黒聖女、毒の種類に航空士官
親の仇の『黒衣の修道司祭』が目の前にいた。
息を整えてから静かに、「一皿足りませんわね」と敵を見据える。
「5種類では不足と? 聖女様も欲張りな」
司祭は歪んだ口元をもっと歪めて醜い笑顔を作った。
「もう1つが何か思いもよらないようですね。アジサイ、一般名オタクサです」
修道司祭も王太子様も上位貴族の面々も顔を見合わせて首を傾げている。
「ブス、変、キモ、オタクさ、児戯、だっちゅーの、のほうが、私をよく言い表していると思いますわ」
修道司祭はハッと音をたてて息を吐いた。
「面白いことを言ったつもりですか? あなたの思惑は見えていますよ。オタクサの致死量は低いから欲しいんでしょ? そうは問屋が卸しません」
司祭はフンッと鼻を鳴らして横を向くと、後ろに隠れていた黒ドレスの少女を前に押し出した。
「修道会で育てたこの娘ミレイユには聖女の力があるようで、あなた様には心置きなくこの世を去っていただけますから」
「く、黒聖女!」
思わず声をあげてしまった。黒魔術を仕込まれ、生来の自然と交流する力を歪めて使ってしまう、傾国の魔女。
17歳くらいだろうが動作はもっと幼く見える黒聖女は、たたっと前の壇に上がるとサルム殿下の横に並ぶ。
24歳の王太子は、腕をとってしなだれかかる彼女に鼻の下を伸ばしてしまっている。
もう、取り込まれてしまったらしい。
「失礼させていただきます」
私が踵を返そうとしたら、殿下の大音声が響いた。
「バカ者! 死一等を減ずるためにわざわざ設えたテーブルだ。余興ではない!」
私は冷たく殿下を見、そのまま修道司祭に視線を移した。黒聖女に関しては、目を合わせる価値もない。
「力ずくでこの毒をムリヤリ口に押し込まれたいか?! 徳のある聖女なら敵前逃亡するな!」
先ほど皿を持ってきた従者たちが、王太子の合図さえあれば私に縄をかけようとスタンバっている。
この衆人環視の中で、取り押さえられて醜態をさらすのも本意ではない。
だが、自分で選ぶとしても、目の前に並ぶ毒たちは、強すぎる。
どれも30人くらいは楽に殺せそうな量。
「恐いですか? 恐いでしょうとも」
黒衣の修道司祭がフードの下から下卑た笑いを見せる。
「全部口に入れろとはいいませんよ。ぺろりと、聖女様のそのお口で舐めていただくだけで本望ですから」
「聖女なんだから死なない量がわかるだろう? 死なない分だけ食べればいい」
サルム王太子殿下の無知な能天気さのほうが憐れだ。
精製された毒ではない。
植物体や魚の毒の含有量には個体差もあれば私自身の体調にも左右される。
私はフッと笑ってみせた。こんなときに取り乱さず、致死量を計算している点だけが、私の常人とは違うところだから。
死ににくいものを選ぶべきか、解毒しやすいものを選ぶべきか。
ブスは死にやすい。北方民族が矢に塗ってヒグマを倒していた毒だ。きつい。
ヘンは末端の運動神経から麻痺して死ぬまで意識がある。死んでいく自分を眺めてるなんてイヤだ。足から動かなくなったら解毒もできず、この場で醜態をさらす。
キモは致死量が少なすぎる。舐めただけでもヤバそう。オタクサの2000倍、アオウメの850倍強い。呼吸が止まる。楊枝で突き刺して舐めるだけで、逝けるだろう。
ジギは心臓ドキドキで振り切れる。苦しそう。視野が黄色く変わるって本当かな、でも試してみたくはない。
ダチューノ、理性がぶっ飛ぶ。結婚前のうら若き乙女としては、ニンフォマニアにはなりたくない。酒池肉林に浸ってその間の記憶がないなんて、イヤだ。その後死ぬとしてもイヤ。
聖女なんだから死なない方法がわかる、だろうか?
小さい頃、両親揃ったお茶会の後、手当たり次第に花を摘んできては渡してくれた水兵のお兄ちゃんを思い出す。
名前は何だったろうか?
そう、アクトお兄ちゃん。
森の中や薬草園からでも片っ端から摘んでくるから、「これは毒。これはダメ」って私が選り分けて。
一度、ダメって言った毒草をうちの池に投げ込みそうになって、慌てて止めたっけ。
背の高い強い腕にぶら下がって「お魚死んじゃうから!」って。
お兄ちゃんが俯いて、私の頬に降りかかってくるサラサラのブロンド髪、それは憶えているのに、縁取られていたはずの顔が思い出せない。
ーー私の、金色に眩しい思い出。
やっぱりこれしかないのかな。
5皿のうち2つの皿が光って見える。私に生きる道を知らせてくれていると思いたい。
致死量から言ったら危険すぎる。でも症状を抑えて教会に戻って、胃洗浄に活性炭。体力勝負だけれど、解毒の時間を稼ぐためにはきっと、これしかない。
この組み合わせしか。
私はブスの紺色の花に手を伸ばす。
ブスとキモは、毒は毒でも全く反対の作用を起こすから。
毒をもって毒を制するとまではいかないけれど、ブスが起こす心臓発作を、キモによって2時間は遅らせることができる。
逆にキモが起こす眩暈や歩行困難をブスがどれだけ止めてくれるか、呼吸麻痺までに自室にたどり着けなかったら死ぬんだけど。
「ブスはうつる」
あらぬところから低い男の声がして皆がそちらを向いた。
航空隊のブルーの制服を着崩した粗野な男だ。薄茶のくせっ毛を無造作に後ろで括っている。目は綺麗な碧のようだが。
「折角聖女様に会いに来たのに、キスしたらブスがうつるじゃないか」
「は?」
何を言っているんだこの男は?
こちとら、生死の境を見極めようと必死なのに。