02
キジハ:たしかにホストじゃないけど、やっぱりそっち系の店じゃないの。
店の名前を聞いたキジハは、スマートフォンを操作しながら呟くと電話をかけた。
キジハ:私だけど。あんたの店に彩人って奴いる? いや、別にそういうんじゃないよ。そいつの客がうちに来ててね。ちょっと代わってほしいの。
電話をかけたキジハはそう言うと、スピーカーに切り替えてハンズフリーの状態にした。
彼女のスマートフォンから男の声が聞こえてくる
彩人:店長に言われて代わりました。彩人です。キジハさんが俺みたいなのに何の用ですか……。正直、心当たりが全くないんですけど。
キジハ:あんたが彩人ね。実は水渕煤理って子がうちに来ててね。今から来れる? 無理ならいいけど。
彩人:水渕煤理? ああ、あのメンヘラですか。何かやらかしましたか、その女?
キジハ:そういうんじゃなくて来れるか来れないか訊いてるんだけど? どうなの? あとこれは別に脅しじゃないからね。あんたに責任を取らせるわけじゃないから安心して。ちょっと事情が聞きたいだけだから。
その言葉に安心したのか、彩人の声から緊張感が消えた。
彼は明るい声で話を始める。
彩人:実はそいつ、うちの常連なんですけど、もう売り掛け溜まりすぎてパンクしてんですよ。知り合いの風俗で働いて返させようとしたんですけど、あの容姿でしょ? 客もつかなくてろくに稼げなくて、店的にも俺的にも困ってる状態なんです。
キジハ:そうなんだ。そいつは困った客ね。
彩人:そうなんですよ。金も回収できないし、パキってんのか知らないけど鬼電とかも酷くて。メンヘラ発動してマジ災難なんですよね。
それから彩人のススリに対する真情が吐露された。
彼の本音を聞いたせいなのか。
ススリは両目と口を開けたまま、ただスマートフォンを見つめている。
ススリ:嫌わないで! お金なら頑張るから嫌わないでよ彩人ッ!
突然叫び出したススリ。
彼女がそうなることをわかっていたのか。
キジハは、いつの間にかスマートフォンをハンズフリーから切り替えていた。
キジハ:オッケーだよ、彩人。つまりあんたは来れないってことね。
彩人:はい。でも、もう縁切ろうと思ってましたけど、迷惑かけてるなら行きますよ。キジハさんに何か頼まれたら断らないように店長から言われてますし。
キジハ:いいよ、別に来る気ないなら来ないで。今回はそういうんじゃないから。
そう返事をしたキジハは電話を切った。
彼女の目の前では、ススリが俯いたままその身を震わせている。
ススリ:もう終わた……終わっちゃった……。
泣き止んでいたススリが、また涙を流し始める。
ススリ:彩人はわたしをこの世界から救ってくれた人だった……。わたしには価値があると教えてくれた人だった……。どこでも浮いて、陰キャなのにイキってるって言われてるわたしなんかのことを可愛いって言ってくれて……。でも、わたしは彼にとってただの客だった……。
キジハ:事実を知ってショック?
ススリ:本当はわかってた……自分でも……。お金がほしいから優しくしてくれているって……。でも、それでもわたしは愛してた……。ずっと離れなければ、いつか彼と一緒に暮らせるって……思ってた……。
キジハ:じゃあなに? 彩人も殺して自分も死ぬとか? メンヘラ女の定番だけど。
ススリ:わたしはそんなことしない、わたしは違うもん。ぴえん系嫌い、大っ嫌い……。
キジハ:ならどうするの? 失敗して金も手に入らない。推しにも捨てられた。この後どうするのあなたは?
訊ねられたススリは何も答えない。
だがキジハはそれ以上何も言うことなく、彼女が口を開くのを待っていた。
狭く暗い部屋が静寂に包まれる。
それから、しばらくの沈黙の後。
ススリは、涙でぐしゃぐしゃになったその顔を上げた。
ススリ:殺してください……。悪いことしたし、面倒だと思いますけど……。
キジハ:さっきは殺さないでって泣いてたのに、今度は殺してほしいんだ。泣きながらってのは同じだけど、言っていることは正反対ね。
ススリ:わたし、行くところも何もないんです……。彩人だけだったんです……。居場所なんてどこにもない。
キジハ:笑顔でいられるなら、そこがあなたの居場所よ。ただそれがもう男の傍じゃなくなっただけの話。
ススリ:そんなところない……。彩人はわたしのすべてだったんです。ずっと生きてるだけで精一杯で何をやってもダメで家でも学校でも苦しくてずっと家出たくてお金貯めててそんなときに彼と出会って……。可愛いって言ってくれて……。わたしを受け入れてくれて……。でも、彩人にも捨てられちゃったぁぁぁッ!
声を張り上げたススリに、キジハは静かに語りかける。
キジハ:大丈夫よ、あなたには私がいる。私が寄り添ってあげる。さっき言ったでしょ? あなたに期待してるの。
キジハはそう言いながら、ススリの拘束を外していく。
そして、震えるススリの身体を抱きしめて、彼女の耳元にそっと顔を寄せた。
キジハ:他人の評価なんて気にしなくなるまでずっと傍にいてあげる。行く場所がないなら私の会社に来なさい、ススリ。
ススリ:うぅ……うぅ……うわぁぁぁんッ!
キジハに抱きしめられたススリは泣き叫んだ。
彼女は爪がキジハの火傷した身体に食い込むほどの力で抱き返し、喉が潰れてしまうかと思うほどの声で喚き続けた。