93話 男装の麗人(下) 変われば変わるもの
目を瞠るとは、いい言葉です。
4人の学生が、大きな布を首に巻き付けて裾を肩や胸に落とし、前髪を大きなクリップで上にはね上げている。
そして鏡の前の椅子に掛けると、それぞれに化粧士が寄っていき、首筋をなで上げ始めた。
「あれは何を?」
「血行をよくして化粧の乗りをよくするの」
「へえぇ」
「眉毛を、眉尻の方だけでも抜いてもいい?」
ゲルダ先輩へ付いた化粧士だ。
あの人の眉はだいぶ下がっているからな。
「まあ最初はね。男でも女でも土台作りは一緒だからね」
「そういうものですか」
横でアデルが声を出さずに笑っている。
「ええと、レオンさんでしたっけ。女は、いつ女になると思います?」
「はっ?」
生物学的な話?
「さあ……」
「女は、自分が女だと意識しだして、初めて女になるのです」
えっ? 哲学か。
「ならば、自分が男だと認識を与えれば、少しは男に近付くものですよ」
「少しですか?」
「長年、女性として過ごしていますからね、全部は無理ですね」
それは、そうだよな。
「ああ、そうじゃなくて」
ガリーさんがヘレン先輩の方へ寄っていった。
「さて、私とレオンちゃんはここに居ても仕方ないので、できあがるのを待っていましょう」
「そうですね」
広間を出ようとしたら、鏡の中のオデットさんに睨まれた。
廊下に出て、別室へアデルと移動した。
すると。彼女が部屋の錠を掛けた。
「いや、だめだめ。誰かが来たら、逆に何をしていたか勘繰られるよ」
「でも」
「うん。僕が魔術で警戒しておくから」
「それならいいけれど。あっ、お茶を淹れるわね」
椅子が何脚かおいてあるので、ひとつに掛ける。
「いやあ。4人に増やしてもらったけれど、なんとかなってよかった。ありがとう」
数日前まで、オデットさんとバルバラさんの2人が来る予定だったけど。急に先輩2人が増えたのだ。
「ううん。ガリーさんのおかげ。教材が増えたってよろこんでいたけど」
「教材ね」
しかし、ここに来た時に、一悶着あったのだ。
『えぇぇえ。何? この人がアデルの親族? いやあ、本当に美形の一族ね。妹さんみたいに、養成学校へ入れればよかったのに。絶対受かるわ! でも男役よねえ。アデルと被っちゃうか』
僕の胸元を見ながら言わないでくれるかなあ。
『ぷぅ。美形って。この子はレオン。従弟よ』
『はっ、従弟? 従妹じゃなくて?』
『男で済みませんね』
『なんだ。本当に男かあ……残念。でもこの子だったら、偽装して入学させたら、バレないかもよ?!』
いくら何でもわかるだろう。
「はぁぁ……」
「なぁに? 溜息なんか吐いて。お茶、どうぞ」
「ありがとう。いやあ。どうしても初対面の人には。女性に見られてしまうなあと思ってさ」
「なんだ、朝のこと気にしてるんだ。別に良いじゃない。顔以外は男っぽいことは、私が知っていればいいのよ。昨夜も逞しかったしぃ」
「昨夜の話はともかく。そうだ。髪を短く切りそろえれば、いいか」
「いやよ!」
「えっ?」
「こんなにかわいいのに。短く切ったら駄目よ」
はあ。効果はありそうだな。
それから、しばらくたあいのない話をしていると。
「アデル!」
「何?」
扉に視線を向ける。彼女もすっと黙ってうなずいた。
「失礼します。化粧が終わりましたので、ガリーさんがおふたりに来てほしいと」
「了解」
†
おおぅ。
広間に入っていくと、思わずうなってしまった。
4人の女学生が、1時間ほど前とは違う雰囲気をまとっていた。
なんというか、男子に寄せてはいるが、すこしベクトルが異なっている。
眉や、目張りが濃く描かれて凜々しさが増している。もちろん、舞台で見たアデルの化粧とはちがって、際立て過ぎてはいない。
それでいて、元は女顔だから、妖しいというか蠱惑的だ。
「どうですか? アデル、それにレオンさん」
「さすが、ガリーさんと若手化粧士の皆さんね」
「違うわよ」
「違う?」
「これはねえ。自分で化粧してもらったの」
「えっ?」
「私たちが、最初に見本を見せ、洗顔して化粧を落とし、化粧士が手伝いながら自分で化粧してもらって、もう一度。だからこれが化粧3回目、最後は全部自分でやってもらったわ」
「なるほど。大学祭では、自分で化粧するからか」
それなら安心だ。
「そういうこと」
部屋の中程まで入り、じっくり4人の顔を眺める。
「ふむ。変われば変わるものですね。驚きました」
あやうい美しさが出ている。
ふむ。オデットさんは、想像通り少し勝ち気そうな性格が眉に出ていて、美形になっている。それよりも。
「バルバラさんが、1番印象が変わりましたね。前髪を上げたからですかね?」
「えぇぇ、そう……かなぁ?」
赤くなっている。
「いいところに気が付くわね。この子が1番変わったかな、化粧映えする顔の作りだし。少し引っ込み思案ぽい面相だったからね。眉の太さと、すこし頬に影を入れて立体感を出したのよ。普段の化粧でも参考にしてもらうとうれしいわ」
ふむ。ガリーさんと同じ意見か。
あっ。アデルが、少しほほえみながらうなずいている。1番はオデットさんじゃないと言っていたけれど、こうなることがわかっていたのか。
「ほらね。バル。いつも私が言っているでしょ。もっと自分の容姿に自信を持つべきだと」
「うん、そうかもしれない」
オデットさんがバルバラさんの両肩をたたいている。
「では男装の内、化粧についてはいったんここまでとして。今日からは、商会が用意してくれた化粧品と道具で練習すること。いいわね!」
「「「「はい!」」」」
返事が良いな。
「はい、みなさん!」
アデルだ。
「すこしは男の感覚が湧いてきたところで、次は歩き方としぐさの練習よ。私がこれまで男役として習ってきたことを伝授するわ。じゃあ、別室でお茶でも飲んで、衣装に着替えましょう」
4人が立ち上がった。
僕はどうしていようか。たぶん別の部屋で着替えるのだろう。
「レオンさん」
ん?
「はい」
「お暇のようね?」
「ええ、まあ」
「では、男装の練習しましょう?」
「男装の練習? 僕がですか?」
「そうそう」
何を言っているんだ?
「まだ疑っているんですか? 僕は……」
「男だって信じたわ。でもあなたなら、化粧をしても映えると思うのよね」
「いやいや。お断りしま……」
「あら、レオン君」
ん?
オデットさんが、まだ広間を出ていかずにそこに居た。
「嫌そうにしているけれど、そんな嫌なことを私たちにやらせているの?」
「いや、男が男装って、おかしいだろう!」
「はい、問答無用よ。まず見た目で思い知らせましょう。皆さん、この子を押さえつけて、鏡の前に座らせて」
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2024/04/04 くどい表現訂正など
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2025/04/14 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)