第七話 魔法試験
最初は魔法試験だ。
三十分程待った後、説明を受けて俺らは試験会場に移動した。
10メートル先にある等身大の土人形に向けて魔法を放つ。回数は三回でミスしても一回と換算される。
まあ魔法の強度や速度、属性、魔力の量を計る試験だろう。
試験官は妙齢のウェーブがかった赤い髪の女性で淡々と試験を行っている。
俺はきょろきょろと辺りを見回す。
セレナとグレーセの姿はないな。別の試験会場になってしまったか。
「どうかしましたか?」
「いや、妹の姿を探していた」
「妹さんがいたんですか?……しんぱいなんですか?」
「いんや。あいつが試験に落ちるなんて予想できないからな」
あいつの実力は折り紙つきだ。
それこそ、俺が楽に勝てるのは肉弾戦か治癒魔法だけだ。
中長距離だと本気でやらなければ勝てない。そうすると、周囲一帯が焦土に変わってしまう。
「きゃあ!?」
おっと。
地震のような地響きと共に大地が揺れる。
衝撃波が撒き散らされ空に浮かんでいた雲が吹き飛ぶ。
倒れそうになったサクラの身体を支える。
「な、何ですかこれぇ!?」
「……妹の魔法だ」
「はいぃ!?」
泣きべそをかきながらサクラは見上げる。
俺は説明するのを躊躇い苦虫を潰したような顔をしてしまう。
そして、諦める。
「《偽法・アースフォール》。指定した空間内の地面の地殻を吹き飛ばす魔法だ。危険度はない。使用者次第では都市一つを消し飛ばすことも可能だ」
国は魔法ごとに危険度を指定している。
その魔法が持つ影響力からEからSまで危険度が振り分けられる。
そして、その中でもあまりにも規格外の魔法はそもそも指定しない。知られてはいけない情報を記してはならないからだ。
通常の《アースフォール》もその一つである。
「はい……?」
あまりのスケールの大きさにサクラは唖然とする。
都市一つを消滅させる。それほどの魔法が敵国や犯罪組織、反王国派に知られれば確実に悪用する。
それなら、知らない方が良い。……あいつは知っていたけどな。
「そ、それってすごく危険なのでは……」
「さあな。あいつは色々特殊だからな」
ちっ……アグロマの野郎、本当にとんでもないものを置いていったな。
「……カインさんは比べられて惨めに思わなかったんですか?」
「いんや。そもそも、あれはあいつがアレンジしたものだしな」
「え……?」
そもそも《アースフォール》は数時間の詠唱が必要とする極めて集中力を有する魔法だ。
普通なら試験で使える代物ではない。
「あいつは、《アースフォール》をアレンジして対人戦に使えるまで変則的に変化可能にしたんだ」
だからこそ、一工程で魔法が発動したわけだからな。
「た、対人戦……」
「ま、今回は流石にやりすぎだから拳骨確定だな」
俺がため息をついているとサクラの名前が呼ばれる。
サクラは「は、はい!」と言って白いラインの前に立つ。
あの試験官は動じてないのか。割りきっている……というよりもあの魔法を知っているからか?
「それでは始めて下さい」
「はい!《フレイムショット》《アクアショット》!」
サクラの胸の高さに赤と青の魔法陣が展開される。
それと同時に火の玉と水の玉が放たれ人形に着弾する。
「なるほど、同時展開ですか。受験生としてはやるようですね」
同時展開は名前の通り魔法陣を同時に複数展開する技術だ。
魔法騎士になるにはこれができて一人前という風潮があるらしい。
そう考えると、サクラの技量は高いほうだろう。……まあ、最後の一発はかなりヤバそうだけど。
サクラは目を瞑り掌を合わせる。それと同時に魔力が高ぶる。
「その魔法は……まずい!《ディメンションダウン》!」
「《天神三宝・草薙之剣》」
慌てた試験官が魔法陣を展開し空間を断絶させた障壁を作る。
受験生と自分をサクラから隔絶し安全を守るためだ。
それと同時に空に俺が見たことない方式で描かれた巨大な魔法陣が現れる。
魔法陣の中心から光の巨大な剣が現れる。
重力に従い光の剣が土人形に向けて落ちていく。
土人形を呑み込み地面に触れた瞬間眩い光と衝撃が障壁内で吹き荒れる。
空間を断絶させた障壁は罅が入り、罅から光や衝撃が吹き出す。
「「「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
突風を思わせる衝撃波に周囲にいた連中の何人かが吹き飛ばされドミノ倒しのように地面に倒れていく。
俺はその中魔力を漲らせて《天武》を使い踏ん張る。
何て魔法だ……。ここまで強烈なのは見たことないぞ……。それに、こいつの魔力量だと……まずい!
光と衝撃が次第にやんでいく。地表を消し飛ばされていた。
「はあっ……はあっ……ごほっ、ごほっ!」
その中でサクラが地面に膝を落とし手をついていた。
その息は荒く、口から血を吐いていた。
やっぱり……!
「試験官!早く魔法を解いて!」
「ええ、分かってます!」
試験官が魔法を解くと同時に大急ぎでサクラの元に駆け寄る。
サクラは意識はハッキリとしているがそれ以外がだめだ。
肌は少し黒ずみ、息は荒く、魔力は少なく流れもか細い。
「間違いない……!魔力欠乏症ではないですか!?」
魔力欠乏症は名前の通り体内に内在する魔力が枯渇寸前になることで起きる病気だ。
魔法を使い始めて間もない子供によく起き、最悪の場合命を落とす危険性もある。
自然回復以外で治すには専用の魔法を使わなけれならない。
この場でそらを使えるのは……俺だけか。
「《聖符・マナ》」
俺は掌サイズの魔法陣を展開する。
展開した魔法陣は一枚の紙の形状となる。
魔法陣をサクラの胸の中心に張り付ける。
すると、たちまち肌は元に戻り、息も正常になり、魔力の量もある程度回復した。
全く……ヒヤヒヤしたよ。流石にいきなり魔力欠乏症になるなんて。
「すみませんカインさん……」
「たく……」
立ち上がったサクラは俺に向けて頭を下げる。
あとで拳骨だな。
「……とりあえず、サクラさんはこれにて魔法試験を終了とする」
「はい……」
「それと、カインさんはこの試験を受けなくて良いです」
「それはまた、なぜ?」
確かに魔法を発動したが……まさか、これで失格扱いではないよな。
まあ、それでも文句はないけど。
「《聖符》の魔法は極めて稀少かつ危険度も高い。そのため使い手が僅かしかいない。それをあそこまで手早く使えたのだ、それだけあれば君の実力を見るには十分だよ」
「……そりゃどうも」
柔らかい笑顔を向ける試験官に頭を下げ、ついでにサクラの頭を下げさせてその場を去る。
まあ、攻撃系の魔法を使わずに試験を突破できて良かった。