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銀翼の荒鷲、蒼穹を放つ刻

作者: 近衛真魚

 青い空は、人の手から奪われた。

 この町の人が見上げるのは、天を覆う巨大な金属の塊。


 それが現れた時、それが何なのか説明できる人間は居なかった。


 巨大都市を丸々覆いつくすほど巨大な、宙に浮く何か。

 明確なまでにはっきりと見える、「宇宙船」


 しかしそれを、多くの人々は認められなかった。


 おっかなびっくり近づく偵察機に、地上からの撮影に、それは無反応を貫いていた。


 そして人類にとっては不意に、それにとっては予定されていた通りに、人類への攻撃は始まった。


 東京、ロンドン、ワシントン、ニューヨーク、モスクワ、北京、大阪、アムステルダム……唐突に天から降り注いだ光の柱を防ぐことのできる防御システムなど、世界のどこにも存在はしなかった。



 Invader from the unidentified universeと呼称された地球外知的生命体の攻撃を受け、各国の軍はほぼ成す術もなく破れ、撤退を繰り返した。


 1週間、たったそれだけの間に、日米中露独仏伊英と名だたる巨大国家の軍は倉庫を逆さに振っても何も出てこないほど破壊しつくされた。

 もはや、この星の空は地球人類の物ではない。

 時折思い出したように行われる空襲に対して、基地に敷設された対空装備で迎撃戦闘を試みても、効果など薄いという事は、第二次世界大戦で十分に研究されつくした事だ。

 しかし、何もしない訳には行かない。軍施設はその堅牢さ、なによりも広さから一般市民の保護施設としても使われている始末で、最早基地を守る事が国民、市民を守る事に直結しているからだ。


 たとえそれが、超音速ミサイルを余裕で迎撃するバケモノ戦闘機の群れに、25mmの対空機関砲で挑む無謀な挑戦だとしても。


 だから、そこにある基地ではその戦闘で全てが全て吐き出された。生き残っていた現用戦闘機は全て離陸し、基地内部にモスボールされていた第二次世界大戦の機体までもが、その封印を解かれて実に100年ぶりの戦場の空へと昇って行った。

 そして初の敵機撃墜、それを成したのは最新鋭の高速機ではなく、旧式も旧式のP51Dだった。

 速度差でオーバーシュートするしかない敵機を狭所に誘い込んでのマニューバキル、低速域でのドッグファイトがまだ生きていた時代の老兵が、正体不明の怪物を叩き落した。

 はじめは誰もが偶然だと断じた。しかし、F4Fが、零戦が、スピットファイアが、コルセアが、足りない火力を補うために仕掛けた機動戦という罠に侵略者たちの宇宙船が落とされるに至って、米国のその基地から、ある通信が全世界に飛ばされる。


「侵略者の円盤は1000km/h以下の目標を追う時、恐ろしいほどに不安定になり、機動力を失っている」と


 2080年 12月24日

 もたらされた思わぬプレゼントを手に、各国は反撃の用意を整える。

 と言っても、新型レシプロ戦闘機の設計など、今日明日で始まって終わるものではなく、少なくとも当面は「ありもの」でどうにかする他にない。

 とっさにどうにかできるのは、やはりアメリカとロシア位の物であり、もはやどうにもならないの代名詞が日本だった。

 先の二国が、飛行可能なものはそのまま徹底的なメンテナンスと再武装を施す事で戦力化し、静態展示品までもオーバーホールの上で利用可能にしようとしている間、日本では「第二次世界大戦の過ちを繰り返すな!」と中国系、韓国系不法密入国者によるデモが頻発、また、それら二国からの票と金に依存していた民主党をはじめとするいわいる「左翼政党」が全力でレシプロ戦闘機再生産の足を引っ張った。

 その為に何十年も前の与党議員の失態を蒸し返して、なぜか現政権に責任を問うという、超の字が200や300は付きそうなウルトラCの謎理論を展開させ、そんな事をしている場合か、というまっとうな国民の声には全力で耳を塞いだ。


 そんな事をしている間に人口100万以上の都市は次々と侵略者に焼かれ、それでもなお「与党の疑惑」を追求しようとする左翼政党に対して、ついに国民の怒りが爆発。

 「売国奴の集まりを生かして帰すな」「奴らの鼻を塩漬けにして特定アジア三国へ送り返してやれ!」と暴動が起こる始末で、いわいる左翼政党は即座に自衛隊に暴動の鎮圧を要請、それによってますます火に油どころか、デーモン・コアを力いっぱい上から押し付ける事になった。

 そんな中、ある日侵略者の円盤は静かに高度を取り、安全圏から暴動を眺めるかのような行動をとり始めた。

 それが人口密集地帯をあらかた焼き尽くして作戦の次の段階に移ったのか、この状況下で内ゲバを繰り広げる国民性に侵略者がドン引きして距離を取ろうとしたのかは、今となっては定かではない。

 いずれにせよ、それが好む好まざるものであるに関わらず時間の確保はでき、日本でも航空メーカーとかき集められるだけかき集めた当時の資料を基に、レシプロ戦闘機の生産が開始された。

 むろん、自分たちの「正しい意見」を無視された左翼政党は怒り狂ったが、それ以上の怒りを国民から向けられると流石にたじろぎ、国民も、戦闘機製造を強行したメーカーもぼろくそに言いながら我が身可愛さ第一で政治経済の最前線から撤退した。

