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闇に舞う「天の川」~夜の案内人・青のガスパール~  作者: ウチダ勝晃
第六章 作戦名は「妖精特急」
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くらやみ堂にて~さらなる懸念~

 迎えた金曜日の晩。小見と一緒に入らずの林へ向かうと、草むらから自転車片手のガスパールが姿を見せたので、思わず声を上げてしまった。

「ど、どうしてここに……?」

 こちらの呼びかけに応じて真上から降りてくるものと思っていただけに、突然の登場にはずいぶん面食らった。が、こちらのことなど気にも留めずガスパールは、

「ちょっと今日は場所を変えようと思ってね。なんせ今度の計画には、何人か協力者が入り用だろうから……」

 前照灯の様子を見ながら答えると、思い当たる節があったのか小見があれっ、と呟く。

「もしかしてそれって、前に言ってた『くらやみ堂』とかいうとこじゃないッスか?」

「冴えてるね、その通りなんだ。ルドーヌが先に行ってボックス席を陣取ってるはずだから、機嫌の変わらないうちに僕らも急いだほうがいいかもね。あいつ、待たされるの嫌いだからさ……」

 かねてから話題の端々にのぼっていた「くらやみ堂」へいよいよ行ける――。意気揚々と、僕と小見はガスパールを追ってツリーハウスを後にした。

 ところが、いつもなら郊外か武蔵川のほうへと舳先のむくガスパールの自転車が、街灯の煌々と光る傘岡駅の東口のほうを目指しだした。

「ガスパール、こっちなのかい『くらやみ堂』って」

「ん? ああ、そうだよ。もしかすると、外観は一郎くんたちも知ってるかもしれないね」

「外観は……?」

 行きつけた界隈だというのに、ガスパールがいるという非日常もあいまってうまく頭が回らない。そのうちに、ガスパールは今にも消えそうな街灯のともる、ある建物の前でペダルの片方へ足をかけたまま自転車を止めた。

「ここの四階にあるのが『くらやみ堂』でね。まあ、どんなところかはここで話すより、入ってみたほうがいいんじゃないかな?」

「――こ、ここが!」

 ガスパールのすぐ後ろでブレーキを引いた僕は、見覚えのある外壁に気付いて思わず声を上げた。まさかこの前青いポストへ手紙を入れたあの六角ビルが、ガスパールたちのオアシスだとは夢にも思わなかったのだ。

「へーえ、ここに入ってるんスね、『くらやみ堂』って」

「いつも呑気に、猫をなでてるおじいさんがいるのは知ってるかな。あれがこのビルのオーナーにして、僕やルドーヌみたいな人間の大いなるパトロンってわけさ」

「えー、そんなすごい人だったんスかぁ、あのじっちゃん。とぼけた感じのご老体くらいにしか思ってなかったッスねえ」

 小見の辛辣な言葉を苦笑いで流すと、ガスパールを先頭に、僕たちは常夜灯もついていない六角ビルの階段をおっかなびっくり、一段ずつ踏みしめるように登って行った。

 そして最上階へと昇り詰めると、僕たちの目の前に、ぼんやりとした赤っぽい光の玄関灯に照らされた、あちこち塗りのはげたドアが姿を見せた。

「――あれがそうなの?」

 看板くらいは出ているものかと思ったら、素っ気ないドア一つというのでいくらか拍子抜けした。それが暗がりでも伝わったのか、

「看板も表札も出さないのが、我々案内人界隈の流儀ってやつでね」

 と、ガスパールはどこか申し訳のなさそうな調子で返事をして、ノックもせずに件のドアを開いた。頭上でカリンバのようなチャイムが鳴り響いたかと思うと、軒先とさほど変わらないほのかな裸電球の輝きが目に刺さり、瞼がひどく痛む。

「ここからまた暗いんだ。足元には気を付けてね」

「わー、なんか電気止められた家みたいですねえ」

 相変わらずひどいことをポンポン口にする後輩に辟易しながら、ガスパールのあとについて暗がりへ身を投じる。

 ボリュームを細くして流れているスムースジャズの有線放送が流れる店内は、あちこちに置かれた小さなテーブルを囲んで、ガスパールのような格好のお客が楽しげに、しかし静かに杯を交わし、合間に料理を楽しんでいる。「くらやみ堂」という名前に相応しい雰囲気が、濃霧のようにあたりに立ち込めていた。

