4、吸血鬼は布団がお気に入り
夕食を終えて、俺が洗い物を終えると、たいてい寝室のベッドの布団が膨らんでいる。
「食べてすぐ寝るのは良くない」
ユーミィがくるまっていた布団をはぎ取ると、彼女は不満そうに頬を膨らませた。
「えー」
「そんな表情をしても駄目だよ。あと、寝るとしてもあっちの使ってよ」
といって、部屋の隅に畳んでおいてある布団を指さした。
「別に昼間は使ってないんだからいいじゃん。有効活用」
夜寝る時に、ユーミィからするのと同じ花の匂いが布団からする。それで寝る時落ち着かない。だから俺の布団を使って寝るのはやめてほしい。
ユーミィは、布団の匂いをくんくんと嗅ぎはじめた。
「アキラの匂い落ち着くんだよ。血も美味しかったけど」
「頼むからやめてくれ」
ユーミィは深い考えはなくそうしているのだろうけど、恥ずかしくて耐えられない。吸血鬼と人間じゃあ感覚が違うのだろうか。彼女は俺の言葉を意に介さず、
「いいじゃん」といってますます布団を顔に近づけた。
ユーミィはしばらくそうしていたが、急に我に返ったように、真剣な表情になった。
「最近、一人でいるのが寂しく感じるようになったの」
いつも明るく能天気のように見えて、彼女にも悩みはあるらしい。
「ずっと一人だったの?」
「うん。見た目は人間だし、多分心も変わらない。けど、人間は吸血鬼が嫌いだから」
「そうなのかなあ」
「直接聞いたことはないからわからないけど、私はそうやってお母さんに聞いて育った。多分、あなたが少し変わっているんじゃないかな。吸血鬼と一緒にいてこんなに普通にしていられるなんて。私がそれを言うのも変だけど」
俺は首を振った。
「いいや、俺は平凡な人間だよ」
俺はこれまで長年、「平凡な人間」でやってきたのだ。今更そうじゃないといわれても困る。
「ふーん。まあ私にとってはどうだっていいけど、人間の『平凡』なんて。私には関係ないし。でもとにかく、長い間、一人でいても何にも思わなかった。それが吸血鬼としては当たり前。何でもない日常だった。でもどうしちゃったんだろう。ここに来るようになって、一人でいると、寂しいというか心細く思うようになってきた」
「まるで普通の人間みたいだね」
ユーミィはその言葉に驚いた表情をして、俺の顔をじっと見た。
「そうなんだ。これが人間の普通……もしかして、あなたの血を飲んで私変わっちゃったのかな」
「俺のせい?」
「そう、あなたのせいかも。だから……」
「だから?」
「来ちゃだめって言わないでね。ここ以外来るところないし」
とちょっと心配そうな表情で彼女は言った。
「いつでも、どうぞ。俺が生きている限り」
「それじゃ短いよ」
吸血鬼は人間よりずっと長生きなのだろう。
「じゃあ俺が死んだあとも来ていいよ」
「だめ、死なないで」
「そんな無茶な」
俺が困った顔でそう言うと、ユーミィはおかしそうに笑った。彼女は人をからかうのが好きなのだ。
俺はユーミィとずいぶん仲が良くなった気がする。
でもなんで俺みたいな退屈な人間と仲良くしてくるのだろう。多分、俺の他に人間の知り合いがいないからだ。そう思うのは、卑屈すぎるだろうか。
「そろそろ帰る」とユーミィが言った。
「もうそんな時間か」
ユーミィはいつも同じ時間に帰っていく。彼女が帰る時は窓から出ていく。窓から出るのに、意外にも飛んだりせず、歩いていく。