第三話 依頼拒否
「……本物だな」
「嘘をついてるとお思いで?」
小さな丘の上に立つ木の下で俺は寝そべりながら手紙を確認し苦々しい表情を浮かべる。
手紙には試験の連絡と祝辞が書かれていた。
この国の王は愚物ではない。優れた治世を統べる名君だ。
だからこそ、ただの農民の子である俺らは目をつけられたのだろう。
ちっ……あの実力主義の怪物め。さっさと見逃してくれれば良かったものを。
「妹君には?」
「後で伝える。……それで?国王サマの目的はなんだ」
「なんだその敬意の無さは。私だから良いが、もし他の騎士が聞けば確実に殺されていたぞ」
「へいへい」
ま、そう簡単には殺されるつもりはないけどね。『二式』くらいなると流石に手間取るけど。
「まあいい。……貴君をこの学園に入れたいのは第五皇女が関係している」
「第五皇女?……村に来た商人から聞いたことがある。とんでもない美人なんだってな」
名君と知られる国王だが、妾を複数娶っているらしく皇子が六人、皇女が六人いる。特に、第一から第五皇女はほぼ同時期に出産した事で国中で大騒ぎになったそうだ。
それと同時に、第五皇女の情報は殆んどない。
というのも、第五皇女は上の四人と比べると知られる噂は多くない。知っているのはとんでもない美人である、ということしか分からないのだ。
「第五皇女は病弱であるという事もあるが自身を取り巻く悪意や欲望に非常に敏感だ。『一式』の騎士の中でも最高齢の〈海割翁〉や紅一点の〈紅薔薇〉、薬学に精通した〈ノーネーム〉を除いてはお側付きの従者以外誰とも接触を拒む程だ。無論、両親である国王陛下や王妃陛下、姉妹たちや兄弟たちですらもう十年近く顔を合わせた事がないそうだ」
「……そりゃまた、かなりの人間不信だな」
〈海割翁〉に〈紅薔薇〉〈ノーネーム〉は国内外に知られた国家戦力。そいつらを除いては基本的に顔合わせすら拒むとなれば、かなりの訳ありなんだろう。
「第五皇女が四歳の誕生日。誕生日パーティーが開かれた。その際、第五皇女の飲み物に毒が盛られたのだ。一命は取り留めたが後遺症で下半身が動かなくなってしまった」
「……下手人は誰だったんだ。あの国王サマのことだ、確実に捕まえるだろ」
「捕まえたが……下手人は第五皇女の侍女、黒幕は第五皇女と親しくしていた執事だった」
自分が心を許した相手が実は命を狙っていたということか。
「更に、その頃から求婚が多くなった。王家の血を取り込め、政治的に価値はなく、妾も囲いやすく、口出し出来ないようにする事も容易い。尚且つ母親と似て美人に育つと予想できる。狙われるのは当然だろう」
相変わらず、貴族は女を調度品みたいな扱いをする悪習があるな。そういうのがあるからこの国を好きになれない。
「しかも、十歳の時に前の宰相が第五皇女の部屋に押し入って拐い、その身を汚そうとした事件があったそうだ。幸い未遂だったがその事件から王宮にいることや男性に対して不信感を募らせるようになってしまった」
……最低だな、前宰相。
だがまあ、ここまでくれば人間不信になるのは理解できる。
自分が心を許した人間でも簡単に裏切る。その上誰も自分を第五皇女や王家の人間としてしか見ていない。
裏切りによる絶望と見ず知らずの他者からの欲望と悪意。……その恐怖をその身ひとつで受けてきたのだ、人間不信にならない方がおかしな話だ。
だが、それは今はどうだっていい。
「それとこれと、俺らに何の関係がある」
「王家には数えて十六歳……つまり十五歳になると学園に入学することが慣習としてある。それは第五皇女とて例外ではない。……ここまで言えば分かるか?」
「まあな。ちっ、面倒な事を」
フレイヤの問いに答えながら舌打ちし悪態をつく。
あの怪物の目的は俺を第五皇女の護衛とすることだ。
理由は単純。任命できるヤツが殆んどいないからだ。
おおよそ第五皇女は貴族や商人の子を信じていないのだろう。いや野心のある人間を信じれないのかもしれない。どちらにせよ、第五皇女は自身の経験からそういった連中は野心のためなら自分の命を狙うものだと学んでしまったからだろう。
なら農民や職人といった貴族社会とは一切関係を持たない立場の人間になる。しかし、こいつらだと殆んど使い物にならない。当たり前だ。今まで殆んど剣を握った事もないだろうしな。
更に言えば、第五皇女は自分の価値を理解しそれにすり寄ってくる人間すら近くに置きたくない筈だ。その結果、自分の初めてを奪われそうになった訳だしな。
平民の子であり、野心がなく、実力があり、忠誠心がない。そこに白羽の矢が立ったのが俺だろう。
生まれは農民の子。貴族社会に興味がないどころか嫌悪している。『一式』と喧嘩しようと思えばできる実力がある。貴族に仕えるつもりは一切ない。
皮肉な事に、俺は条件に嫌というほど当てはまってしまっているのだ。
だが、
「俺は護衛なんぞになるつもりはないぞ」
俺はフレイヤを睨みながらキッパリと言い切る。
百歩譲ってあの騎士学園に入学するのは良いだろう。
だが王族の護衛をしろだと?冗談もいい加減にしろ。
「そこをなんとか!」
「嫌だね。そっちの不手際の結果そうなったんだろ。俺には関係ない」
地面に両手をつき頭を地面に当ててまで頼み込むフレイヤを俺は突き放す。
王族の問題に俺は関わりたくない。それをして満足して死ねるとは思えない。
だが……こりゃ受け入れないと帰るつもりは一切なしという雰囲気だ。どう突っ返したものか。
「そういえば、何故セレナにも手紙があった」
「ああ、セレナ君は元々こちらの管轄。この際こちらに取り込む算段なのだろう」
あれが素直に取り込まれると思えないけどな。まあ、そこまで説明する義理はない。
たく……仕方ないか。
「……学園に行くことは了承する。だが護衛だけはするつもりない。それで妥協してやる」
「……分かった。それでは、失礼する」
不服そうに頬を膨らませ、フレイヤは立ち去っていく。
やれやれ……セレナにも説明しないとな。