2、吸血鬼との出会い
道端の木の陰に少女が倒れていたのだ。
その日も仕事が終わって、いつもの道を帰っていた。
家に帰ってご飯を食べて寝るだけだ。代わり映えのしない毎日。
その日まではそう思っていた。
ふと道端の木の陰何かが転がっているのが目に入ったのだった。大きな猫か何かだろうと思ったが、よく見るとそれは一人の少女だった。
木陰に横たわった少女の服装は、暗い赤色のベルベットのワンピースに黒の手袋、黒の編み上げ靴、そのどれにもたくさんの装飾が施され、どことなく蝶を思い起こさせる華麗な服装だ。町でこのような格好をしていたらとても目立ちそうな見慣れない服装である。
俺は近寄ってその少女に、
「大丈夫?」と声をかけた。
少女は声に反応して、ゆっくりとこちらを向いた。彼女はひどく衰弱した様子で、なんとか言葉を絞り出した。
「血を、血をくれないか?」
常識的に考えれば、そんなことを言う人間がいたら関わるべきではないのだろう。せめて警戒して、様子を見たり、助けを呼んだりするべきだろう。
でも少女が苦しそうな様子を見て、俺はごく単純に助けてあげたいと思った。俺は昔から未知のものに対する恐れが薄く、危なっかしいことをしてよく怒られた。この時もそういう自分の性格が出たのだろう。彼女のことは少しも怖いと思わなかった。
苦しそうな彼女に俺は、
「どうぞ」と言った。
しかし「血をあげる」といってもどうすればいいかわからなかった。彼女が両手をこちらに伸ばしてきたので、片手をそこに出してみた。
すると彼女はその手を両手で掴み、
「ありがとう」
と言って、小さな口を近づけて、人さし指にそっと歯を立てたのだった。
それは痛くはなかった。むしろかすかな心地よさがあった。
一滴の血が指の上をひとすじ流れ、彼女はそれを口に含んで、それから飲み込んだ。
たったそれだけだった。
彼女が俺の手を離すと、指には小さな傷跡が二つだけ付いていて、血はもう出ていなかった。
少女は「助かった」と言った。
彼女は起き上がり、血を飲んで数分しか経っていないのに、すっかり元気を取り戻していた。容姿は十代の少女のように見えた。
彼女が体を動かすと。胸元の小さな白い花のブローチが光って、それが印象的だった。
「元気になってよかった」
そう言って俺はその場を立ち去った。
俺にとってそれはほんのちょっとしたことだったのだ。たとえば、誰かがハンカチを落としたのを拾ってあげたくらいのこと。またどこかで会えたらいいな、くらいの。