005 黒の王子と赤い魔女
黒の王子と白の少年は赤棘草を手に入れるため、魔法の世界へ来ました。
魔法の世界へ行くには、人間の世界と偶然つながった場所――異界の口と呼ばれる場所を通る必要があります。
異界の口は偶然によって生み出される場所なので、地上とは限りません。
雲の上や水の中ということもあります。
白の少年も自分が住んでいた森に異界の口が現れ、魔法の世界と人間の世界を何度も往復したことがあります。
ですが、注意しなければならないことがあります。
異界の口はずっとあるわけではないということです。
時間が経つと消えてしまうため、消えない内に戻らなければいけません。
魔法の世界は人間の世界と時間の流れ方が違います。
時間というものがとてもあやふやなのです。
魔法の世界にある異界の口は、長い間同じ場所にあることがほとんどです。
逆に、人間の世界にある異界の口はずっと同じ場所にありません。
一定の時間が過ぎるとなくなってしまいます。
ですので、魔法の世界から人間の世界に行く時は注意しなければなりません。
戻りたくても、同じ場所に異界の口があるとは限らないからです。
今回は人間の世界から魔法の世界へ行くので、急いで帰る必要はありません。
あまりにも長くならないよう気を付ければいいだけだと白の少年は言いました。
黒の少年はカバンに水筒とクッキーを入れました。
ちょっとしたピクニックの気分です。
白の少年がそのような感覚で構わない言ったからです。
「赤棘草がどこにあるのかわかっているんだよね?」
黒いワイバーンの背中に乗ったままの王子は尋ねました。
「結構飛んでいるけれど……魔法の世界は広いのかな?」
『人間の世界の感覚では、無限に近いでしょう』
白い少年は黒いワイバーンの姿になっているので、頭の中に直接話しかける念話で答えました。
「果てしなく広いってことだね」
『赤棘草は赤い森にあります』
「そうなんだ」
赤い森は赤い木々が沢山ある場所なので、王子でも見つけやすいだろうと教えてくれました。
やがて、赤い木々が沢山ある場所が見えてきました。
赤い森です。
まずはその付近で着陸できそうな場所を探します。
草原に着陸した二人は、歩いて赤い森へ入りました。
赤い森はどこもかしこも赤い植物ばかりです。
葉っぱが赤い場合もありますが、木の幹や枝が赤い場合もあります。花が赤い場合も。
「赤棘草って見たことがあるの?」
王子は魔法の世界へ来るのも初めてです。どんな植物なのか知りません。
「赤い棘が沢山ついています」
「どこに?」
「どこ?」
「棘の場所だよ。バラのように茎についているの? 葉っぱについているの? 花びらについているの?」
白の少年は説明が足りないことに気づきました。
「葉が棘なのです。細い茎に、鋭い棘のような葉が沢山ついています。人間の世界で言うと、棘がついた蔓だけのような植物です」
「なんとなくわかった気がする」
二人は赤棘草を探します。
「あれは?」
刺々しい植物を王子が発見しました。
「あれです。赤棘草です」
まずは一つ見つけました。
「棘に触れてはいけません。赤く腫れてしまいます」
「えっ!」
「私がやりましょう」
白の少年は黒の王子が持って来た小さなシャペルで根っこから掘り起こしました。
それを丈夫な皮の袋に入れます。
「あと二つだね」
二人は森の中を歩き、赤棘草を探します。
しばらくすると、赤棘草がありました。
白の少年も欲しいので、全部で四つ取ります。
「集まったね」
「帰りましょう」
その時です。
「勝手に持ち去るのは許さないわ!」
若い女性の声がしました。
「誰かな?」
「魔女がいるようです」
白の少年は周囲を見渡します。
赤い鳥を見つけました。
白の少年は魔法を使い、赤い鳥に水をかけます。
びしょ濡れになった赤い鳥は逃げて行きました。
「あれって……魔女?」
「わかりません。変身した姿かもしれませんし、使い魔かもしれません」
「使い魔?」
「魔女が使役する何かです。生物の場合もあれば、無生物の場合もあります。面倒なので、ここを離れましょう」
「もしかして、泥棒になってしまうのかな?」
「この世界は基本的に弱肉強食です」
次の瞬間、二人の前に炎の壁のようなものが現れます。
あっという間に、炎に囲まれてしまいました。
「泥棒!」
赤い衣装を着た少女が現れました。
赤い魔女です。
「この森は私が管理しているの! 取ったものを返しなさい!」
「その必要はありません」
白い少年が答えました。
「だったら焼き殺してやるわ!」
「待って!」
黒の王子が叫びました。
「勝手に取ってしまってごめんなさい。でも、森は広いよね? その恵みを少しだけ分けてくれないかな?」
「何を持ち去ろうとしたの?」
