国王主催のパーティで
数日後、大広間の扉の前で、アクツムと私は手を繋いで微笑み合っていた。
国王様主催の『アクツム王子帰還披露パーティ』出席のためだ。
外はかなりの土砂降りだというのに、サルム殿下が開いた夜会の10倍の参加者が、城内の一番広いホールにひしめきあっている。
扉の向こうからファンファーレとともに、「アクツム王子殿下並びに聖女ユリア様ぁあああ」と呼ばわる声が聞こえた。
ギィーと音を立てて扉が両側に開き始め、私はアクツムの肘に手を滑りこませて歩き出す。病み上がりで支えが要るからというわけではなく、もう大丈夫だけれど甘えたいから。
「王子様、お帰りなさい」「お待ちしておりました」などという声が四方からアクツムにかけられた。
アクトお兄ちゃんはやっぱり人気がある、などと私がにやけそうになっていると、ざわめきの間から、
「ユリア様、もう無茶しないでください~」
「心配したじゃないですかぁ」
という声が届く。
「え、私?」
ついキョロキョロしてしまって、隣のアクツムがクスリと笑った。
「ほら、聖女様にもファンがいっぱいだ」
私のことを心配してくれる人なんて誰もいないと思っていた。気にかけてくれるとしたらアクトお兄ちゃんくらいだと。
私はたくさんの人に支えられていることを改めて実感した。
幸せな気分で大広間を進んでいくと、前の壇に王様と王妃様、サルム王太子殿下が見えた。
向かって左にふたつ空席があって私は尻込みしてしまう。アクツム殿下はもちろん壇上だけれど、聖女は王妃にならない限り、王族と肩を並べることはない。
「ダメだね、ユリアはもうオレの婚約者だから隣にいてもらうよ」
アクツムが太陽のように微笑む。
「看病中にOKしてくれたじゃないか。この夜会はオレの帰還というよりオレたちの婚約発表イベントだよ」
私がおずおずと上座に着くと、満場から拍手が湧いた。
いや、拍手していなかった者が若干2名。
そのうちの1人、黒衣の修道司祭が奏上した。
「国王様、恐れながら申し上げます。サルム王太子殿下より、ここにおります修道会聖女ミレイユと婚約する旨のお言葉をいただいております。どうか、このミレイユを王太子殿下の隣に座らせてやってくださいませ」
国王がおもむろに口を開く。
「その件についてはサルムからの沙汰を待て。まずはアクツム帰国の乾杯が先だ」
私はこっそりアクツムに囁く。
「私の看病の合間に、兄弟で将来のこと話し合った?」
「いや。サルムの出方を待ってるとこ」
アクツムの態度はあまりに落ち着いていて幸せそうで心配になる。
どちらが王太子になるのか、ミレイユと私、どちらが正式な聖女なのか、次期王妃は誰なのか、自分で決めたいとは思わないのだろうか?
王様になりたいのか、なりたくないのか。
本当は、飛行機を飛ばしたり船に乗ったり冒険したり、していたいんじゃないの?
私はアクツムが居るところならどこにでも付いていくのに。
私は昨日までのんびりとベッドで養生した。
書類を自室に持ち込んで、私が居るベッドが目に入る机でアクツムは執務に勤しんでいた。
一段落つくたびにベッドに来てくれて、離れていた間、特にこの国に帰ってこれなかった間の出来事を、目をキラキラさせて語る。
あの町に居た時にあの花を見てユリアを想ったとか、その山に行った時にユリアに似た花が咲いていたとか。
アクツムは、総理大臣より、外交官のほうが似合いそう。
そんな私の懸念をよそに、アクツム復帰の乾杯、私との婚約の乾杯、降雨に感謝する乾杯、王家の繁栄の乾杯と次々と式次第が進んでいく。
いつもなら、皆に混ざって声をかけてくれる人々と談笑している私なのに、前に座って微笑んでおくしかないのがいたたまれない。
などと思っていると突然、『聖女ユリア様の快癒を言祝ぎ、ご加護に感謝する乾杯』が湧き起こった。
私はあたふたと立ち上がって、ぎこちない笑顔でカーテシーをとる。更なる拍手が会場を満たす。
その余韻が収まったところで急に、サルム殿下がすっと立ち上がって壇下を指さした。
「修道会聖女ミレイユ、本日この時をもって君との婚約を破棄する!! 元より私が口約束を与えただけ、言質は取られても法的拘束力はない!」
デジャヴだった。
可哀想に、まだ17、8だろう、私より4歳は若いミレイユは膝から崩れ落ち、黒衣の司祭の法衣に縋ってサルム殿下を見ながら震えている。
「王太子殿下ともあろうお人が前言を覆すなど!! 優秀な執政者は一度言ったことは必ず守るものだとお教えしたのに!」
「それだ、黒衣の司祭。『上の者がふらつくと下が困る』、この一言をもって私を洗脳し、フェイクニュースを与え続け執政を迷走させたこと、覚えがないとは言わさぬぞ!」
そこでサルム殿下は一息つき、再度声を張り上げた。
「黒衣の修道会司祭、そなたは永遠に国外追放!! 黒魔術扱う修道会はただいまをもって解散とする!」
「そんな、王様、何とか仰ってください、信教の自由の保護を!!」
国王が口を開く前に発言したのはアクツムだった。
「ダメだな。オレが行方不明になって遊んでたとでも思うのか? お前が聖女ユリアの両親であるコースタル伯爵夫妻を殺害した証拠は挙がってんだよ。そして、あの夜間飛行の日、オレの愛機の照明に細工しやがったのも、艦隊に隣の海域への緊急パトロールを命じてオレを孤立させたのも、黒衣の修道会、お前のネットワークの仕業だってな」
王子とは思えないぶっちゃけた言い草だが、気持ちはわかる。ていうか、私だったらもっと汚い言葉で罵りたい。
「サルムが追放しなきゃ、オレがしてる」
アクツムのダメ押しの後にさらに低い声が響いた。
「サルム、アクツムが動かないなら私が申し渡すところであった」
国王だった。
「我が国を内側から牛耳ろうとするとは、王家を甘く見過ぎではないかな?」
三枚岩!!
王、長男、次男と3人そろった王家は、二度と揺るぎはしない。
普段の執政を若手に任せ最重要課題にのみ王が関与すると、王の宣旨は数倍に威力を発する。
それがこの国の進め方なのだろう。
玉座の裏の控えの間からキビキビとした従者たちが入ってきて、瞬く間に司祭に縄を打って拘束した。