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彼女の名はルドーヌ~二人目の案内人~

 ガスパールの漕ぐ自転車に便乗して、坂道や曲道にたどり着くたびに速度の緩む小見を追ううちに、僕たちは武蔵川の川上、製紙会社の煙突が近い水ノ堰という町に入り込んでいた。

「ガスパールっ、あんまり飛ばさないでくれよっ」

 軽自動車でもすり抜けにくい、細い通りを乱暴に右往左往するガスパールへ文句を垂れる。すると、ガスパールは知ってるかい、と前おいて、

「――この辺は昔、お茶屋があった名残で、今でもウネウネした道があっちこっちに残ってるんだ。だから、これは不可抗力と思って我慢してほしいっ」

「文句は昔の人に言えってこと?」

「そういうこと! ――あっ、しまった」

 ガスパールが急にブレーキを引いたので、僕はそのまま、ガスパールの背中へしがみついた。鈍いブレーキの音が、細い路地をこだまのようにかけめぐってゆく。

「どうしたのさ」

「弱った、見失っちゃったんだよ。きみがゴチャゴチャ言うから……」

 言われてムッとはしたが、しょうもないことをずいぶん口にした覚えがあったから反論は出来なかった。

「ガスパール、最後にあいつ、どっちのほうへ消えたか覚えてるかい?」

「さあ、どうだったかな……。そこの街灯で目がくらんだから、よく覚えてないんだ」

 ガスパールが背後の、青みがかったLED式の街灯を指さして苦々しい表情を浮かべる。

「――こいつ、目に染みるような光り方してて嫌いなんだよなぁ。こっちまで目がチカチカしてくるよ」

 近くへ寄って、腹立ちまぎれに鉄柱を蹴っ飛ばすと、大きな見た目に反してやたらとカン高い音が、空に向かって上って行った。

「さあ、どうしたものか。この辺まで来ると、あいつに頭を下げないといけないからな……」

「あいつ、って、同じ案内人のこと?」

 僕の質問に、ガスパールは渋い目をして首を振る。

「ルドーヌっていう、ツンケンした可愛げのないコがいてさ。彼女の持ってるヨットが、この先の魚釣り波止場に留まってるんだよ」

「すごいなあ、船まで持ってるんだ」

 驚く僕に、ガスパールは慣れた調子で肩をすくめ、

「まあ、あいつ友達少ないから、今日みたいな晩は大方、家でお茶でも飲んでるんだろうけど――」

 と、調子に乗っていない相手の悪口をガスパールが朗々と語っていたその時だった。鼻をつくようなアセチレンの臭気とともに、まばゆい明かりが僕とガスパールの視界に差したのは――。

「――ずいぶんな口ぶりね、ガスパール」

 澄んだ音色の、それでいながら落ち着き払った調子の声音が耳に飛び込むと、ガスパールは慣れた様子で、

「――なんだあ、今日は家じゃなかったのか」

 と、力の抜けた声を発する。二度三度瞬き、どうにか視力を取り戻した頃になって、ようやく声の相手が明らかになった。

 腰まで伸びた黒い髪に、キツネを連想させるような目元が特徴的な色の白い顔。紺の詰襟にキャスケット帽と半ズボン、白のハイソックスという恰好の少女が、大きなアセチレンランプを手に、ガスパールとやりあっている。二人を照らす、アセチレンのぼんやりとした輝きも相まって、どこか幻想的な光景が広がっているような、そんな感覚に陥った。

「――きみ、真夜中の二人乗りはあまり感心出来ないわね」

「へっ?」

 相手がこちらへ険しい視線を向けたので、僕はそのまま、直立不動の姿勢で固まってしまった。気の強そうな女子は昔っから大の苦手なのだ。

「ルドーヌ、そんなにいじめちゃかわいそうだよ。――彼は蜂須賀一郎くん。ちょうど、例の変な明かりに惑わされて、危ない目に遭いかけたとこを僕が助け出したのさ」

「――あら、そういうこと?」

 ガスパールの説明で、どうやら相手が話題に上っていたもう一人の案内人・ルドーヌさんであること、相手の警戒心が解けたことを悟り、僕は大いなる緊張から解放されることとなった。

「ごめんなさい、いろいろあった直後だなんて知らなかったのよ。――ルドーヌです、よろしく」

 険しさの抜けた、温和な表情の彼女に右手を差し出されると、僕はど、どうも……と言って握手を交わした。すると、ルドーヌさんの背後から、パタパタとアスファルトを踏む、かろやかな足音がこちらへ迫ってきた。

「ルドーヌさーん、どったんスか……あれ? そこにいるのは……」

 船長のような帽子を被った、見覚えのある顔が暗がりからヒョイと浮き上がる。ガスパールと追いかけていた渦中の後輩、小見美子その人だった

「先輩! どうしてここにいるんスか。よい子は寝る時間ッスよ」

 可愛げのない小見の態度に、僕もつられて、お前が言うなよ、と言い返す。

「こんな夜中に全力疾走してるやつがいたから、急いでおっかけてきたんだ。まあ、なんともなかったからよかったけど……」

 すると、小見はきょとんとした顔で、

「――あれ、もしかして追っかけてきてたのって先輩だったんスか? あたし、てっきりお巡りさんかと思って、必死こいて逃げてたんスよ」

 道理で呼び止められないと思ったんだぁ、と、実にあっけらかんとした調子で述べる小見に、ガスパールとルドーヌさんはくすくすと肩を揺らして笑いあう。

「あらあら、それじゃ美子ちゃん、私の仲間に追いかけられてたのね。紹介するわ、同じ『夜の案内人』のガスパール。で、そっちは……」

「――大丈夫、そっちのほうはよーく知ってるッス。蜂須賀一郎、あたしのパイセンです」

 えっへん、と言いたげなジェスチャーをする小見が、今日一番憎たらしく見えた瞬間だった。


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