1話 夢と転生
新作連載開始でございます。よろしくお願い致します。
人は夢を見ていると、これは夢だと気付くことがある。
あの時もそうだった。
だが、夢と現に何の違いがあろうか──
† † †
「藤堂先輩。やっぱり居たんですか。もう8時ですよ」
はしごのすぐ下に、同じ研究室の後輩が来た。
実験場の窓を見ると、外は当然真っ暗だ。
「もうそんな時間か。そういや腹が減ったなあ」
「そんなことだろうと思って、できた後輩は閉まり掛けた購買部で、おにぎりを買ってきましたよ。具は先輩が好きなあぶり鮭と明太子です。ここに置いておきます」
「悪いな。これ終わったら、降りて代金を払うよ」
「いいですよ。先週、飲み代おごって貰ったし。それより、命綱を着けないと危ないですよ」
そう。研究室の規則ではしごに昇る場合は、安全帯を着けることになっている。
「あとちょっと。このコネクタ類を繋げたら、終わりだから」
「ところで今やっているのって、ロボットアームのハンチング対策ですか?」(ハンチング:この場合は、アームが意図しない振動をすること)
「そうそう。センサーを疑って確認してみたんだが、ハズレだった」
「言って下さいよ。それってメカ屋の担当でしょう」
「そうだけど、大会まであと一月だからな。自分でやれることは、やるさ」
「それで、他にアテはあるんですか?」
後輩君は困った顔だ。
「一応な。ハズレたことを踏まえて、さっきシミュレーションを見直したんだが、カルマン・フィルタの調整で行けそうだ」
「シムコネですか。僕も見よう見まねで始めていますけど、便利ですよね」
専門外なのに努力家だよな。
「まあな」
「でも。100年前は言いすぎでも、50年前の技術者ってどうやっていたんですかね。シムコネはなかったんでしょう?」
SYSLAB_Simuconnect。制御ソフトを作るための業界標準アプリだ。世界中の制御技術者の7割方は使っているそうだ。
「ははっ、あるわけないだろう」
そう答えて、どうやっていたんだろうと思い直す。50年前はともかく、100年前ならば電子回路すらなかった。当然、現代の自動制御なんてない。
ぞっとするなあ。俺がひいじいさんの世代なら、人生を懸けようとしている制御もできないだろう。
そうだったら絶望するよな。
「そうだ、先輩」
「ん?」
「結果はとっても気になるんですが、あしたからインターンシップで遅刻できないので、帰ります」
「おお。XX重工だっけ。俺も去年行ったけど、中々すごいから期待して良いぞ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、お先に失礼します」
持つべき者は、良い後輩だ……おっと、俺は作業、作業。
こっちのリンクを、あのコネクタへ。伸ばした手でロボットアームを掴んだ時、窓の向こうが光った気がした。
†
「レオン、レオン!」
「んんん……」
「もう! 目は覚めた?」
「ああ、はい」
母様だ。
「暖炉に火は残っているけれど。こんなところでうたた寝していると、カゼをひきますよ。自分の部屋で寝なさい」
「はぁぁい」
僕は、居間のソファーから立ち上がり、廊下へ出た。
なんか、さっきまで変な夢を見ていた気がするのだけど。
ともかく眠い。
とぼとぼ歩いて部屋の扉を開け、そのままベッドへもぐり込んだ。
†
気が付くと、よく分からない場所に居た。
ふわふわと雲のような、霞のようなものが漂っていて足下が見えない。
突如辺りが明るくなった。
人? 目映い光源の形が、そのように感じられた。
だが、目の前なのか、数十メートルも離れているか、判然としない。
「ここは、どこなのですか?」
知らぬ間にしゃべっていた。
───ここは次元の狭間 天界という者も居る
「天界……夢なのか?」
そうそう夢だよ。僕だけじゃなくて、この人も夢見てるらしい。
それにしても、最近はこの夢をよく見るなあ。
でも、そろそろ目がさめるだろう。
───夢ではない
ん? あれ?
そんな言葉を聞いたことがあっただろうか? 何か前とは違う。
───藤堂怜央
「はっ、はい」
トードー? 何か最近聞いたような名だ。
───覚えていないかね ここへ来る前のことを
「ここへ来る前?」
───そうだ
「そういえば。工学部の第3実験場で作業を」
まちがいない。何度もこの夢を見ているが、こんなことを言われた事はない。
───それから?
「研究中の大型ロボットアームの不具合を直すために、はしごに登って。それから、突然辺りが暗くなって、持って居たアームが動いて。その後の記憶が」
───天候神のおぼしめしでな 落雷が起こった
「そういえば、暗くなる寸前に窓が光ったような」
───汝は墜ち 死期が大幅に繰り上がった 不慮の事象だ
「ああ……」
へえ、この人は死んだんだ。
───恨みに思うかね?
「恨み……いいえ。俺が悪かったんです。規則通り、安全帯をしておけば。それより俺が死んだのなら、教官と後輩に迷惑を掛けたことでしょう。それに、家族を悲しませたに違いない。申し訳ない」
そうだよね。誰かを恨んでも仕方がない。
───良き心がけだ 汝を転生させることにする
「転生」
───何か 要望はあるかね?
