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「天の川のはぎれ」

「『天の川のはぎれ』に出くわすと、片足持ってかれちまうらしいぜ」

「――なんだい、そりゃあ」

 ゴールデンウイーク明けの水曜日。真後ろの席でこっそり持ってきた少年誌をめくっていたクラスメイト・羽佐間新司(はざましんじ)が妙なことを言い出した。のどに引っかかったままだった卵焼きを飲み下し、弁当箱のふたを閉めて後ろを向くと、僕の反応の鈍さに、羽佐間はつまらなそうな顔をしてみせる。

「なんだあ、知らねえのか。ここンとこ、町中でどえらい噂になってるんだぜ」

「お前の言う『町中』っていうのがどこまでなのかがよくわからないからなあ、手放しには噂を聞けないね」

「チェッ、しけてらあ……。オイ、桃井、ちょっと来てくれねえかァ」

 羽佐間の呼びかけに、購買で買ってきた菓子パンを大口開けてつまんでいた桃井春香(ももいはるか)がなあにぃ、と間延びした声を上げてこちらへ近寄ってくる。女子の割には背が高いから、座ったままの僕たちには桃井が酷く大きく見える。

「ごめんよぉ、メシ食ってるとこにさあ。桃井センセイ、ここにおわす蜂須賀(はちすか)どのはあのウワサをご存じないと申す。いかにするか、ア、お沙汰のほどをォ……」

 なぜか後半を歌舞伎のような口調で語る羽佐間に、桃井も調子を合わせて、あいわかった羽佐間殿ォ、と返す。

「――で、どこまで話せばいいんだ?」

「全部話してもらった方がよさそうだなあ。そうだろ、蜂須賀?」

「そんな気がするなあ。――桃井、ちょっと頼めるかな」

 昔から世間の噂にはトンと疎い僕は、恥を端とも思わずに桃井に解説を乞い、閉じた弁当のフタを手にかけた。

 長い話をまとめると、「天の川のはぎれ」というのは、蛍の群れか何かのような姿かたちをしたもので、夜中にそれを追いかけて自転車ごと怪我をした、あるいは上の空のまま踏切の渡り板に足をひっかけて、回送列車に足をつぶされてしまった、という実害が出ているかなり厄介なシロモノらしかった。

「なるほど、羽佐間の言ってた足がどうの、ってのはそういうことだったのか」

「そういうこと。で、足をつぶされたってのが、合宿でこっちに来てた美濃中学の陸上部員だったから、かなり騒ぎになってんの。全中で陸上の強豪、美濃が勝てる確率はかなり下がったね……」

 水泳部員であるはずの桃井は、同じスポーツマンということもあってか、かなり複雑な胸のうちの様子だった。なんにせよ、片足をもっていかれたのだから、当人もかなり悲痛なものがあるはずだ。

「けどよぉ、一体全体、なんなんだろうなあ、『天の川のはぎれ』ってのは。幻覚か、それとも妖怪か……はたまた、お化けか」

 羽佐間の戯言に、桃井がバカねえ、とツッコミを入れる。

「でもさあ、こんだけ被害者が出てるんだもん、ぼちぼち警察も動いてくれそうなものだけど……そんな様子、全然ないね」

「――正体不明の相手じゃあ、処置なしだかんねえ。怖い怖い……」

「まあ、おっかないことには違いないけど……。正直、夜に外を歩かなきゃいいだけじゃないか。――ごちそうさま」

 食べ終えて空になった弁当箱を巾着に入れ、鞄の中へ放り込むと、僕の反応が鈍いことにやや不満げな二人を残し、手洗いへ向かった。


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