婚約破棄に5つの毒
※この作品は、柴野いずみ様ご主催の『ざまぁ企画』に参加しています。
夜会とは名ばかりの、上流貴族集会の席上だった。
煌びやかな照明を反射する着飾った淑女たちのドレス。それを引き立てるためなのか、黒のディナージャケットから覗く白シャツで、胸板の厚さを強調している男たち。
年配さんは胸板よりもお腹の貫禄が凄い。
男でもカラフルなのは、赤青緑の制服に付けた金のモールが目立つ背の高い貴族令息たちで、それぞれ軍の要職に就いている。
「聖女ユリア、ただいまをもって君との婚約を破棄する!!」
広間の真ん中で人々の談笑に囲まれていると思っていた私ユリアは、人波がさぁーっと引き下がるのを目撃した。
いつのまにか私の周りには誰もいない空間ができあがり、地味めのマドンナブルーのスリムドレスが容赦なく照らし出されている。
私はナイスバディの持ち主でもないし、美人でもない。
花に囲まれてひっそりと聖女をしていたいだけで、四方からスポットライトを当てられたようなこんなシチュは大の苦手なのに。
空席の玉座の横に仁王立ちして私を指さしているのは、夜会の主催者、私の婚約者で王太子殿下のサルム様だった。
「で、殿下それは、いったい……なぜでしょうか?」
「これだから痴れ者と話すのは疲れる。今夜の集会は君の不手際について処遇を決める場だと言い渡したはずだ」
金髪碧眼のサルム様は、その美しい尊顔を歪めている。
「はい、不手際は先日の雨乞い失敗の件。そちらの断罪なら覚悟しております。しかしながら……」
「婚約は別問題とでも言うのかな? 国のためにならぬ聖女など、妻にする意味もない。この瞬間も何十万という農民が、夜も眠れずかすかな水を川から汲み上げ畑に撒いているというに」
それならこんな夜会など開かずに、海水から真水を作る魔法でも機械でも開発すべきだわ。供されているシャンペンやワインを振りかけても、作物は生き延びるかもしれない。
それより何より今のうちに、誰もが川の水を楽に畑に流せる灌漑施設を整えてほしい。
聖女が王太子と結婚し次期王妃になるのはこの国のしきたりだ。
7歳になった途端に、自分の中に自然界と交信する力を自覚した。その後修行を続け、今では人の寿命でさえ、少々ならいじれるようになっている。
雨乞い式で雨を降らさなかったのは、私の意志だった。
「雨乞い失敗の罪は重い。力不足を恥じて自分から辞職を願う素振りもない。本人が言い出さない限り聖女職は終身、故にこの国からいなくなってくれ」
「追放、ですか……?」
「ほんに、可愛げのない……」
王太子殿下の呟きが、しんと静まったホールに響き渡ってしまった。
そう、殿下は私を愛してもいないし、可愛いと思ったこともない。婚約は全くの伝統行事のひとつだったのだから。
「再度の雨乞いをさせてくださいと、泣きわめくぐらいしたらどうだ?」
泣きわめく?
それは全く予想外の言葉だった。追放になるならどこの国がいいかな、なんて思っていたところだから。
この国の全ての川の上流に位置するアユタリ国では今存分に雨が降っている。雨雲を敢えて呼び寄せるより、川の増水を待つほうが早い。
アユタリ国は十分な降雨を得て昨年以上の農業生産が見込めるし、この国の干ばつもあと数日で終息する。
とりあえずアユタリ国に行ってみようと思い巡らせたところで、従者たちが目の前に、細長いテーブルを運んできた。
その後ろに、平皿をおっかなびっくり捧げ持った5人の従者が続き、皿を順繰りに1列に並べお辞儀をし、去っていく。
「何ですか、これは」
「いなくなってほしい、と言っているのだ。このテストに受かれば追放で済ませてやる。失敗すれば死ぬがな? 死んでくれればすぐにでも次の聖女を任命できる」
5つの皿に載っているのは5種類の毒だった。
私は、ここまでするのかと、肩を落として嘆息するしかない。
「慈悲をかけられてるのがわからないか? 聖女なら少々の毒を喰らっても生き延びるだろう? その奇跡を見せる機会をやろうというのだ」
「は?」
「雨乞いはできなくても、せめて聖女である証明をしてからこの場を去れ」
いなくなれって、どっちかというと死んでほしいのね。
雨乞いのできない偽聖女、毒をあおって死んだと、国史には記入されるわけだ。
伯爵家だった両親はもう他界して兄弟もなく、自分ひとり教会にお世話になっている身だし、引き止めてくれる女友達がいるわけでもない。
強いて言えば、幼い頃自宅のお茶会に来てくれていたブロンドの水兵さんにもう一度会いたいけれど。
死んだら会えないよね。
「さて、まずはテストだ。目の前にある毒の種類を述べよ」
勘弁してよ……。
紺色の頭巾のような花、巨大パセリ、魚の内臓、下唇を突き出したような赤紫の花、各々の頂点に突起のある白い朝顔、考えるまでもない。
「トリカブト、ドクニンジン、テトロドウオ、キツネノ……」
よどみなく答える私を殿下がまた遮る。
「だっから可愛くないんだ! なぜ異国の言葉を使う? 皆のわかる普通の名前を言え!!」
だって、異国の名前が学術名なんだもの、という言葉は飲みこんで、一般名でやり直し。
「ブス、ヘン、キモ、ジギ、ダチューノ」
くすくすと周囲から笑いが洩れた。ブスの私にブスと言わせて喜ぶ殿下と貴族たち。
「もう少し元気よく!」
何がさせたいんだ、この殿下は?
「ブス、ヘン、キモ、ジギ、ダッチューノ!」
ブホッと会場中が吹き出して笑った。
――ブスに加えて変で、キモいわけね。
気付けば殿下の隣に、黒い法衣の修道司祭が立っている。
「残念ですが聖女様、あの雨乞いは児戯に等しかった。ということで、心してこの5種の毒を集めさせていただきました……」
コイツの策略か……。自然の摂理に則った聖女の力ではなく、黒魔術で自然を抑え込もうとする『黒衣の修道会』。
ーー私にとっては親の仇。