「夜の案内人」ガスパール
「おいっ、大丈夫かいっ」
いくらか諦めかかったその時、僕は自転車を放り出した方向から、聞き覚えのない声のするのに気づいて、ようやく、
「たすけてぇーっ」
と、大声を上げることが出来た。だが、レールを伝う振動は、どんどん激しくなっている。今から助けに来てもらおうとしても間に合いっこない。半ばあきらめかかってしおれていると、顔全体を巻き込むように、何かやわらかい、ふんわりとした長いものがとびかかってきた。
「――僕のマフラーだ。ちょっとやそっとじゃ破けないから、早く伝っておいで」
「そ、そんな!」
「いいから!」
無茶なことを言う人だ、とは思ったものの、このまま相手を巻き込んでもよくないと、僕は渋々、マフラーを引っ張った。
するとどうだろう、今まで無理に低いところで力をかけていたのよりもはるかに簡単に、足元が枕木の間からすっぽりと抜けたではないか。
「――た、助かった」
元来た渡り板の上に立ち上がり、呆然と立ち尽くしていると、手にしたマフラーが勢いよく縮んで、僕は遮断機のところへ鳩尾をぶつけてしまった。
「何するんだっ」
二度目の激痛に抗議してみると、相手も負けじと声を張って、
「きみこそ何してるんだ、死にたいのかっ」
と、手からマフラーを奪い取りながら怒鳴る。するとそこへ折よく、轟轟たる音と一緒に、十数両の貨車をひいた貨物列車が猛スピードで駆け抜けていった。
「――間一髪、か。あとちょっと遅れてたらみじん切りだったよ、きみ」
たしかに、一瞬見えたあのうすぼけたヘッドランプでは、おそらく僕の姿など、轢いてからでないとわからなかっただろう。
「ご、ごめんなさい。せっかく助けてもらったのに」
月が隠れたせいで相手の顔が見えないまま、薄暗がりで頭を下げる。すると、相手はにこやかな息遣いを闇に吐いて、
「気にしないでいいんだよ。こうやって、夜の暗がりで路頭に迷った人を助けるのが、僕らの役目なんだからね」
「僕らの、役目……?」
そこへ、水を差すように上がった遮断機をよけて対岸へ出ると、上空の風が早まったのか、ゆっくりと月の光が路面に差し込んできた。そして、それにつれてゆっくりと、顔も形も分からなかった相手の背格好があらわになっていく。
どこか日本人離れしたような整った目鼻立ちに、きらめくような銀色の髪。むかしの鉄道員が着ていそうな紺の詰襟の上下とツバのついた帽子に、カンバス地の肩掛け鞄。機械織ではなさそうな、ところどころ厚みにムラのあるフェルト製の白いマフラー――。そんないで立ちの、僕と年齢も、背格好もさほど変わらない少年が、そこに立っていたのだ。
「――ああ、ごめんよ。僕はガスパール。こんな夜中のトラブルを陰から支える、『夜の案内人』をしているものさ」
一陣の風がさっと、僕とガスパールの間を駆け抜けていく。傘岡の街の暗がりに、どこかで寝ぼけた鳥の声がこだまする、静かな晩だった。