002 黒の王子と白の少年
ある日のこと、王宮に怪我をした少年がやって来ました。
とても若いのに、白い髪をしている美しい少年です。
「黒の王子に会いに来ました。黒いワイバーンからの使者です」
それを聞いた黒の王子はすぐその少年に会うことにしました。
「約束が違います。守られていません」
以前、緑の森に棲みついた黒いワイバーンと黒の王子は友達になりました。
そして、森の半分を黒いワイバーンの住処、半分を人間が立ち入る場所と決めました。
ところが、それを守らず、黒いワイバーンの住処にやって来る人間がいるのです。
森は広いため、こっそり黒いワイバーンの住処に行けばわからないと思っているのです。
そのせいで黒のワイバーンの住処になっている場所にも人間が入り、森の恵みを奪っていきます。
ワイバーンは肉食として知られていますが、黒いワイバーンは植物も食べます。
人間が欲しがる植物と同じものもあります。
人間が欲しいものを乱獲することによって、森の生態系が崩れてしまうのも困ります。
そういったことから、黒いワイバーンは人間が森に入るのを嫌がっていました。
ですが、半分ずつにすることで仲良くできるという考えは悪くないと感じ、黒の王子を信じて約束をしたのです。
「黒いワイバーンは怒っています。王子の返事によっては約束を無効にすると言っています。そうなれば、森に入って来た人間に容赦しません。どうしますか?」
黒の王子は困ってしまいました。
てっきり、約束が守られていると思っていたからです。
「父上や兄上に相談するよ。返事は少しだけ待って欲しい」
「わかりました。では、少しだけ待ちます。怪我が治るまでここにいます。怪我が治ったら、黒いワイバーンにどうなったのかを伝えに戻ります」
黒の王子から事情を聞いた王や兄王子達は驚きました。
王や兄王子達も、森を半分ずつ使うという約束が守られていると思ったのです。
注意をするのは簡単ですが、また守らない者がいるかもしれません。
そうなれば、今度こそ本気で黒いワイバーンは怒り、大きな被害が出るかもしれません。
王や兄王子達は、なんとかして約束を守らない人間が出ないようにしなければならないと思いました。
黒いワイバーンの使者として来た少年は白い髪を持つことから、白の少年と呼ばれるようになりました。
黒の王子は白の少年と話し、友達である黒いワイバーンや森の様子がどうなっているのかを知りました。
白の少年の話によると、黒いワイバーンの住処に来る者の全員が欲深いわけではなく、単に森の中で迷ってしまった場合もあるということでした。
「黒いワイバーンの住処だってことがわかるようにするといいかもしれないね」
「そうですね。ただ間違えただけの者は引き返すでしょう」
「黒いワイバーンはどんな植物が欲しいのかな? それがわかれば、その植物を取らないようにすればいいよね? 別の場所で栽培して、届けるようにすることができるかもしれない」
「黒いワイバーンに届けられるものを狙う者がいるかもしれません」
「そうだね」
「届けられたものに毒が入っているかもしれません。もしそうであれば、黒いワイバーンはとても怒るでしょう」
「そうだね。仲良くしたいのに、困ったな」
黒の王子は必死に自分の友達である黒いワイバーンのことを考えました。
毎日、白の少年の怪我が順調に治っているかどうかを確認しながら、一緒にどうすればいいのかを考えます。
そして、黒の王子は気づきました。
白の少年について何も聞いていないということに。
「いつも黒いワイバーンのことばかりを考えてごめん。怪我のことは考えていたけれど、他のことは考えていなかった」
黒の王子は白の少年のことについて尋ねました。
ですが、白の少年は自分のことを話したがりません。
名前も教えてくれません
それほど人間が嫌いなのです。
何度も人間に騙されたり襲われたりしたことがあるため、森の奥で一人、静かに生活していることだけはわかりました。
「どこで生まれたの?」
「遠い場所です」
「どんな場所?」
「森です」
「森の名前は?」
「森です」
「モリの森?」
「ただの森です」
黒の王子は、白の少年が世間知らずなのではないかと感じました。
黒の王子も子供で知らないことが多くあるのですが、それでもまだ白の少年よりはましな気がしたのです。
少年が森の奥で一人暮らしをしていたせいで、そうなってしまったのだろうと思いました。
「森で生活するのは大変だよ。町で暮らすのはどうかな?」
「嫌です。人間は嫌いです」
「悪い人ばかりじゃない。親切な人もいるよ。お互いに知り合えばいいだけじゃないかな? きっと分かり合えるよ」
「無理です」
「やってみないとわからないよ。それに、町で暮らした方がきっと便利だよ。病気になった時、一人だったら困ってしまうよ?」
「薬草があります」
「薬草で治らなかったらどうするの?」
「死ぬだけです」
黒の王子は白の少年のことがとても心配になりました。
森の奥で一人暮らしをするのは危険です。
本人もそれをわかっていて生活しているのですが、人間嫌いさえ治ればいいだけではないかと思いました。
「じゃあ……僕と友達になろうよ」
黒の王子は言いました。
「僕は色々なことを勉強している。誰かと仲良くなる方法も。一緒に勉強しようよ」
「ここに住むということでしょうか?」
「父上に聞いてみるよ」
黒の王子は父親である王に相談しました。
王は困りました。
黒の王子がとても優しいのはわかっています。
白の少年を王宮に住まわせ、様々な勉強をさせたいのもわかります。
しかし、このことがきっかけで、どんどん困っている人や知り合った者を王宮に住まわせて欲しいと言われたら大変です。
さほど年齢が違わなさそうな白の少年と友人関係になるのはいいとしても、王宮に住まわせることはできないと言いました。
黒の王子は兄王子達に相談しました。
兄王子達は弟の気持ちも王である父親の気持ちもわかるので、困ってしまいました。
