006 黒の王子と黒の魔剣士(上)
黒の王子とレナトスが遠い国に出かけました。
すると、ある町に大量の魔物が現れたため、討伐隊に参加する人を集めているようです。
黒の王子とレナトスも討伐隊のお手伝いをすることにしました。
最初の魔物はウサギ。沢山いるのですが、弱いのですぐに倒せました。
ところが、次の日になると、別の魔物があらわれました。
犬です。
まあまあの強さなので、まあまあ大変でした。
犬を倒した後は熊でした。
強いので、大変でした。
だんだんと魔物が強くなっていくので、人々は不安になりました。
次はどのような魔物が来るのだろうと思っていました。
熊の次はゾンビでした。
これまでに倒した魔物の死体がゾンビになってしまったのです。
ゾンビは特殊な魔物です。なぜなら、死体だからです。
倒すには火で燃やさなくてはいけません。
黒の王子がゾンビを引きつけ、レナトスが火魔法でゾンビを倒しました。
ですが、ゾンビの数が多すぎます。
二人はいつの間にか、ゾンビに囲まれてしまいました。
ピンチです。
その時、一人の魔剣士がかけつけ、二人に加勢してくれました。
魔剣士はとても強かったので、あっという間にゾンビを倒すことができました。
「ありがとう。助かったよ」
黒の王子はお礼を言いました。
「仕事だからな」
魔剣士はお金を稼ぐために魔物討伐に参加した者でした。
「名前は?」
「黒の魔剣士」
どうやら、名前を言いたくないようです。
自分の名前を言いたくない場合は、あだ名を答えることになっているのです。
「僕は」
「黒の王子だろう? そう聞いた」
「黒と黒で同じだね」
「そうだな。さっさとゾンビを倒すぞ」
その後、三人は協力して次々とゾンビを倒しました。
朝になりました。
朝になると、ゾンビは動けなくなり、死体に戻ってしまいます。
その間に死体を燃やしてしまえば、ゾンビは倒せます。
ゾンビを倒れたままにしておくと、夜になった途端また動き出してしまいます。
討伐隊は町中に倒れているゾンビを見つけ、燃やすことにしました。
黒の王子とレナトスもゾンビになりそうな死体がないかどうかを探します。
「あれ?」
黒の王子は驚きました。
「ホワイティア!」
なんと、ホワイティアの姿を見つけたのです。
黒の王子は嬉しそうな顔をして、白いローブを着た女性――ホワイティアの所へ行きました。
「こんな所で会うなんて! びっくりだよ!」
「そうね」
ホワイティアはにっこりと微笑みました。
ですが、黒の王子に名前を呼ばれた時のホワイティアは、一瞬だけ嫌そうな顔をしました。
レナトスはそれを見逃しませんでした。
「どうしてここに?」
「知り合いを訪ねただけよ。魔物が出る町なんて物騒だわ。すぐに帰るつもりよ」
ホワイティアを怪しむかのように、レナトスの目が細くなりました。
「魔物を飼育しているというのに、魔物を恐れるのですか?」
「ゾンビが出たのよ? 気持ち悪いわ」
「普通の魔物とは違うしね」
黒の王子が言いました。
「ところで、二人はなぜここにいるの? 私も話したのだから、対価として話しなさい」
「魔物を討伐すると聞いて、手伝うことにしたんだ」
「この国の王に頼まれたの?」
「違うよ。この国に来たのは偶然で、頼まれたのは王太子だよ」
討伐隊を指揮しているのはこの国の王太子です。
手伝いを申し出ると、頼むと言われたことを黒の王子は説明しました。
「この国の王太子がここへ来ているの?」
「うん」
「噂では、優れた王太子のようね」
「優秀だって聞いたよ。魔物を倒すための指示を出していたよ」
「そう。そろそろ行くわ。さようなら」
ホワイティアは行ってしまいました。
「急いでいたのかな? まあ、ずっと話しているわけにもいかないけれど。続きをしようか。夜までにゾンビを探さないと」
「そうですね」
黒の王子とレナトスは巡回を再開しました。
「これ以上強い魔物が現れたら困る」
討伐隊を指揮している王太子はまた魔物が出るのではないかと心配していました。
