01
狭い部屋で若い女がひとり椅子にくくりつけられていた。
暗い照明の下で、腫れ上がった顔で涙を流す女が俯いていると部屋の扉が開く。
キジハ:こんばんは。水渕煤理だっけ? 私は油瀬雉刃。あなたが盗みに入った警備派遣会社で社長をやってる人間よ。
ススリ:ぐえぇぇ。ううぇ、うぇ……。
キジハ:あら? せっかく挨拶しているのに返事もないの。まあいいけど。さて、なんであなたはうちを狙ったの? 誰かに頼まれたとか?
ススリ:わたし……お金がほしくて……。この会社がオレオレ詐欺のグループだって知って盗んでも大丈夫だって思って……。
キジハ:それっておかしいよね? 普通は逆じゃない? うちが半グレの会社だってわかったら、関わりたくないと思いそうなものだけど。やるならコンビニとかのほうがリスク少ないんじゃないの。
ススリ:漫画で読んだんですぅ……。犯罪者は被害届を出せないから大丈夫だって……。
キジハ:あなた……なかなかイカれてるわね。じゃあ、誰かに頼まれてうちを狙ったわけじゃないんだ。
キジハはそう言うとススリに近づいた。
その顔を手でつかみ、自分の目を見るように顎を上げる。
キジハ:あなたに興味が出てきた。どうしてお金がほしいの? 見た目で判断するに、ホストに貢いでるって感じだけど。
ススリの格好はフリルやリボンの付いたブラウスにショートパンツ。
さらにリストカットの痕や、可愛らしいファンシーな動物がカミソリを持っているタトゥーがあった。
ススリ:彩人はホストじゃないもんッ! 彼はわたしの希望で未来で命なの! 彩人はそのうちスゴイ人になる! 彩人しか勝たん!
キジハ:あ、そう。やっぱ貢いでるんだね。しかもかなり重症っぽい。それにしても、この状況でよく吠えられるね。怖くないのかな。
冷めた表情になったキジハが、ススリから手を放して距離を取る。
そんな彼女を見て我に返ったススリは、再び震え始めた。
ススリ:わ、わたし……見せしめに殺されるんですか?
キジハ:見せしめって、あなた。そんな簡単に人を殺せるわけないでしょ。
ススリ:そ、そうなんですか? でも、映画とか漫画じゃ……。
キジハ:フィクションじゃそうでしょうね。だって殺した次のシーンにはもう死体なんてキレイさっぱりなくなってるんだもの。現実はそうもいかないのにさ。実際は死体の処理が一番メンドーなのに、話作ってる奴はそんなことも知らない。
ススリ:じゃ、じゃあ、わたし……殺されないんですね!
キジハ:喜ぶのはまだ早いって。それはあなた次第よ。大変ってだけで始末できないわけじゃないんだからね。
ススリ:わたし……エッチなこともがんばりますぅ……。どんなプレイも平気なんで……命だけはどうか……。
キジハ:そんな身体中にリスカ痕やスミ入ってて客がつくと思う? どうせ身体売っても稼げないからこんなマネしたんでしょ?
ススリ:はい……そのとおりですぅ……。
俯いたススリに、キジハがまた顔を近づける。
キジハ:私はあなたにそんなことは期待していない。私が期待しているのは、あなたの腕っぷしと度胸よ。
ススリ:ほえ……?
キジハ:あなた、うちの社員に囲まれたときに警棒奪って逆に6人ぶっ倒したって聞いてる。そんな女の子なんてどこにもいないでしょう。フツーじゃないって。
ススリ:そ、それは……必死だったんです……。彩人と会いたくて……お金がほしくて……。
しばらくの沈黙の後、キジハが口を開く。
キジハ:ねえススリ、私を見なさい。
ススリに声をかけると、キジハは羽織っていた雉と刃物の柄のジャケットを脱いだ。
彼女はその長い金髪を揺らしながら、ぶら下がっていた照明を自分のほうへと向ける。
キジハを見たススリの目には、Tシャツ姿の彼女が映った。
美人ではあるが、顔の他、首筋や胸元、腕などに大きな火傷痕がいくつもある。
キジハ:私もあなたと同じなのよ。この身体のせいで、若い頃は売春どころか抱いてくれる男もいなかった。裏じゃ私のことを火傷女って呼んでる連中もいるみたい。
ススリ:自分でやったんですか、それ?
キジハ:ある意味じゃそうなるかな。その話はまた今度してあげる。まずはやることやってからね。
ススリ:やることって……?
小首を傾げたススリの前で、キジハはポケットからスマートフォンを出した。
キジハ:あなたがさっき言っていた男の名前って彩人だっけ? そいつってホストじゃなくてもどっかの店で働いてんでしょ? その店の名前を教えて。
ススリ:えッ!? そ、そんなことできません! 彩人に迷惑がかかっちゃう!
キジハ:別に取って食おうとか思ってないよ。ただ、その男に訊きたいことがあるだけなんだけど。
ススリ:無理ですぅ……。彩人だけは……彩人だけには嫌われたくないんですぅ……。それだけは死んでも無理ぃ……。
キジハ:困ったね。そうだ、じゃあこうしようか。あなたがうちに盗みに入ったことは喋らない。それどころか、その彩人って男が迎えに来てくれるなら全部なかったことにしてあげるよ。
ススリ:本当ですかッ!? 本当に許してくれるの!?
キジハ:ええ。だからその男の店の名前を教えて。
提示された甘い言葉に鵜吞みにし、ススリは店の名前を伝えた。