「王宮にいる理由があればいいかもしれない」
「王宮で働けばいいのでは?」
兄王子達は白の少年でも出来そうな仕事がないか調べました。
ですが、丁度良いのがありません。
なぜなら、大人ではなく少年だからです。
話はできますが、文字を読んだり書いたりすることもできません。
黒の王子付きの従者にするとしても、王子の面倒をみるどころか、かえって王子に面倒を見て貰う方ではないかというほど、世間知らずであることもわかりました。
「黒いワイバーンの問題もあるというのに、別の問題が増えた」
「とても悩ましいですね」
すると、
「提案があります」
白の少年が言いました。
「私は様々な森を移りながら暮らしてきました。その知識を教えるということではどうでしょうか?」
一見すると良さそうではありますが、森や動植物に詳しい者は他にもいます。
それだけで王宮に住まわせることはできないと、兄王子達は答えました。
「魔物に詳しいというのであれば、また別かもしれない」
「そうですね。森に住んでいるわけですし、黒いワイバーンのことで何か知っていませんか? 苦手なものや弱点です」
白の少年は考え込みます。
そして、
「では、黒いワイバーンを森から立ち去らせるのはどうでしょうか?」
白の少年の提案に、黒の王子は驚きます。
兄王子達も同じく。
「そんなことができるの?」
「特別な魔法が使えます。黒いワイバーンが森から去れば、問題が一つなくなります。その対価として、王宮に住めるようにして欲しいのです。どうですか?」
黒いワイバーンは国にとって大きな脅威になり得る存在です。
そのワイバーンが森からいなくなれば、非常に助かります。
白の少年は大恩人です。王宮に住めるようにするという褒賞を与えてもおかしくありません。
王もその話を聞いて喜びました。
もし、白の少年が黒のワイバーンを森から去るようできるのであれば、国を救った大恩人として一生王宮に住める約束をすることにしました。
ところが、
「私は人間が嫌いです。実を言うと、黒の王子のことしか信用していません」
そのため、救国の大恩人ではなく、黒の王子の友人として王宮に住みたいこと。
黒の王子と一緒に勉強しながら読み書きや一般常識を学びたいこと。
黒の王子が死んだ時は、王宮から去ることを条件にしました。
王はその条件を受け入れ、細かい部分は誠実に話し合って決めることにしました。
白の少年の怪我が治り、黒いワイバーンがいる緑の森へ戻ることになりました。
緑の森は遠いため、王は馬や馬車やお金といった必要なものを用意しようとしましたが、白の少年は断りました。
「私は特別な魔法が使えるので、必要ありません」
「どんな魔法なの?」
黒の王子が尋ねました。
「遠くまで行くための魔法です。詳しくは教えられません」
特別な魔法は魔法使いだけの秘密です。
それは当然のことですので、黒の王子はそれ以上聞きませんでした。
王や兄王子達も、遠くへ行く魔法が使える白の少年は凄いと感じ、任せることにしました。
数日後、白の少年は王宮へ戻って来ました。
「黒いワイバーンは森から去りました。確認してください」
王は森に黒いワイバーンがいないか確認するよう命令しました。
その間、白の少年は黒の王子の特別な友人として王宮に滞在することになりました。
しばらくすると、森に黒いワイバーンがいないこと、森から飛び去って行く黒いワイバーンの姿が目撃されていることがわかりました。
つまり、黒いワイバーンは森を去ったのです。
王や王子達は喜びましたが、王宮にいる者の全員が信じているわけではありませんでした。
偶然、黒いワイバーンが飛んでいたのかもしれない。
白の少年が嘘をついているのかもしれない。
しばらくすると、黒のワイバーンが森へ戻って来るかもしれないというのです。
「あの森に黒いワイバーンはもういません。それを証明するためにも、ここに滞在します」
白の少年は王宮に滞在することになりました。
そして、森に再び黒いワイバーンが現れたら、王宮を去ることになりました。
月日が過ぎます。
森に黒いワイバーンの姿はありません。
誰も目撃していませんし、頭の中に直接話しかけられるようなこともありません。
白の少年の言った通り、黒いワイバーンは森を去ったのだろうと王は判断しました。
白の少年は黒の王子の友人として一緒に勉強しながら、王宮で過ごしていました。
白の少年はとても優秀で、短期間で読み書き計算を覚え、日常生活の知識を身につけました。
魔法も使えます。
銀の王子よりも優れており、国で一番強い魔法使いになれるのではないかと期待されるほどでした。
強い魔法使いは国にとってとても重要です。
強い魔法使いがいるというだけで、他の国から一目置かれ、争いが起きにくくなります。
白の少年が黒の王子との友情を深め、このままずっと王宮にいてくれればと願う人々が増えていきました。
「僕達が仲良くするだけで、この国が平和になるなんて凄いね」
黒の王子は白の少年に言いました。
「ずっと仲良くしようね」
「可能であれば」
白の少年は常に冷静です。
人によっては冷淡に聞こえそうな口調なのです。
そういう性格だからでもありますが、人間に騙され、傷つけられた過去を持つからでもありました。
「そうだね。ずっと大切にするよ。友達も友情も」
黒の王子は心からの笑みを浮かべました。
白の少年は思いました。
黒の王子は子供ですが、信じられそうだと。
ですが、人間は嘘をつきます。
どれほど強い気持ちであっても、時間が経てば変わることもあります。
黒の王子といつまで仲良くできるのか。
白の少年はとても興味深いと思いました。
*白の少年
白い髪を持つ美貌の少年。年齢不詳。見た目は十六歳から十七歳程度。
魔法や剣を使いこなす。博識だが、世間知らずなところもある。
冷たい印象。友達の黒の王子だけは信じれると感じ、特別視している。