「父上は次々と違う魔物が現れることを知らない。このことを伝えて貰えないだろうか?」
「わかった」
黒の王子は伝令役を引き受けます。
ワイバーンに変身したレナトスに乗って王城へ向かいました。
「何度も魔物が? しかも、違う魔物だというのか?」
話を聞いた王は驚きました。
王太子は剣も槍も得意なので、すぐに魔物を倒せるだろうと思っていたからです。
次々と別の魔物が現れることも、だんだんと強い魔物になっていることも気がかりです。
恐らく、何者かによる仕業だろうと感じました。
「霧の魔法使いに頼むしかない」
その国には霧の森と呼ばれる不思議な森があり、魔法使いが住んでいます。
森を魔法使いにあげるかわり、国に危機が訪れた時は助けてくれるという約束になっていました。
「霧の森に行って、霧の魔法使いに助けて欲しいと伝えてくれないだろうか?」
「わかった」
黒の王子とレナトスは霧の森に向かいました。
霧の森は誰も立ち入らないよう魔法使いが魔法をかけています。
森の奥へ進んでいくと、だんだんと霧がかかり、何も見えなくなってしまうのです。
すぐに引き返せば霧の中で迷うことはありません。
黒の王子とレナトスも試してみましたが、やはり奥の方へ進んでいくと、霧が立ち込めてきました。
二人は立ち止まりましたが、霧は深くなる一方です。
まったく何も見えなくなってしまいました。
「レナトス、側にいるよね?」
「います」
「どうしよう。全然見えないよ」
レナトスは黒の王子の手を掴みました。
「ここです」
「そうか。手をつなげば、はぐれないね」
「この霧は森に誰も立ち入らないようにするためのものでしょう。やみくもに進むのは危険です。引き返しましょう」
「そうだね。でも、来た方向がわかる?」
「わかります。戻りましょう」
二人は手をつないだまま歩きます。
しばらく歩くと、段々と霧が薄くなってきました。
元来た方へ戻っているからです。
やがて、霧は完全になくなりました。
「霧が薄くなる方へ行けば、森から出られます」
「そうか。レナトスはさすがだね。頼りになるな」
レナトスはとても嬉しくなりました。
ですが、このままでは霧の魔法使いに会えません。
二人は何か良い方法がないか考えました。
「そうだ! 空を飛んでみたらどうかな?」
「そうですね」
森の上から魔法使いの家を探すという方法です。
早速試してみると、霧がかかってきました。
「もっと上を飛んだらどうかな?」
レナトスはぐんぐん高度を上げます。
とても高い場所まで来ると、霧がなくなりました。
霧が出るのは、霧の森に近づいた時だけのようです。
つまり、遠くから見るだけなら、大丈夫なのです。
『森の中にいくつか開けている場所があります』
「そこに魔法使いの家があるかもしれないね。行ってみよう」
開けている場所で一番大きな場所を選び、その真上に行きます。
後は、そこに着陸できるよう高度を下げながら飛ぶだけです。
レナトスは大切な友達である黒の王子が落ちないよう気を付けながら飛びました。
下になるほど霧がかかってきますが、目指す場所はわかっています。
突然、霧が晴れました。
立派な屋敷が見えます。
どうやら、霧の魔法使いの屋敷に来ることができたようです。
レナトスは庭園に着陸しました。
周囲を見渡すと、様々な花が植えられています。一部は菜園のようになっていました。
「人が住んでいそうな感じだね」
「そうですね」
二人は屋敷の方へ向かいます。
「霧の魔法使いに会いに来ました! 王の使者です!」
玄関の扉が開きます。
老齢の男性が姿をあらわしました。
この屋敷の執事です。
「どの国の王ですか?」
「この国の王です」
「この国の王は霧の魔法使いです」
黒の王子とレナトスは顔を見合わせます。
「霧の森の王が霧の魔法使いってこと、かな?」
「そうです」
「じゃあ、この森を霧の魔法使いにくれた国の王の使者だよ」
「国に危機が訪れた時、助ける約束をしたそうですが?」
「しばらくおまちください」
一旦、執事は扉を閉めます。
しばらくすると、扉が開きました。
