004 黒の王子と白い魔女
黒の王子は白の少年と一緒にあちこち外出するようになりました。
白の少年が黒いワイバーンに変身して、遠くへ行くこともあります。
今日は森へ来ました。
白の少年は森の清浄な空気が好きなのです。
王宮の住み心地は決して悪くはないのですが、多くの人々がいるところは賑やかです。
自然も少なく、空気も悪いです。
白の少年はそれが煩わしいと感じると、気持ちを静めるために森へ行っていたのでした。
今回は黒の王子も一緒に森へ来ています。
森には多くの動物が棲んでいますが、その姿を見ることはできません。
白の少年のただならぬ気配を感じて、絶対に近づいて来ないのです。
森に住んでいた白の少年は植物に詳しく、様々なことを黒の王子に教えてくれました。
「毒キノコばっかりだね」
カラフルなキノコを見つけた黒の王子は食べられると思ったのですが、それは毒があると白の少年に言われてしまったのです。
「薬草もあります。人間が欲しがるもので、売るとお金になります」
「もしかして、薬草を集めて売っていたの?」
「そうです。キノコも採っていました。森の恵みを欲しがる人間と同じようにしていましたが、狡賢い人間に会ったことが何度もあります」
どこで手に入れたのかを聞かれて場所を教えると、全部持ち去られてしまうのです。
掘り起こされるよう持っていかれると、二度とその場所に植物が生えません。
沢山集めたもの全部寄越せと言われたり、貴重な薬草を奪おうとする者に襲われたこともありました。
「武器を持っている人間は危険です」
「そうかもしれないね。でも、森には動物がいる。動物に襲われないよう武器を持っているのかもしれない」
「野生動物と戦うための武器ということですね?」
「うん。見た目だけで判断しない方がいいよ」
「そうですね」
二人は話しながら森の奥へと行きました。
白の少年には動物が近づかないので、危険な動物に会うことはありません。
小動物もまったくいません。
森は静まりかえっています。
このような生活をしていたからこそ、白の少年は静かな場所が好きで、王宮は騒がしいと感じるのだろうと黒の王子は思いました。
「待ってください」
白の少年が言いました。
「魔物の気配があります」
「えっ!」
黒の王子は驚きました。
「わかるの?」
「魔物の気配はわかります。魔力を感じるので」
「襲ってきそう?」
「威嚇すれば大丈夫です。勘が良い魔物は逃げるでしょう」
「どうやって威嚇するの?」
「睨みます」
竜人族の威嚇方法は睨むことなのかと黒の王子は思いました。
「魔力がかなりありそうです。以前ここへ来た時は感じませんでした。驚くべき発見かもしれません」
白の少年は興味を持ちました。
「調べてみましょう」
「危なくない?」
危なくないと言いかけて、白の少年はやめました。
自分一人ならともかく、黒の王子が一緒だからです。
「この森の近くに小さな村があったはずです。そこへ行ってみましょう。何か知っているかもしれません」
二人は魔物の気配から遠ざかるように戻りながら、森の近くにある小さな村へ向かいました。
村人によると、最近になって森に魔物が棲みついてしまったことがわかりました。
見るからに狂暴そうな魔物なので、村人が力を合わせても倒せそうにありません。
森の恵みを得るために森へ行けなくなってしまったこともわかりました。
「どのような魔物ですか?」
白の少年が尋ねました。
「鳥のようなものですか? それとも四足歩行をするような動物ですか? 昆虫ですか? それ以外ですか?」
「獣です」
「熊です」
熊と聞くと、普通に森にいそうです。
ですが、とても大きな熊なのです。
しかも、角が生えています。
村人達の知る熊には角が生えていません。
角が生えた熊は魔物だろうという訳です。
「一角熊かもしれません」
白の少年は心当たりがありました。
「ここにいるわけがないのですが」
一角熊は白の少年が住んでいた魔法の世界にいる魔物です。
人間の世界にいるはずがないというのに、なぜいるのかわかりません。
魔法の世界と人間の世界が偶然つながった場所――異界の口を通って来てしまったのではないか。
白の少年は自分もそうやって人間の世界に来ただけに、同じではないかと考えました。
「一角熊なら倒せます。倒しましょうか?」
「村が襲われない内にお願いします!」
村人達から懇願されたため、白の少年は森へ行き、一角熊を倒すことにしました。
ところが。
「一角熊は倒せませんでした。魔女が飼育しているそうなのです」
白の少年は森で魔女に会いました。
そして、一角熊を森で放し飼いにしているのは自分であること、勝手に殺せば報復する、村人達の依頼だということであれば、村にも仕返しをすると言われたことを伝えました。
「どうしますか?」
「そんな……」