「要望とは?」
───後世 生まれ変わった後のことだ
「生まれ変わるんですか。ああ、転生」
───そうだ 何かあるだろう こうありたいという願望が
「こうありたい……ですか」
その時だった。
強い思いと記憶が流れ込んで来た。
「制御を。これまでのように制御をやりたいです」
そうだ、制御だ。
世界中の動く物には、制御が欠かせない。
おもちゃのロボットを操って遊び、やがて趣味となって、大学では研究対象となった。ロボットはともかく、モータだったり自動車だったり。
対象が何であっても、それを自分の思う通りに動かせた時の喜びは、何物にも代えがたい。特にモデルベース開発だ。複雑な現実を、シミュレーションで再現し、制御できた時の全能感、満足感と言ったら。
だから寝食を忘れて、制御にのめり込んだ。何日も自宅に帰らず、大学に泊まり込んだ。そう。高校時代含めて、ここ10年は、全て制御に捧げたのだ。
これからも、取り組みたかった。それを職業にしていきたかった。
心が動き、気持ちが迸った。
───制御か 汝が死んだのは その制御とやらを志したせいでもあるが?
「たとえ、そうだとしても」
───よかろう
───汝が赴く先は 文明体系も水準も前世と異なるが やりようはある
───汝に ≪御する権能≫ を 授ける
†
「……ン、……オン、レオン、しっかりしろ! 大丈夫か?」
揺さぶれて、目がさめた。
「コナン兄さん」
「大丈夫か? レオン。食堂に来ないから見に来たんだが、随分うなされていたぞ」
ううっ……
ベッドの中だった。
やっぱり、あの夢だったんだ。
カーテンがいきなり開いて、日差しが眼を灼く。もう朝になっている。
「ははん! 分かった。また天界とかいうところに行った夢でも見たんだろ」
「ハイン」
「それで。今日は、レオンが嫌いな魔術の授業だから、起きたくな……「黙っていろ! ハイン」」
ハイン兄さんが少し息をのんだ。しかし、数秒で立ち直る。
「へーい。まったく、コナン兄さんはレオンに甘いんだから」
夢。
そう。何回も見た夢だ。
いつも天界と聞いて、驚いて目がさめるんだけど。
今日の夢は、いつもより長かったし、転生なんて……。
転生?
トードーレオ?
───ドクッ
どうした、レオン。大丈夫か、おい! レオン。
突然頭がキリキリと痛んだ。
†
「本当に大丈夫か?」
「うん。治ったよ」
ひどかった頭痛は5分程で、うそのようになくなった。
「モルガン先生には僕が謝っておくから、部屋で休んでいたらどうだ」
「だっ、大丈夫だよ。コナン兄さん」
来年には成年になる兄さんは大人びて、心配そうに4歳違いの僕を見る。
ハイン兄さんが言ったように、魔術はうまく行っていないけれど。だからって、授業を嫌がったなんて思われるのはいやだ。気合いを入れ直して起き上がる。
「レオン、この前もらった羊皮紙を忘れるなよ」
「うん」
机に置いてあった巻き癖の付いた羊皮紙を、カバンに入れて部屋を出た。
綺麗に整備された中庭を通り抜けて、離れに移動した。階段を昇る途中、窓から2頭立ての荷馬車が裏門から入って来たのが見えた。王都からやって来たのだろう。
「おおい、レオン。遅れるぞ」
「はぁい」
教室としている部屋に移動すると、家庭教師のモルガン先生は既にいらっしゃっていた。彼は、兄さんたちの先生だ。幼い僕は、いつも別の先生に教わっているのだけど、最近始まった魔術と、それと算術は去年から一緒に授業を受けている。
「おまたせしました、先生」
ちょうどその時、教会の鐘の音が届いた。
長いテーブルの席に僕らが着くと、黒衣を翻して先生が振り返った。
「では、魔術の授業を始めましょう」
「よろしくお願いします」
「「お願いします」」
コナン兄さんの声に続いて、ハイン兄さんと僕が挨拶する。
最近また少し痩せた先生は、大きな砂時計を注意深くひっくり返した。コホンコホンと数度咳き込むと、息を整えた。
「では、先日渡した羊皮紙を出しなさい」
「「「はい」」」
これがなあ……。
鞄に入れてきた、褐色の紙を取り出す。
紙と言っても、植物の繊維を漉いた紙ではなく、文字通り羊の皮をなめして乾かした物だ。少し匂う。
紙が丸まっているので両手で広げるように伸ばす。そこには、いくつかの大きい丸と、その中に三角だったり四角だったり、文字らしいものが書かれた紋様が見えた。
起動紋───
魔術を発動するには、この起動紋を使うのだ。
起動紋とは、魔紋あるいは魔法陣という紋様の一種。
起動紋を覚えて、体内にあるという魔力を流し込めば、発動紋が現れて魔術が発動する。そう教わった。
教わっただけだ。僕は、まだ1回も魔術を発動できていない。この前、兄さん達はできたできたと喜んでいたが。
これを憶えなくては。
ん? 目が。
異変というには、ささやかなことだったけれど、それに気が付いて1度目を瞑った。
そして、ゆっくりと開けると、起動紋の右上にやっぱりあった。光だ。
それも普通じゃない。見たこともない綺麗な三角の薄い青い光だ。それが点いたり、消えたりしてる。
なんだ? こんなものを見たのは、生まれて初めてだ。
目が離せず、じっと見つめた。
「うわっ!」
三角形が少し動いたと見えた刹那。
起動紋が目まぐるしく、全く異なる図形に変わっていく。
瞬く間に何種類も、次々と。
なんだ、なんなんだ!?
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訂正履歴
2024/04/07 凄い→すごいの表記統一
2025/03/30 誤字訂正 (黄金拍車さん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (かげだんさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん、むむなさん ありがとうございます)
2025/04/18 誤字訂正 (ちょこさん ありがとうございます)