「どうぞ、お入りください」
黒の王子とレナトスは応接間に案内されました。
「霧の魔法使いに会いたいようね?」
美しい黒髪を持つ女性が部屋に入ってきました。
「今はいないので、私が代わりに話しを聞くわ」
「貴方は誰ですか?」
レナトスが尋ねました。
「誰でもいいじゃない」
「霧の魔法使いの妻じゃないかな?」
黒の王子が言いました。
「立派な指輪をしている。きっと結婚指輪だよ」
黒の王子は、女性の左薬指に立派な指があったので、霧の魔法使いの妻だと思ったのです。
「目の付け所がいいわね。でも、これは婚約指輪として貰ったのよ」
女性はにっこり微笑みました。
「私は霧の王妃。霧の森の王である霧の魔法使いの妻よ。それで?」
黒の王子は魔物が何度も現れている国の王の使者として来たこと、国に危機が訪れた時は霧の魔法使いが助けてくる約束になっていること、約束通り助けて欲しいと言っていることを伝えました。
「そう。でも、魔物を倒せているのであれば、危機というほどではないわよね?」
霧の王妃が言いました。
そうかもしれないとレナトスも思います。
ですが、黒の王子は違いました。
「僕は危機だと思う。何度も魔物を倒しているのに、人々の不安はなくならない。それどころか、ますます強くなるばかりなんだ。また魔物が出るかもしれないって怖がっている。そんな状況は国にとって危機的だよ。今は一カ所だけど、他の場所でも同じことが起きるかもしれない。国中でそうなってしまったら大変だよ!」
霧の王妃は驚きました。
魔物を倒せているかどうかで考えれば、倒せているので危機ではありません。
ですが、人々の不安が消えているかどうかで考えれば、不安が強くなるばかりです。
同じような状況が一カ所ではなく国中に広がってしまう可能性を考えれば、危機だというわけです。
国中に広がってからなんとかしようとしても、手遅れかもしれません。
黒の王子には、人々の心に寄り添う優しさと先を見越して考える英明さがある、と霧の王妃は思いました。
「そうね。危機はすでにあります。それを誰よりも早く気づけるかどうかだわ」
霧の王妃はそう言いました。
「話を聞いて思ったのだけれど、何度も魔物が現れる原因をつきとめれば良さそうね?」
「そうだけど、原因がわからないんだ」
討伐隊の方でもおかしいと感じて調べていましたが、突然現れること以外は何もわかっていませんでした。
「何度も同じ町に現れるのでしょう? それがヒントではないかしら?」
「そうだね」
「あの町に何かあるのは確かです」
レナトスが言いました。
「偶然ですが、魔女に会いました。知り合いを尋ねたとか。魔女やその知り合いがいるような町ではあるようです」
「小さい町なの?」
「大きい町だよ。何かを探すのは大変だと思う」
「魔物が出た時の被害も大きくなりやすいでしょう」
「ダーク、霧の魔法使いの代わりに手伝ってあげて?」
霧の王妃がそう言うと、ソファの後ろから男性が現れました。
黒の王子とレナトスは驚きます。
ゾンビを討伐する時に協力し合った黒の魔剣士でした。
「断る。なぜ、俺があいつの代わりを務めなければならない?」
「息子じゃないの」
「関係ない。勝手にあいつが約束したことだ。あいつにやらせろ」
ダークの母親である霧の王妃はため息をつきました。
「私があの人の代わりに手伝うにしても、この森から出られないわ。私の代わりということでどうかしら?」
「面倒だ」
「この者達に同行すれば、貴方が望むことにつながるかもしれません」
「適当なことを言うな。ただ働きも御免だ」
「では、対価としてこれをあげましょう」
霧の王妃は婚約指輪を指から外して差し出しました。
「以前、欲しいと言っていたでしょう? 対価としては十分なはず。どうかしら?」
ダークは無言で指輪を受け取ります。
それはつまり、霧の王妃の代わりに手伝うということです。
「仕方がない。指輪の分だけだ」
こうして、霧の魔法使いと霧の王妃の代わりに、息子のダークが協力してくれることになりました。