「魔女が飼育しているなんて」
村人達が困っているのを見て、黒の王子はなんとかしたいと思いました。
「魔女と話し合えないかな? 僕も会ってみたい」
黒の王子は魔女に会うため、森へ行きます。
魔力の気配を探せば魔女か一角熊に会えるはずなので、白の少年が先導役です。
「また来たの?」
白いローブを着たとても美しい女性がいました。
白い魔女です。
「こんにちは」
黒の王子は村人が困っていることを伝え、森の半分を白い魔女が使い、残りの半分を村人達が使ってはどうかと提案しました。
どこかで聞いたような案です。
黒のワイバーンと森の恵みを求める人々の争いを鎮める時と同じだと、白の少年は気づきました。
白い魔女は考え込みます。
「悪くはないけれど、放し飼いにしているのよ。勝手に境界を越えてしまうかもしれないわ」
「檻に入れて飼えばいいんじゃないかな?」
「放し飼いが楽なのよ。勝手にエサを探して食べてくれるから」
「村に被害が出ると困る。騎士団が討伐に来ることになるよ」
「私は魔女なのよ? 魔法が使えるのよ?」
「魔女だからといって何でもできるわけじゃないよ。この話を聞いた王が騎士団や魔法使いを派遣するかもしれない。そうなったらお互いに困る。怪我をするかもしれないし、一角熊も死ぬかもしれない。森も破壊されてしまう。いいことなんてないよ」
白い魔女はもう一度考え込みました。
「そうね。わかったわ。半分ずつにしましょう。でも、条件があるわ。貴方の髪を頂戴」
白い魔女は白の少年の方を見て言いました。
「拒否します」
「全部ではないわ。少しだけでいいのだけど?」
「拒否します」
「一本でもいいわ」
「拒否します」
黒の王子は首を傾げました。
「一本でも駄目なの?」
黒の王子は一本ならいいいのではないかと思いました。
「一角熊がいて困るのは村人です。対価を要求するのであれば、村人が持つものにすべきでしょう。私の髪を対価として差し出す必要はありません」
なるほどと黒の王子は思いました。
「そうだね。僕達は伝えに来ただけだ。本当は村人達と直接話し合うべきだよね」
しかし、白い魔女は村人達と話し合う気はないと言いました。
村人達は白い魔女が欲しがるようなものを持っていないというのです。
「一角熊のことを知っているということは、この世界の者ではないわよね?」
白い魔女は白の少年に尋ねました。
「答えません。答えを望むのであれば、それが森を半分ずつ使うという対価です」
「なかなか賢いわね」
白い魔女は面白そうに笑いました。
「では、こうしましょう。赤棘草を持ってきなさい」
赤棘草を植えれば、森を半分にする境界線を示すことができます。
一角熊は赤棘草を嫌がるので、赤棘草の境界線を越えません。
村人達は安心して森の半分を使えるだろうと、白い魔女は言いました。
「魔法で増やせるから、三つぐらいあればいいわ。根っこごと持って来るのよ。上の方だけ持って来ても増やせないわ」
「それはどこにあるの?」
「自分で探しなさい。話し合いは終わりよ」
黒の王子と白の少年は村へ戻り、白い魔女の話を伝えました。
「赤棘草?」
「聞いたことがない」
「知らない」
村人達は困ってしまいました。
陽が傾く前に、黒の王子と白の少年は王宮に戻ることにしました。
「夕食の時、父上に聞いてみよう」
黒の王子は父親である王に赤棘草のことを聞きますが、知らないと言います。
兄達も母親もです。
王はずっと黙っている白の少年に知らないだろうかと尋ねました。
「この世界にあるかどうかは知りません。ですが、魔法の世界の方にはあります。ただ、普通の場所にはありません。魔法植物なのです」
魔法植物というのは、魔力を持つ植物です。
成長するのに魔力を必要とするため、魔力が得られるような場所にしか生えていません。
「魔法の森にあるようなものか」
人間の世界にも魔法の森と呼ばれる場所があります。
そこにはとても希少な植物があるので、それぞれの国がとても厳しく管理しています。
赤棘草があったとしても、手に入れるのは難しそうでした。
「魔法の世界に行って、赤棘草を持って来ることはできないだろうか?」
「手に入りそうな場所は知っています。ですが、私一人では手に入れることができません」
「どうして?」
「魔法の世界に行くにはワイバーンになる必要があります。その姿では、赤棘草を持てません。見つけても、人間の世界へ持ち運べないのです」
なるほどと全員が思いました。
「じゃあ、僕が一緒に行くよ」
黒の王子が言いました。
「僕が赤棘草を持って、背中に乗ればいいってことだよね?」
「そうですね。丈夫な革袋を持って行けばいいでしょう」
黒の王子と白の少年は、赤棘草を取りに魔法の世界へ行くことになりました。
*白い魔女
白いローブを着た美しい魔女。
色々と謎が多い人物。