始。

 複写して、トーンカーブを曲げて強調。輪郭抽出、パスへ変換。

 ええと。開いたパスを手動で(つな)いで閉じたパスへとちまちまと直していく。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2024/04/06 誤字、微妙に表現変え

2025/04/15 誤字訂正 (徒花さん ありがとうございます)

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