第四話 豚との決闘
一ヶ月後、俺とセレナは王都ジュレーンに訪れていた。
騎士学園の正式名称はジュレーン国立騎士学園。
全寮制で三年間魔法や武術を学び優秀な人的資源を育成するのが目的である。
セレナに関しては聞いたら即決だった。
興味深そうに辺りを見回すセレナと共に街を歩く。
セレナは記憶を失ってから一度も村の外に出てないし色んな事に興味津々なのだろう。
「兄さん、人がいっぱいです!」
「ま、そりゃそうだろうよ」
逆に人がいない王都とか意味あるのか?裸の王様だぞ?
キョロキョロと辺りを見回すセレナに微笑ましさを覚えていると強い視線を感じとる。
俺は視線を向けられた方向に顔を向けることはせず歩いてく。
セレナも察して振り向かない。
「凄い……」
感嘆の声が漏れたのを流石に聞き逃さず振り返る。
背後には明るい茶色の髪を二つに縛った少女が歩いていた。
へぇ……魔力の流れが良いな。
一流の術者ほど魔力の流れは洗練されていると言われる。この少女も厳しい鍛練によって良い流れに調律されたのだろう。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。凄く魔力の流れが洗練されていて魔力の乱れが全くないのでつい……」
ああ、そういう……。
「お二人のお名前はなんですか?」
「カイン。こっちはセレナ。そっちは?」
「グレーセ・フォンダルン。フォンダルン公爵家の末席です」
「フォンダルン公爵家?現魔法騎士団長『一式』〈光槍〉の血筋か」
「え、ええ。父がその〈光槍〉です」
ああ、そりゃあ魔力の流れが洗練されてる訳だ。
照れくさそうにするグレーセの言葉に俺は納得する。
フォンダルン公爵家は代々優秀な騎士を輩出してきた家柄。独自の技術を持っていてもおかしくない。
「でも、意外です。お二人ともここまで洗練された魔力を持っているのにどちらも平民だなんて」
「まあな」
平民が魔力の運用が出来るだけでも充分凄い。これが世間の常識だ。
セレナは俺が一年かけて魔法を教えたからまあ当然だ。俺は……ちっ、思い出したくもない顔がちらつく。
「兄さんは基本的に仕事をしょっちゅうサボるダメ人間だけど魔法使いとしては一流ですから」
「酷い言い種だな」
「仲が良い兄妹なんですね」
仕事をサボらないといけない用事があるのだから仕方ないだろ。
三人で街を歩いていると高い石造りの建物が見えてくる。
石壁の奥に幾つもの建物が見える。
紺色の屋根の上に時計塔が設置されている。
貴族の宮殿というよりも城のようにも見える。
ここが騎士学園か。本っ当、面倒な事に巻き込まれたな。
「ああ?平民がこの学園に入ろうだって?ええ?」
少し憂鬱な気分で壁沿いを歩いていると喧騒が聞こえてきた。
門の前で三人組の男が一人の少女の前を立ち塞いでいた。
……不快だな。見逃すのは少し違うし手を貸すか。
「少し用事がある。二人は先に行っててくれ」
「わ、分かりました。行きましょう、グレーセさん」
「は、はい!」
セレナとグレーセが安全に門をくぐり抜けたのを確認するとトラブルが起きてる場所を見る。
「いいか?この騎士学園は俺のような優れた血を持つ人間が来る場所なんだ。君のような価値のない平民が来るような場所じゃない」
藍色髪にタレ目の豚が少女にそう捲し立てる。
それに合わせて両隣に立つ小太りとガリが「そうだぞ。ガインド様の言うとおりだ」と囃し立てる。
あの豚の名前はガインドか。
絡まれているのは桜色の髪を短く切り揃えた小柄な少女だ。
豚の剣幕に怯えきっている様子だ。
「で、でも……私は前金は払いましたし、試験を受けに行かないと……。私のために身を粉にして働いた父さんと母さんに顔向け出来ないと言いますか……」
少女は目尻に涙を溜め、慎重に言葉を選びながら豚に答える。
ちっ……顔面でも殴って「黙ってろ豚!」とでも言っておけば良いのに。気の弱いやつは絶好のカモにされるぞ。
俺は少女の態度に憤慨しながら辺りを見回す。
十五歳程度の連中が辺りいる。試験を受けにきた連中だろう。
だが誰も関わろうとしない。それどころか豚の言葉にそうだそうだとヤジを飛ばしている。
少女の味方をするつもりは一切ないらしい。
「ちっ、聞き分けのない平民が。この僕が諭してやったというのに。おい、両腕でも折っておけ。そうすれば試験も受けれないだろ。全く、平民の分際で、この高貴な人間の言うことが聞けないなんてね」
「ヒッ……」
下品な笑みを浮かべた小太りとガリが少女に近づく。
少女は身体を縮こませ後退りしようとして石に躓き尻餅をつく。
俺は少女と三馬鹿の間に割り込み小太りとガリの腕を掴む。
「下らない事を喚き散らすんじゃねぇよ、三下」
遠巻きに見ていた連中はぎょっとするがすぐに俺に敵意を向けてくる。
ま、そりゃそうだよな。平民を庇うやつは血統主義の貴族からしたら敵そのものだろうさ。
「はあ……ここにも愚かな平民がいたとはね」
「御託は結構。どうでもいい話をするな、愚物の豚が」
「そ、その人は貴族ですよ!?」
少女が俺に忠告をしてくる。
貴族?それがどうした。貴族だろうと敵は敵だろ?
それに、権力の上に胡座をかくやつは愚かな豚でしかない。
「ぶ……豚?この僕が……家畜だと?」
「ああそうさ。お前は農民が飼ってる豚だよ。しかも、とびきり大馬鹿な。貴族だか何だか知らないが人を生まれで蔑むやつはそこら辺でブヒブヒ鳴いてる豚と同じくらいの価値しかない。他者の肉にしかなれない存在なんだよ」
「あわわわわわわわ……!」
プルプルと震える豚に俺は挑発を捲し立てる。
辺りからの視線が厳しいな。ま、ここまで貴族に対して侮辱すれば仕方ないか。
後悔も反省もしてないけど。
「貴様!よくもここまでこのバーゼルゲ伯爵家次男、ガインド・バーゼルゲを侮辱したな!」
激昂した豚は腰に装備していた剣を抜き取り俺を睨み付ける。
俺は頭に右手を当て侮蔑するように見下す。
剣か。下らない。兵器としての有用性は理解できるがそれをこうも簡単に引き抜く時点で価値は下がる。
「下らんな。この程度の挑発に乗るなんてな」
「き、貴様ぁー!」
豚が飛びかかってくる。
豚のように動きが遅いな。
剣の動きを確認してから身体を僅かに右に逸らして躱した。
それと同時に腹を蹴り飛ばす。
「ごふっ!?」
「あ、ちょいと退いててもらっていい?流石に危ないし」
「は、はい……」
少女を引かせると身体をくの字に曲げる豚を睨み付ける。
周りの視線は敵意と殺意に満ちている。
まあ、こいつの血統主義はこの国の貴族だと当たり前の考えだ。
金、権力、武力……国の力の大半は貴族が占めている。
本来、魔法だって一部の金持ちか貴族の技術だ。
立ち上がった豚は邪な空気を纏わせながら俺に剣を向ける。
「嘗めるなよ、平民風情が!見せてやる、貴族であるこの僕が優れている事を見せつけてやる!」
「面白い冗談を言うものだな、豚が」