伝書鴉
土曜のうちになんとか昼夜逆転を治すと、明けた日曜日の正午、僕は小見の家へと電話をかけた。
「なあ小見、変なこと聞くけどさ……金曜日の晩って、一緒にいたよな?」
こんな質問をしたのは、あの出来事すべてが夢か何かだったのではないかと思うほど、目の当たりにした光景すべてが現実離れしていたせいだった。
だが、電話の向こうの小見は僕の懸念を見事に覆してくれた。やはり、夜の案内人を名乗る少年、ガスパールとその友人、ルドーヌは現実の存在なのである。
「ごめんよ小見、妙な事聞いちゃって……。なんか、一日経ったらほんとだったのかどうか、わかんなくなっちまったんだよな」
神妙な態度の僕へ、小見はケラケラ笑って、
『そりゃあ無理ないですよ。あたしはほら、ルドーヌさんとはそこそこ長い付き合いだったから耐性ありましたけど、センパイは二人とのファーストコンタクトが強烈だったから……。あ、そうそう。言い忘れてたんですけどね……』
電話越しで何やら、紙切れを触るような音が響く。
『ルドーヌさんたち、メッセンジャー代わりに大きな鴉を飼育してるらしいんですけどね。その伝書鴉があたし宛に手紙をよこしてくれたんですよ』
「なんじゃそりゃぁ――」
ゲゲゲの鬼太郎みたいだな、と思っていると、読みますねぇ、と小見がこちらを気にもせずに手紙を読み始めた。
『えーっと……「前略美子ちゃんへ 一昨日のお茶会は思いがけないことの連続でびっくりしたことと思います。あれから無事、写真の方が出来上がったのだけれど、美子ちゃんや一郎くん言うところの「天の川のはぎれ」の正体がありありと写っていました。大いなる前進です。ついては今夕、あまり遅くない時間帯にガスパールと一緒に今後の方策を練る会議を開きたいと思っています。もしよかったら、美子ちゃんや一郎くんにもオブザーバーとして参加してもらえればと思いますがいかがでしょうか。特にお返事などはいらないので、来られそうならば午前一時ごろ、「入らずの林」のガスパールの家までお越し願います。詳しい道のりなどは地図を添えたのでそれを頼りにしてもらえたらとおもいます。早々」ですって』
「で、小見は行くのか?」
「断る理由思いつかないですもん。センパイこそどうするんですか?」
小見の問いに、もちろん行くさ、と僕は簡単に返事をした。待ち合わせの場所と時間を再確認して電話を切ると、僕はコードレスを戻しに部屋を出た。
のどの渇きを覚えて、コップに麦茶を注いで部屋へ入ろうとした時だった。ドア越しにかつん、かつん、と窓ガラスをたたく音がしたので、僕はおもわず身構えた。
「……誰だっ」
勢いよくドアを開けると、ベッドサイドの窓のところに、ずいぶん大きな鴉が控えていた。もしやこれが、小見言うところの伝書鴉なのだろうか。
「……やっぱりそうか」
錠を上げてサッシを滑らせると、封蝋をついた西洋封筒をくわえた鴉が、こちらをじっと見つめている。嘴のV字の跡がついた手紙を受け取ると、鴉はまるで、
「餌の一つもねえのかよ……」
と言いたげな鳴き声を上げ、その場から飛び立っていった。旅行土産のペーパーナイフがあったのを思い出して机を漁ると、僕はそっと、封筒へ刃を入れた。
中から出てきたのはつけペンで書いたらしい、角ばった文字の次のような手紙だった。
蜂須賀一郎様
金曜日の夜は大変な大冒険、出来事の連続でしたが、その後おかわりないでしょうか。そして今頃は、鴉の郵便に驚いている頃かと思いますが、こちらにとっても非常に驚くような事実が明らかとなりました。今、ペンを持つ手も若干震えています。
といいますのは、あの晩ルドーヌが撮影したフィルムが無事現像から上がり、コマの上へありありと、例の「天の川のはぎれ」の正体が写っていたためです。
ついては今夜、その正体となった存在をどう扱うかを協議するべく、午前零時から我が家でルドーヌと会議を開くことになりました。差し支えなければオブザーバーとして、一郎くんにも参加してもらえたらと思いますが、いかがでしょうか(ルドーヌが美子ちゃんにも同様の手紙を送ったようですから、事情はもうご存じかもしれませんね)。
特に行く、行かないなどの連絡はいりませんから、気がむいたら「入らずの林」までおいでください。それでは。
ガスパールより
「なるほどねぇ……」
ついさっき、電話越しに小見が手紙を読んだときとは別の感覚が、胸の中で沸き上がる。どこか興奮気味の、力のこもったガスパールの筆致は、事態をなんとかせねばならないと言いたげな雰囲気をまとっているのである。
……小見の誘いにのっておいて、正解だったかもなぁ。
困ったときは一人より、大勢で悩んだ方が解決には数歩近い、と誰かが言っていたのを思い出す。もっとも今度ばかりは、ちょっと常識離れした領域の問題にはなるのだが……。
いったいどんな写真が待ち受けているのかを楽しみにしつつ、日の傾くのを今や遅しと僕は待ち続けた。