003 黒の王子と白の少年の秘密
黒の王子はずっと気になっていることがありました。
それは友達になった白の少年が外出してばかりいることです。
白の少年はとても優秀だったので、黒の王子よりもずっと頭が良くなっていました。
様々な魔法を使えますし、剣術や体術といった武術もできます。
白の少年は町で人々がどのように暮らしているかを学ぶため、王宮から外出するようになったのです。
世間知らずな部分を治していくのは大事ですが、白の少年の人間嫌いは治っていません。
悪い人間がいた、騙されそうになった、襲われたと言います。
黒の王子は白の少年のことが心配でたまりませんでした。
「いつも一人でどこへ行っているの? 父上も兄上達も心配している」
黒の王子は白の少年に尋ねました。
白の少年のことを王達も心配しています。
護衛や案内役をつけると言っても、白の少年に断られてしまうのです。
「危ない場所じゃない?」
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、僕も一緒に行くよ」
「とても遠いので無理です」
白の少年は遠くまで行く魔法を使うことができます。
その魔法を使って遠くへ行っているようだと黒の王子は思いました。
「残念だな。一緒に行きたかった。ずっと一人で外出しているから」
黒の王子は肩を落としました。
その姿を見た白の少年は思いました。
いつか本当のことを知ったら、黒の王子はどう思うのだろうかと。
そろそろ潮時ではないかと白の少年は思っていました。
王宮に住みながら人間について学ぶつもりでしたが、予想以上に早く多くのことを学ぶことができました。
黒の王子と過ごすのは楽しいのですが、他にも多くのことを知りたいと思いました。
そのためには王宮を離れ、遠い場所へ行く必要があります。
遅かれ早かれ、王宮を出て行く時が来ることもわかっています。
白の少年は思い切って秘密を打ち明けることにしました。
「秘密の話があります。誰にも言わないと約束してくれますか?」
「どうしても話さなければならないこと? そうでないなら、話さない方がいいと思う。秘密があることは知ってしまったけれど、話を聞かなければ、秘密が漏れることはないよ」
黒の王子の言う通りです。
白の少年は考えました。
ですが、やはり話すことにしました。
話したいのです。黒の王子にだけは。
「友達なので話したいのです」
「わかった。どんな話?」
「私は人間ではありません。竜人族です」
黒の王子は首を傾げました。
「竜人族って、人なのかな?」
「人間とは別の種族です」
「黒いワイバーンじゃないのかな?」
白の少年は驚きました。
「知っていたのですか?」
「なんとなく、そうかなって」
実を言うと、父親である王や兄王子達も同じように思っていることを黒の王子は伝えました。
なぜかといえば、白の少年があまりにも美しく優秀だからです。
本当に人なのだろうか。神の使いのような特別な存在ではないかとさえ思っていました。
白の少年は何かにつけ「人間」という言葉を使うのもあります。
白の少年が夜に外出した日、少し離れた場所にある森の方で、黒い魔物のようなものを見たという目撃証言がありました。
その報告を聞いて、王は黒いワイバーンが再び戻って来たのではないかと思いました。
昼間に森を調べさせたのですが、黒いワイバーンはいませんでした。
見間違えだろうということになったのですが、またしても別の日の夜に同じようなものを見かけたという報告がありました。
白の少年が王宮に来たのは、黒いワイバーンの使者としてでした。
同じ森に住んでいたため、互いに面識があった。人間との交渉を頼んだというのはわからなくもありません。
ですが、もしかすると、白の少年が黒いワイバーンなのではないか。
そんな風に考えると、人間離れした能力を持っているのも、様々な魔法を使いこなせるのも納得です。
もし、白の少年が黒のワイバーンなのであれば、人間と争うのを好まず、互いに傷つけあわないよう森を去ったということです。
ですが、ただ去るだけだと住む場所がなくなって困るので、王宮に住めるようにして欲しいという条件にしたのです。
それならずっと王宮にいてくれればいい。
一緒に仲良く暮らせる。問題ないと思われていました。
黒の王子の説明を聞いた白の少年はとても驚きました。
「そうでしたか」
「うん。だから、ずっとここにいて大丈夫だよ」
「ですが、人間には良い人間と悪い人間がいます」
「そうだね。でも、仲良くできる人間もいる。僕だよ。ずっと友達でいたい」
黒の王子の言葉を聞いた白の少年は考え込みます。
黒の王子とは仲良くできそうだと思ったからです。
「今は一緒に住んでいるよね? 友達以上、家族のようなものだよ。何か困ったことがあれば、相談に乗るよ。もしかして、王宮の居心地が悪いのかな? 食べ物があわないとか? 何でも言って欲しい。力になるよ」
心優しい黒の王子の言葉を聞いた白の少年は嬉しくなりました。
そして、何も話さず黙っていたことを反省しました。
「実は……森へ行っていました」
今は王宮に住めますが、いずれ出て行くことになるはずです。
