第八話 唯一の侍女
俺とサクラは試験会場の端に移動する。
「《ジャミング》」
俺は地面に手をつき魔法陣を展開し設置する。
認識阻害の魔法を設置した。
そして、拳を握りしめサクラの頭に落とす。
「痛っ!?」
サクラは頭を手で押さえながら蹲り悶絶する。
涙目で見上げてくるサクラに怒りの籠った視線を向ける。
「何で俺が怒ってるか、分かるか?」
「えっと……私が魔力欠乏症になってしまったから?」
流石に分かってるか。
「分かった上でやったのか?」
「じ、実は……私、あの三つ以外に攻撃系の魔法を使えないのです」
「……はい?」
俺はあまりにも予想外の答えに戸惑う。
あの魔法は俺の目には威力だけなら危険度Sの魔法に見えた。
おそらく極東の魔法の一つなのだろうが予想以上の火力だ。
まあ、こっちでは知られてない魔法だから危険度はなしという判定だろうけど。
「基礎的な魔法は使えますけど……それ以外はからっきしなんです」
「……ああ、そういうタイプか」
人によって得意不得意の魔法が変わってくる。
セレナのような全ての魔法を超高水準で使える人もいれば、逆に全ての魔法が壊滅的なまでに使えない人もいる。
……あいつ曰く魔法には属性がある。火・水・風・土・光・闇・空・聖を『系統属性』、それ以外の属性を『番外属性』とあいつは呼んでいた。
どの属性が得意とするかは血筋も関係しているらしい。
そしてサクラはその中でも異端中の異端。番外属性にのみに特化しているのだ。
《フレイムショット》や《アクアショット》といった危険度がかなり低い魔法しか使えないのがその大きな証拠だ。
「魔法の属性はなんだ?」
「えっと……母さん曰く『光』らしいです。でも、光の魔法がこれしかなくて……」
「あー言わんくて良い。何となく理解できた」
俺はサクラの言葉を遮り後頭部の髪を掻く。
察するに、サクラの母親は自分の娘に本来の属性を教えていないのだ。
あれは光よりも聖の方に近い魔法の特性だ。
そして、聖とも違う。
……ここら辺は深掘りしなくても良いか。
「たく……とりあえず、施術するから背中を見せてくれ」
「ど、どうしてですか!?」
サクラは赤面し胸を抱きながら後ずさる。
「あれ……?」
サクラの体から力が抜け膝から地面に倒れる。
俺は倒れかけるサクラの身体を支える。
無理をするからだ、全く……。
「あくまで俺は魔力を回復させただけだ。だが、体力の消耗までは治せない」
しかも厄介な事に、魔力欠乏症を魔法で治すと欠乏症時に消費した体力を自分では認識できない。
そのため、魔力を回復させる魔法に加え、体力を回復させる魔法も使わないといけない。
「体力の回復ができる魔法は心臓に近い部分でやる必要がある。流石に胸の中に手を突っ込む訳にはいかないだろ?」
「うっ……」
サクラはたじろぎ周りを確認した後顔を真っ赤にしながら俺に背を向け服を捲し上げる。
俺はサクラの肌を手で触れる。
肌は柔らかく肌に触れただけで魔力の流れも詳細に感じることができる。
「は、早くしてくださいぃ……」
サクラがこちらを向いて恥ずかしそうに俺に伝えてくる。
さっさと施術を終えないとな。
「《波動》」
掌に収まった大きさの魔法陣が展開される。
魔法陣を中心に赤色の光の波がサクラの身体に広がる。
体力回復系の魔法は魔力回復系の魔法と同じく稀少だ。
「よし、終わったぞ」
波動が終息すると背中から手を退かす。
サクラは捲し上げた服を降ろし真っ赤にした顔を向ける。
「うう……体力が確かに回復しているから文句言えない……」
「文句言うなよ」
別に俺はサクラの味方ではない。
ただ気紛れに助けたやつを見捨てれる程人として終わっていないだけだ。
それと……。
「カインさん危ない!」
サクラの声と共に俺は反転しながら水平に蹴る。
蹴りの間合いにあったナイフを壊す。
……さっきのナイフはあの女のものか。
そんなことを考えているとナイフを持った女が歩いてくる。
「一目につきにくい場所に移動していたと思ったら……淫乱ピンクと盛っていやがって」
「い、淫乱ですって!?」
女の暴言にサクラが反応し刀の柄に右手を置く。
顔がさっきより真っ赤だし手が震えてる。それで良いアクションができるとは思えないが……。
ま、そこら辺の問題ではないか。
「古来よりピンク髪は淫乱と相場が決まっている」
「そんなのデマです!」
女はサクラに指を差しながら笑う。
サクラは噛みつきかねない雰囲気で睨み付けながら吠える。
やれやれ……相性が良いのか悪いのか。
「というのは冗談でして……まあ、連れ込んでいたら流石にナイフを投げてましたけど」
「いや、投げてたけど」
「あら、そうでしょうか」
この女……掴み所がなくて飄々としているから苦手だ。
このフリーダムさはあいつそっくりだがそれでもまともな主軸があるだけマシか。
「そういえば、お前の名前はなんだ?」
「下郎に教えるつもりはないですが……まあ、構いませんか」
女は両手を重ね丹田の辺りに乗せる。
「私はハーミット・ジャーダ。第五皇女の唯一の侍女です」
「だ、第五皇女!?」
「……やっぱしな」
サクラは驚きの声をあげ俺は少しハーミットに警戒心を見せる。
第五皇女は自分の侍女以外はごく限られた人しか会わない人間不信だ。
そんな女が自分の侍女を連れてこないとは考えられない。
「じゃ、じゃあ国王陛下の推薦を断ったと言ってましたけど……それって」
「ええ、そこの下郎は私の主人の護衛を断ったのです」
ハーミットは持ったナイフを投擲するように構える。
「本当に大出世できたんですね……」
「ま、俺はそこら辺無欲だからな」
上に上がる労力よりも様々な土地を渡り歩いた方が遥かに楽しい。
あいつとは魔法や性格は合わなかったけど町巡りの趣味だけは合ったからな。
「私としては戦う事しか出来ない野蛮な下郎でしかないので」
「そう思ってくれたら助かるよ」
「では、私はこれで」
女はナイフを袖に隠すと人混みの中に戻る。
やれやれ……本当に変なメイドだな。ま、色々と苦労してきただろうからな。
俺は地面に手をつき認識阻害の魔法を解除する。
「な、何ですかあの人は……!言いたい事だけ言って帰って……!」
頬を膨らませて怒るサクラは不満しか無さそうだ。
俺は周囲を見渡し別の場所に動いているのを確認する。
「ま、色々とあったんだろ。……っと、魔法試験も終わったようだし動こうか」