 一致団結を成し遂げた日本は、諸外国が唖然とするような速度で零戦、紫電改、雷電の再生産体制を整え疾風、五式戦の設計図を引き直し(これには精密なモデルを作り出す為に外国に残された実機を徹底的に調査したプラモデルメーカーのデータが生かされた)挙句の果てには出来るだけ損傷を少なく墜落「させた」侵略者の円盤から、武装を移植した、という噂まで流れ始めていた。


 場所は戻ってアメリカ、エリア51空軍基地。


 スクランブルのサイレンをかき消すように、レシプロ機が次々と舞い上がる。

 速さではなく遅さが武器になる時代が来るなど、だれも考えていなかった。しかし、現実としてこの戦いは旧世代の戦闘機達を必要とした。

 一つの勝利の為に。無数の犠牲を要求して、翼は空を駆ける。


 かつての濃緑色ではなく、目の覚めるような銀に塗装された零戦、そのパイロットである彼は、無言のままコクピットに潜り込み、気圧計を調整、手動燃料ポンプを動かし、エンジンに燃料を注入する。

 整備員がプロペラをゆっくりと回すのを確認すると、主電源をオンに入れ、プロペラピッチ、MCレバーを確認。

 カウルフラップを全開にしてから電気系統のスイッチをオンにする。

 整備員がエナーシャを回し、エンジンが目を覚ます。

 誉エンジンを現在の技術で徹底的にチューンし、改良した、1940年代には考えもできないほど高性能のエンジンが音を立てて回りだす。


「コンタクト!」


 右腕を頭の上に突き出し、ぐるぐると回す。それを見た整備兵は直ぐに機体から離れていった。

 エナーシャースターターレバーを引き、スターターを結合すると、いよいよこの機体は凶暴性をあらわにしてくる。

 油圧、電圧、排気温度は正常、最後に磁気コンパスを確認するとタキシングを開始。

 滑走路に誘導された機体はそのまま空へと駆け上がる。

 翼を並べて空を駆ける多種多様、多国籍の航空機達。それに相対する侵略者の戦闘機級円盤は、まるで示し合わせた様に同時に集団からばらけた。

 かつて戦場で猛威を振るった高機動の機体は、時代が過ぎてもその鋭さを欠けさせる事は無かった。

 寧ろかつては考えられなかったほど高い平均で安定するエンジンと、高オクタンの燃料を与えられたことで、その性能は跳ね上がっていた。

 だからと言って今戦っている相手とは蟻と巨象ほどの戦力差がある訳だが。

 それでも、最高速を求めた巨象にとって、ちょこまか動き回る蟻は、弱いが狙いづらく、しつこい敵ではあるだろう。

 遅すぎて追いかけるのにも苦労する敵と、弱すぎて致命的打撃を与えられない味方。

 そうなれば、旧式機が超高性能の敵機を落とすために利用するのは敵パイロットとその闘争心となってくる。


 引っ掻き回し、追い込み、追わせ、叩きつける。

 速度が遅く、旋回半径の小さなレシプロ機はそれを可能とした。

 

***


 撃たれれば助からない。決死の戦場。

 しかし誰もが、そんな事を考えてはいなかった。

 誰もが、どこかの誰かの為に闘う空は、血と炎に赤く染まった。


 彼は手練れの機体に追い回された。

 狭所を潜り、ビルの間を飛び抜け、海面への急降下にすらついてこられ、その技量に内心舌を巻く。

 ならば、と高層ビルの壁面にそって急上昇中、一気にエンジン出力を落とす。

 後方から追尾してた敵機は決して慌てずに上昇をかけ、目の前のビルにぶつからないよう壁面を駆け上がる。

 その一瞬だけ、自らが追っていた機体から目をそらし、それ故に、彼は獲物を取り逃がしたことに気づかなかった。


 ハンマーヘッド、垂直上昇からの失速反転で垂直降下に機動を変化させる曲芸飛行。建造物の近くでやるなど自殺行為以外の何物でもないが、小型高機動のゼロ戦はそれをやってのけた。

 気づいた敵が再度こちらを追尾するのには、一度上昇しきってから大きな旋回半径で一々回ってこなければならない。

 その間に体制を立て直す事は、彼にとって難しい事では無かった。

 ぶつけられそうになった敵パイロットは大分頭に来ているだろう、空戦はアツくなった奴から死ぬ。師の教えが彼の頭によぎった。

 ある程度の高度を取った時、不意に背を走った「嫌な予感」がフットペダルを蹴らせ、操縦桿を押し倒した。


 一瞬前まで機体が居た場所を通過する曳光弾。おぞましいほどに速いそれが、仮称「レールガン」の火線だと気づいたのは、地面が爆発した時だった。

 上空から2機、突っ込んできた宇宙船が編隊を崩さずに上昇していく。

 右へ左へ、旋回するまでのわずかな直進を狙ってその2機は編隊を決して崩さずに襲ってくる。


 サッチ・ウィーブ。かつて米軍が行っていた2機ペアでの戦闘機動。

 偶然なのか作戦なのかは判らない、しかし彼は徐々に追い込まれていく。


 不意に、無線通信ががなり立てる。


<ト・ト・ト>


 直後、彼を追い回すのに夢中になっていた2機は、上空から放たれたレールガンの直撃を受けてエンジンから火を噴いた。

 急激に落ちた高度を取り戻そうと編隊を乱す2機に襲い掛かったのは……


 航空自衛隊の洋上迷彩に塗りなおされ、翼内20ミリ機関砲を鹵獲したレールガンに積みなおした、紫電改だった。

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SF アクション 空中戦 レシプロ戦闘機
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