 そんな霧の中を抜けて「予約席」という文字が光る電飾の下へ着くと、ガスパールは軽やかに二度、節穴がところどころ空いたドアをノックした。中からは覚えのある声が不機嫌そうに返ってくる。

「――やあ、待たせたね」

 中で錠が上がったのを聞いてガスパールが戸を滑らせると、

「五分遅刻ね。でもまあ、初めて来るお客がいるんじゃ仕方ないわね。――二人とも、こんばんは」

 カモミールティーの甘い香りが漂う耐熱グラスを手に、ボックス席の奥に陣取ったルドーヌさんが僕らへはにこやかな顔を向ける。店内より明るい、おそらく百ワットはあるつや消し電球の光に、逆にまぶしさを覚えてしまう。

「どう美子ちゃん? 私たち案内人の憩いの場を見ての感想は……?」

 空き瓶に詰まったお冷やをそれぞれのコップに注ぎながら、ルドーヌさんが小見に訊ねる。

「なんかすごいとこに来ちゃった気がしますね。テレビで見るナイトクラブとか、こんな感じだけど……それよりは気楽に入れそうな、そんなカンジです」

「あらあら、マスターが泣いて喜ぶわ。敷居は低く、サービスと雰囲気はより気高く、っていうのがここの主のモットーなのよ」

 やがて、めいめいの注文が専用のメモ用紙に控えられると、ルドーヌさんは小さな呼び鈴の紐を引き、扉の隙間へ紙を押しやった。近づいた足音とともに、二つ折りのそれがすっと引き抜かれてゆくのを見届けると、ガスパールがさて、と口を開いた。

「つい一昨日行われた傘岡の案内人協会の定例会議で、一郎くんの提案の承認と、それを実行するための予算案が可決されました。それを受けてさっそく、大きな広口瓶の製造が始まったそうだよ。ただ……」

「ただ……どうしたんだい」

 調子よく進んでいたはずの話が急にすぼんだのを見て、僕はガスパールの顔を覗き込んだ。すると、向かいでカモミールティーを楽しんでいたルドーヌさんが、ちょっと困ったような顔で話を切り出した。

「問題は、その大きな瓶を輸送する方法なのよ。最初は、案内人協会で管理している古い電車と貨車を使って、終電のあとのJRの線路を走るつもりだったんだけれど……」

「――折悪く、JRのほうで大規模な保線工事が決まっちゃってね。つまり、人目を忍んで大きなものを運ぶという手段が消えちゃったんだ。あいにく傘岡にいる案内人じゃ、トラックなんかの持ち合わせがなくってね。これで頭を抱えてるんだ」

「……そういうことかあ」

 誰も思いつかない名案だ、と思ったまではよかったが、肝心の輸送方法についてまでは頭が回らなかった。これではオンディーヌ、「天の川のはぎれ」を前にして為すすべがない。それのわかった途端に、これまでの楽しげな空気が一転、重々しいものと化してしまった。心なしか、コップの中のお冷やがますます冷たくなったような、そんな気さえする。

「いざとなれば、『よいやみ』に筏を引かせて上流の限界まで行くつもりだけれど、それにも限界があるわ。なんとかして、ほかの手を考えなければいけないのだけれど、すっかり煮詰まっちゃったのよ。ほんとうは今日、万事手筈が整っての決起集会、って形になればよかったんだけれど……ごめんね、二人とも」

「ルドーヌさんが謝ることないッスよ! ……まあ、誰が悪い、ってわけでもないんスけど……」

 だが、小見の必死のフォローもむなしく、二人の表情はさえない。このまま冷え切った空気をはらんでお開き、というのはどうしても避けたかったが、これという名案、打開策は見当たらない――。と、

「――このっ、客に対してなんてことを言いやがるっ」

「だ、誰か止めてくれぇ!」

 扉隔てた向こうで只ならぬ事態の巻き起こったのが、否応なしに伝わってきた。何か固いもののぶつかる音、取っ組み合いらしい叫び声が節穴からこちらへ飛び込んでくる。

「ガスパール!」

「――ちょっと見てくる、みんなここで待っててくれよっ」


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