第五話 決闘の決着
豚は怒り心頭の表情を俺に向ける。
しかしその呼吸は一切乱れていない。
呼吸は魔力制御の中でも基礎的な制御方法だ。基礎的だが最も重要な技術の一つでもある。
豚の体の周りから黒い光が漏れだす。
先ほどとは比較にならない速度で豚が接近してくる。
振り抜かれる剣を俺は後ろに飛び退いて躱す。
「《魔武》か」
俺は冷静に呟く。
《魔武》は魔力を身に纏い身体能力を向上させる技術だ。
「ああそうさ!君たち平民は魔法を我流なんだろ?僕たちは違う。一流の騎士たちに魔力の使い方も魔法の使い方も学んでいるのさ!格が違うんだよ格が!」
「そんな事を言ってるのに当たってないけどな」
豚が振るう剣を呆れながら躱していく。
動きには事前に予備動作が起きる。逆に予備動作を見抜けば簡単に攻撃は躱せる。
一流の騎士ならこの動きをなるべく消したり手首の動かしたり振るう度に剣の角度を僅かに調整したりといった小技を使うものだが……この豚にはそれがない。
ただ力でごり押す。弱者をいたぶるためだけの技。
そんな甘っちょろい攻撃を躱すのは容易い。
「くそっ!当たれ当たれ当たれ!!」
「無駄だ」
闇雲に振るわれる剣を俺はよく見て躱してく。
こんな攻撃しか出来ないのに騎士になるだと?笑わせる。
「なら――!」
より加速した豚が俺の横を通りすぎる。
回り込むつもりか?だがあれほどの加速だと大きく回らないといけな……!
まさか!
「動くな!」
「ひぅ!?」
豚は醜悪や笑みを浮かべながら少女の首筋に刀身を当てる。
少女は目からボロボロと涙を流す。
後ろに下がらせていた少女を人質にとったのか。騎士として以前の問題だ。
豚という家畜以下……ゴミだ。
邪悪に怒りを覚えながら辺りを見回す。
これは周りも予想外だったらしくかなり驚いている。
しかし、誰も動かない。
はっ――当然か。こいつらだって貴族だ。平民か貴族か、どちらの味方になるか選択を迫られたなら、こいつらは貴族の味方になる。
「ははは!君が悪いんだ。平民風情が、この僕の攻撃を避けるなんて!そもそも、貴族である僕が平民と真っ向から勝負すると思ったかい!?」
「……そうか」
なら、もういい。
俺は身体を巡る魔力を滾らせ《天武》を発動する。
それと同時に地面を蹴り豚の背後に回り込み僅かに跳びながら水平に蹴る。
「がっ――!?」
無防備な豚を蹴り飛ばし少女の身体を抱える。
豚はそのまま地面を何度もバウンドし意識を失う。
ちっ……こんなゴミに《天武》を使う必要はなかったのに使ってしまった。俺もまだまだだな。
「「ガインド様!?」」
理性が追い付いた周囲はどよめき、小太りとガリが豚に駆け寄る。
そして、俺は周囲から特上の殺気を浴びせられる。
貴族どもからしたらあまりにも不愉快極まりない現実だろう。
貴族を一方的にねじ伏せる平民なんて目の上のたん瘤だろうしな。
「……立てるか?」
「は、はい!」
少女は顔を赤くしながら立ち上がる。
うん、怪我はしてなくて良かった。流石に怪我されてたら魔法を使う必要があった。
「た、助けてくれてありがとうございます。で、ですけど……あの人大丈夫でしょうか。あ、あんなに力強く吹き飛ばされた死んでしまうのでは……」
「《魔武》を使ってるから問題ないだろ」
《魔武》は身体能力の向上以外にも肉体の硬度を高める効果がある。
遠くで小太りとガリに支えられて立ち上がった豚は俺を指差す。
「君……この僕を敵に回したな?僕の家はこの学園に顔が利くんだ!僕の兄はこの学校の教師だし試験にも口出しできる!この学園に入学できると思うな!」
「意外と元気だった!?」
怯える少女の肩に手をのせ、俺は呆れ果てる。
「ま、そういうこったな」
「え、すんなり受け入れてる!?」
「あの手の人間は基本的にスルーしておいた方がいい。それだけだ」
喚き散らす豚をスルーして俺は学園に足をいれる。
その隣を少女はついてくる。
……まあ、同じ身分のやつが一緒にいた方が安心するだろう。それに、流石に突き放すのは後味悪い。
「あ、あの!名前はなんて言うんですか?」
「カインだ。お前は?」
「サクラって言います!母が極東の人間なので馴染みのない名前だと思いますけど」
極東……?言伝にしか聞いたことがない東側の国の出身……のハーフか。
「あはは……やっぱり半端者は嫌ですか?」
そういってサクラは乾いた声で笑う。
「いや。一々気にするなようなことか?」
「ええ、まあ……」
少し暗い影を落とすサクラを俺は何も言うことができなかった。
嫌な過去が心に傷をつけてしまった、という感じか?それとその体の動かし方――!?
向けられた強い殺気を感じとると同時に俺は振り返りながら右腕を振るう。
金属と金属がぶつかり合うような音と共に右手でナイフを弾く。
「見事な腕前です」
上に飛ばされたナイフが後ろに立っている少女の手に戻る。
少女は灰色の髪を短く切り揃え、頭には黒いカチューシャを装着している。
「ふえっ!?」
驚きながら腰に携えた得物を引き抜こうとするサクラを手で遮り前に立つ。
十中八九、普通の戦闘職とは思えない。
それに、ナイフを投げる前に認識阻害の魔法を張っていやがった。
あまりにも手際が良い。暗殺者の類いか?
「な、何でですか!?」
「相手に敵対する意思がないからだ」
こいつには殺意はあれど害意や敵意が存在しない。
矛盾しているように見えるがそうでもない。
とりあえず殺しておく、その程度の認識で女は俺に殺意を向けているのだ。
「お見事です。やはり、魔法使いとしての腕がとても良いようですね」
「……何者だ、お前は」
俺の問いに少女は答えない。
四つの小型のナイフが少女の手に収まる。
「て、敵対的じゃないですか!」
「……消すか」
涙声で抱きついてくるサクラを無視して魔力を滾らせる。
少女一人抱きつかれた状態でもそれなりに戦える……と思いたい。
「失礼、敵意はありませんので」
「敵意はなくても殺意はあるだろ」
「ええ、そうですが。それが何か?」
悪びれもしないのかよ。
「主人の要請を当たり前のように断るような下郎に殺意がないとお思いで?」
「ハッキリした。断っておいて正解だった」
「ひうぅ……何をしたんですかカインさん……」
にこやかな笑顔で殺意を一層濃くする少女にサクラは怯えながら抱きつく力を強くしてくる。
……腕が柔らかいものに当たっているが気にしないでおくか。
「見せつけてくるな下郎。まあいい。私の用事は済みましたので」
深々と礼をしたあと女は得物をしまって俺の横を通りすぎる。
周囲を見回すと少女が振り撒く殺意に周りが驚いていた。
認識阻害の魔法も解かれた、と見て良いだろう。
「……何をどうしたら、あんな人に恨まれるんですか……」
「……この世界には深く立ち入ってはいけない領域がある。そういうことだろ」