使い魔の報告では、森から何かを奪おうとしているということでした。
それ以上のことを赤い魔女は知らなかったのです。
「赤棘草」
黒の王子が答えると、赤い魔女は眉をひそめました。
「赤棘草? 一つ?」
「四つ。根っこごと。それで怒っているんだよね?」
赤い魔女は考え込みました。
赤棘草は貴重なものではありません。
雑草とまではいいませんが、まあまあ普通のものでした。
「私も欲しいわ」
「え?」
黒の王子は驚きました。
「自分で取ればいいよね? この森にあるんだし」
「見つけるのが面倒なの。この森は広いから」
赤い魔女は条件を出しました。
赤棘草を四つ欲しいなら、赤い魔女のために同じ分の赤棘草を持ってくるというものです。
「わかった。探してくる」
「ここに持ってきて」
赤い魔女は炎の輪を消し、赤いカードをくれました。
文字のようなものが書いてあります。
「読めないよ」
黒の王子は困りました。
「住処がどこにあるのかが書いてあります。移動に使います」
白の少年が言いました。
「魔力があるし、魔法使いよね?」
赤い魔女は白の少年をじっと見つめました。
「そうです」
「水の魔法使いね?」
白の少年は赤い魔女の使い魔である鳥に水をかけました。
それで水の魔法使いだと思ったのです。
「答えが知りたいのであれば、対価を要求します」
白の少年が言いました。
そう言うと、よほどのことがなければ対価を払いたくないと感じ、相手が諦めるからです。
魔法の世界の断り文句、常套手段なのです。
「じゃあ、答えなくていいわ」
王子と白の少年は赤棘草を探しました。
赤い魔女に渡す分を集めることができました。
「私に掴まってください。魔法で移動します」
白の少年は赤いカードに魔力を込めました。
すると、一瞬で王子と白の少年は赤い魔女が住む家につきました。
「凄い!」
白の少年は家のドアの方へ行きます。
「赤い魔女、会いに来ました」
赤い魔女がドアを開けます。
「思ったより早かったわね?」
「黒の王子のおかげです」
黒の王子は一生懸命探していました。
白の少年は適当に周囲を見ながら歩くだけでしたが、黒の王子はあちこち移動して探してしていました。
そのおかげで、木の陰になってわかりにくい場所にある赤棘草を見つけることができたのです。
「そうなのね。中に入って」
魔女の家に招かれるのが初めての黒の王子は緊張しました。
「えっと……確か、お邪魔します?」
誰かの家に行った時に使う一般的な挨拶を、黒の王子は言いました。
「邪魔じゃないわよ?」
人間の世界とは違う常識だということを黒の王子は思い出しました。
家の中はかなり散らかっていました。
「私に渡す分を見せて。根っこはあるでしょうね? 上だけだと増やせないわ」
「根っこごと持って来たよ」
赤い魔女は赤棘草を調べました。
四つ。根っこもしっかりついています。問題ありません。
「持ち帰るのは四つと言ったわね?」
「うん」
「鞄の中をみせなさい。全部よ。同じ数でなければ許さないわ」
王子はカバンを開け、中身を取り出しました。
「これは何?」
赤い魔女が気になったのは王子が持っていたクッキーでした。
「クッキーだよ」
「それはわかるわ。何のクッキーなの?」
「茶色だから、チョコレート味かな? 食べてないからわからない」
「一枚、食べなさい。味を教えるのよ」
黒の王子はクッキーを一枚食べました。
「チョコレート味だ」
「美味しい?」
「美味しいよ」
「欲しいわ」
赤い魔女が言いました。
「何かと交換して。何が欲しいの?」
最初に言ってくれれば、赤棘草と答えたでしょう。
ですが、すでに代わりの赤棘草を見つけて持ってきました。
交換する必要はありません。
「あげるよ」
王子は言いました。
「勝手に赤棘草を持って行こうとしたから。本当にごめんなさい。次は気を付けるよ」
赤い魔女は頷きました。
「許してあげる。次に来た時は、先に声をかけて。欲しいものがあれば言うのよ。対価を考えるわ」
「わかった」
「赤い魔女」
白の少年が声をかけました。
「何?」
「この森を管理しているのですか?」
「そうよ」
「緋色の魔女は引っ越したのですか?」
赤い魔女は驚きました。
「先生を知っているの?」
「以前、この森で会いました」
緋色の魔女は、自分の管理する森にあるものについて、少量であれば持っていい。極めて貴重なものだけは許可を取ってからにして欲しいと言いました。
赤棘草は貴重なものではありません。しかも、四つだけです。
緋色の魔女の許しがあるため、持って行ってもいいだろうと思ったことを白の少年は説明しました。
「先生は外出しているわ。長くなりそうだから、弟子の私が留守番をしているの。他の者に赤い森を奪われたら困るでしょう?」