それに備えて、新しく移り住めそうな場所を白の少年は探していたことを伝えました。
「ここを出て行くつもりだったの?」
「いずれは。寿命が違うので、人間と同じように年を取りません。見た目がずっと変わらなければ、おかしいと思われてしまいます」
「何歳なの?」
「わかりません」
白の少年はいつ生まれたのかわかりません。
相当前としかいいようがないのです。
「こことは違う世界にいたので」
「そうなの?」
黒の王子は驚きました。
「どんな世界にいたの?」
「私が得た知識と照らし合わせるとすれば、魔法の世界というべきかもしれません。環境が違います。多くの生物がいます。常識が違います。それだけです」
「僕でも行ける?」
「私の背中に乗れば行けると思います」
黒の王子は白の少年をじっと見つめました。
「ほんの少しだけ、行ってみたいな」
「わかりました。機会があれば、一緒に行きましょう」
二人で相談した結果、王達に白の少年が竜人族であることを伝えることにしました。
王達は驚きました。
そして、白の少年が人間と争わないよう森を出て王宮に来てくれたことに感謝しました。
「本当にありがとう」
白の少年は驚きました。
自分の正体をあえて言わずに交渉したので、騙したようなものだと感じるかもしれません。
てっきり、怒ったり文句を言われると思っていました。
「これからも仲良くして欲しい。よろしく頼む」
「黒の王子は友達なので、仲良くするつもりです」
「良かった!」
「父上、実は他にも話があります」
黒の王子は白の少年と一緒に出かけたいことを伝えました。
近い場所だけではありません。
白の少年が住んでいたという魔法の世界にもです。
「魔法の世界?」
「別の世界があるのか?」
「私も行ってみたいです!」
王や兄王子達はまたもや驚きました。
ですが、多くの人々を連れていくことはできません。
なぜなら、白の少年の背中に乗っていかなければならないからです。
「私は見た目よりも力があります。ですが、この姿を見て、多くの人々を背中に乗せることができると思いますか?」
白の少年の見た目は大人とは言えません。
背負えるのはせいぜい一人です。
「黒いワイバーンの背中に乗るのではないのか?」
「見た目はそうです。ですが、私が変身しただけです。重いものを乗せるのは難しいでしょう」
黒いワイバーンは巨体に見えますが、実際は白の少年です。
白の少年が持てないものを、黒いワイバーンが持つことはできないというわけです。
「そうなのか」
「なんとなくわかった」
「人の姿からワイバーンの姿に戻るわけではなく、人の姿から一時的にワイバーンの姿に変身するだけなのですね?」
「そうです。私の本当の姿は人の方です。ワイバーンの方ではありません」
白の少年は人間が森へ立ち入らないよう黒いワイバーンの姿に変身しただけでした。
変身した時は、空を飛ぶこともできます。
それが竜人族の特別な能力なのです。
ですが、本当の姿は黒いワイバーンではなく、人の姿の方なのです。
「試しに、黒の王子を背中に乗せて飛んでみます。できるかどうか、確かめなければなりません」
「わかった」
全員は王宮内にある芝生の広場へと移動しました。
「背中に乗ってください」
白の少年は黒の王子を背負いました。
「いいでしょうか?」
「掴まっていればいればいいの?」
「掴めなくなりますが、じっとしていてください。落とさないよう注意しながらワイバーンになります」
次の瞬間、白の少年の姿が光りました。
一瞬で、黒いワイバーンの姿に変わります。
黒の王子は黒いワイバーンの背中に乗っていました。
『このような感じです』
驚くしかありません。
ですが、確かに変身しました。
間違いなく、白の少年は黒いワイバーンでした。
『飛びます』
黒いワイバーンは何度も翼を動かし、少しずつ浮かび上がって行きます。
黒の王子は落ちないようしっかりと黒いワイバーンにしがみつきました。
やがて、黒いワイバーンは王宮の上空をくるくると回るように飛びました。
黒の王子を背中に乗せて飛んでも大丈夫そうだとわかったため、黒いワイバーンは広場へ降りました。
黒いワイバーンは巨体だというのに、着陸する時はほとんど音が出ませんでした。
黒いワイバーンの姿が光ると、一瞬で白の少年の姿に戻ります。
黒の王子は白の少年の背中に背負われたままでした。
「どうですか?」
「凄い!」
黒の王子は興奮しながら叫びました。
「なんということだ!」
王も信じられないといった様子です。
「私も乗ってみたい!」
「空を飛べるなんて!」
金の王子と銀の王子はぜひ背中に乗せて欲しいと白の少年に頼みました。
ですが、
「二人は重そうです。乗せません」
「残念だ」
「もっと体重が軽ければ」
兄王子達は悔しがりましたが、
「正直でよろしい」
王は白の少年を褒めました。
こうして、白の少年の秘密が明らかになりました。
ですが、これからも仲良くしていくこと、何かあれば話し合って解決していくことになりました。
人間でも、そうでなくても、仲良くできる方法があるのです。
*白の少年
実は竜人族。
魔法の世界の住人なので、実年齢不詳。
だからこそ、人間の世界の常識に疎い。