はじめての夜歩き(前編)
休み明け特有のけだるさもどこかへ消え、とうとう中間試験まであと一週間、という頃になって、いきなり夏のような暑さが東日本の空を席巻した。
「たまったもんじゃねえなあ、この暑さ……ほんとに五月か、こりゃ」
西の空へ傾いた夕焼けをにらむと、羽佐間は手にしたコーラの瓶を口につけ、半分ほど一気に飲み干してしまった。カラーを取った詰襟はホックの下の金ボタンが二つばかりとれて、中からは気の早い半そで開襟の胸元がのぞいている。学校裏の駄菓子屋は、夏服姿の小学生たちがわらわらと集まって、店のおばちゃんを慌ただしく働かせている。その様子を少し離れたベンチで眺めながら、珍しくコーラとアイスキャンデーをおごってくれた羽佐間は、元気だねえ、と、子供たちがジャンプするたびに揺れるランドセルと、紐でからげた防犯ブザーを見つめている。
「――小学生の頃は、レー点取って怒られこそすれ、面談とかにゃあならなかったからなあ」
物憂げな顔の正体がわかって拍子抜けしてしまい、おいおい、と声をかける。
「今からそんなに弱気でどうするんだよ。いつも言ってるじゃないか、試験は一夜漬けに限る……ってさ」
「それがよお、今度ばかりはそうも言ってらんないんだよ。一夜漬けするにも、日ごろの授業の聞き具合ってのがミソでなあ。どうも今回は、アタリをつけて付け焼刃、って具合に行きそうにないんだ……おっとと」
手から滑り落ちそうになったコーラを片方の手で押さえると、アスファルトの上で、季節外れの暑さでヘバっている蟻の隊列を見ながら、羽佐間はこの世の終わりのようなため息をつく。
「蜂須賀ァ、お前はどうなんだよォ。テストの具合は……」
話を振られて、飲もうと唇を当てた瓶をひっこめる。
「わっかんないなあ。いちおう、平均よりちょっといいぐらいには取れそうな気がするけど……数学と理科はいまいち自信がないなあ」
「他はいいのかよ。国語とか、英語とかは……」
「古文がイマイチだなあ。あとは大体、カンでなんとかなりそうだけど……」
「かーっ、そんなこと一度でいいから言ってみたいぜ! カンでどうにかなるにゃあなあ、日頃の修養が入りようなのよ……」
羽佐間の地団駄に、アイスや棒ゼリーをなめていた小学生たちが振り返り、ケラケラと笑う。我に返って顔を赤らめると、羽佐間は空き瓶とアイスの棒をケースと屑籠へ放り込んで、そのまま僕の腕を引っ張りながら駐輪場へと舞い戻った。
しかし、ああはいったものの、実際のところは僕だって試験の具合がオールオッケーというわけではない。羽佐間ほどではないにしろ、そこまで勉強熱心な方ではないから、がぜん、試験直前に相当な量の復習をやらねばならない。
……どうにかこうにか、呼び出しだけは食らわないようにしないとなあ。
平穏無事な日常のため、僕は試験前最後の土日を、三者面談など行われないよう、勉強に充てることに決めたのだった。