「そうでしたか」
「先生の許しがあったのね。確認しなくてごめんなさい。先生の知り合いかどうか聞くべきだったわ」
赤い魔女は自分の落ち度を謝りました。
これからは、緋色の魔女との取り決め通りでいいということになりました。
「このクッキー、美味しいわね」
黒の王子の持っていたクッキーを味見した赤い魔女が言いました。
「私の手下にしてあげるわ。またクッキーを持ってきなさい」
「手下にはならないよ。でも、機会があったら持ってくる。だから、友達になろうよ」
黒の王子はそう答えました。
「友達? ただの人間のくせに、私と対等になれると思うの?」
「もしかして、魔女の友達は魔法使いじゃないと駄目なの?」
「弱肉強食なのです」
白の少年が答えました。
「無視してください。一方的な要求を言われただけです。関係ありません。必ずしも答えを出す必要はないのです」
「そうなんだ」
「生意気だわ。死にたいの?」
赤い魔女は脅すような言葉を言いました。
弱肉強食ということからいっても、魔法の世界は物騒なのかもしれないと黒の王子は思いました。
「私の友達を傷つけることは許しません。私が相手になります」
「代わりを務めるわけね。じゃあ、どっちが強いか勝負よ!」
「赤い魔女は緋色の魔女の弟子です。私には勝てないでしょう。私は緋色の魔女を打ち負かしたことがあります」
赤い魔女は驚きました。
「先生に勝ったの?」
「そうです」
「ご無礼をお許しください」
赤い魔女はすぐに土下座をしました。
「ぜひ、友達でお願いします! 光栄です!」
黒の王子と赤い魔女は友達になりました。
白の少年は赤の魔女の先生である緋色の魔女よりも強いので、赤の魔女と対等ではありません。もっと上の立場です。
ですので、友達にはなりませんでした。その必要がないというのが、白の少年の考えです。
赤の魔女にとって先生よりも強い白い少年はもの凄い存在なので、大客人ということになりました。
赤の魔女に別れを告げ、王子と白の少年は人間の世界に戻りました。
森の中を探し回っていたせいで、遅くなってしまったと王子は思っていました。
ところが、人間の世界はかなり明るい時間でした。
「もしかして、次の日になってしまったのかな?」
「いいえ。ほぼ同じ時間です」
異界の口に入った場合、戻って来た時間はほぼ同じになるのです。
時計で測るとすれば、数分程度の誤差でしかないことを、白の少年が教えました。
「じゃあ、全然時間が経っていないのと同じってこと?」
「そうです。ですが、人間の世界での移動時間はかかっています」
王宮を出て異界の口がある場所まで飛んでいく時間は過ぎているということです。
「白い魔女の所へ行こう」
「そうですね」
黒の王子と白い少年は白い魔女のいる森へ向かいました。
白い魔女は赤棘草を見て驚きました。
「よく持ってこれたわね! うるさいのがいたでしょう?」
「赤い魔女のこと?」
「黙っていてください」
白の少年が言いました。
「等価交換です。この森は白い魔女と村人達で半分ずつ使うこと。いいですね?」
「わかったわ。貴方の名前を教えてくれない?」
「答えが知りたいのであれば、対価を要求します」
白の少年がそう言うと、白い魔女はニヤリとしました。
「互いに名乗りましょう。それでいいかしら?」
「わかりました」
「ホワイティアよ」
「レナトスです」
ホワイティアは美しく微笑みました。
「とても美しい名前ね。素敵だわ。さすがというべきかしらね?」
黒の王子とレナトスはホワイティアを別れ、森の近くにある村へ行きます。
村人達には白い魔女と取引したこと、森を半分ずつ使う約束をしたことを伝えました。
「境界は赤い棘のある植物でわかるよ」
「その棘に触れてはいけません。赤く腫れあがってしまうでしょう」
「わかりました!」
「注意します!」
「本当にありがとうございました!」
「これで森へ行けます!」
村人達は喜び、黒の王子とレナトスに心からの感謝を伝えました。
問題は解決です。
王宮へ戻った黒の王子は言いました。
「レナトスっていう名前なんだね」
「そうです」
黒の王子は自分も名乗りました。
王子の名前は有名なので、レナトスはすでに知っていました。
ですが、友達です。
等価交換をする必要はありません。
友情は無償なのです。
「改めてよろしくね」
「よろしくお願いします」
二人は友達として握手をしました。
* 赤い魔女→緋色の魔女の弟子で、赤い森の留守番役。火や炎の魔法を使う。使い魔は赤い鳥。
魔法の世界の住人は時間の概念が特殊なので、基本的に年齢不詳。
評価いただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。