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二十話 狂信者

「カイン、こっちに来てくれ!」


「わかった!」


負傷者の傷の治療を終えると同時に呼び掛けられすぐに呼び掛けられた方向に向けて走り出す。


訓練所は野戦病院の有り様だった。


多くの場所で重度の火傷を負った生徒たちが苦しみの声をあげ、包帯を巻いた生徒が魔力が不安定な状況で自分達ができる最大限の治療を行っていた。


しかし、あくまでまだ入学したての学生の実力、包帯の巻き方や患部の処置が甘い。無理に傷を癒す魔法を発動し負傷者に痛みを与えてしまう『回復痛』も発生していた。


上級生は三年は殆どが国境での争いで出払い、二年生は一ヶ月前の遠征で『狂信者』と交戦、壊滅し未だ復帰できていない。


実質今動かせるのは俺たち一年生だけ、ということか。


「《聖治》」


重傷者の傷を癒しながら内心猛烈な違和感が頭を過っていきやがる。


一年生はこれで既に殆どが壊滅、二年生は戦闘不能、三年生は出払い、教師たちは堕ちた魔なる者の対処に追われていない。


既に戦闘能力を持った連中の多くが壊滅している、ということか。


これが偶然なのか必然なのか分からないが……恐らく、学園の長である〈海割翁〉も出払っている筈だ。


傷を癒し終えるとセレナとグレーセが駆け寄ってくる。


「北側の応急処置は完了しました!」

「重傷者はこっちに搬送しますか、兄さん」


俺の意見を待たなくて良いが……よし、こうしよう。


「おいお姫様!」

「何でしょうか、カイン」


背後で治療を行っている第五皇女が答えると同時に四本のナイフが投げられる。


複雑な軌道を描く四本のナイフを手刀で切り落とすとハーミットが両手の指と指の間にナイフを挟んで構えていた。


「貴様……!誰に向かって……!」


「構いません。それで何の用でしょうか」


「北側の治療に向かってくれ。あんたな技術力なら問題ない筈だ」


北側は比較的治療が進んでいる。だが、南側があまり進んでいない。


嫌な予感が的中しないことを祈って俺から離した方が良い。


「分かりました。行きましょう、ハーミット」


「……畏まりました」


ハーミットが第五皇女の車椅子を押して北側に移動する。


さて、これで安心できる。


「カインさん、包帯を持ってきました!」


入口からサクラが包帯を抱えてやってくる。


サクラは血に弱いらしいから物資の調達に行かせていた。


「ああ。西側、東側に持っていってくれ」


「はい!」


サクラが負傷者の間を縫って駆けていくのを見送る。


さて、これで後は……!


「《アイス》!」


「《氷夢》!」


爆発音と共に放たれる熱波をセレナと俺の魔法が熱波ごと凍結させる。


このタイミングで動くであろう人間を消すことだな。


「兄さん……!?」


「セレナ、他の連中を連れて逃げろ」


「……!分かった!みんな、動ける人は全員逃げて!余裕がある人たちは負傷者を連れてって!」


「「「「はい!!」」」」


セレナの号令と共にAクラスもEクラスも一斉に動き出す。


流石、学年筆頭。良く育ってくれた。


さて……と、俺もやらないといけない、ということか。


「カインさんを殿にしていいの!?」


「大丈夫です。何時もはダメ人間な兄さんは私より強いですから」


褒めてくれてありがたいが……貶しているよな?


まあ、どうだって良いか。


俺は氷塊の前に立つと手を向ける。


「《惨夢》」


禍々しい黒い魔法陣を展開すると同時に氷塊が霧散する。


忌々しいが、あいつが作り上げた魔法は規格外にも程がある。あらゆる事象に干渉できるからな。


「異教徒め……私の攻撃を防ぎますか」


「生憎と聖典教会も聖魔教会も反吐が出る程に嫌いだぜ、狂信者」


破壊痕の奥からやって来る修道服を着た女を俺は睨み付ける。


女は先入観無しで見れば美しい女性だ。


修道服の上からでも分かるほどのボディラインを持ち、整った顔立ちに金色の瞳が魅力的だ。


しかし、瞳には狂気が宿り見る者を呑み込もうとする殺意を漂わせている。


聖典教会からの刺客『狂信者』。聖典教会を崇め、異教徒を弾圧する聖典法皇の直轄組織。常に危険な戦地を渡り歩き、時には大規模な虐殺、処刑といった汚れ仕事や破壊活動等の危険な任務をこなす。そして、全員に共通した特徴がある。


俺も三年前の事件以来見ていなかったが、本当に変わっていないようだな。


この国の上層部は何をやっているのやら。もう少し情報をくれても良い筈だ。


だが、今は文句を言う場面ではないな。


「魔力の乱反射はお前が原因か?」

「ええ。そうですが」


女は当たり前のように認める。


戦地でしか起こる筈がない魔力の乱反射がこうも容易く起きるのはこいつが影響しているとしか思えなかったしな。


「それで、あんたの名前は?」


「……ビオラ」


「そうか」


名を聞いておくだけ損はないがメリットもない。

そもそも敵なのだから仲良くするつもりもない。


俺が地面を蹴ると同時にビオラも地面を蹴る。


魔力を感じない。……ま、そりゃそうか。


何せ、狂信者はそういった存在なのだから。


飛びながら水平に蹴るがビオラは身体を屈めそれを避ける。


僅かに足に掠めた頭巾が飛ぶ。


「……ま、そりゃそうか」


金色の髪が落ちると共にビオラの殺気がより濃くなっていく。


ビオラの頭には紐で頭に倒して固定された狐のような耳が生えていた。


狂信者は全員が魔なる者なのだから。


「私の罪の証を辱しめたな……!」


「生まれで罪になるかよ」


ビオラは俺に向かって爪を振るう。俺は爪を躱しながら僅かにため息をつく。


聖典教会では魔なる者は犯罪者とされている。


犯罪者とされる魔なる者は幼児の際に教会が捕まえて暗い施設に収容される。


そこでは拷問に近い訓練や地獄すら生易しい拷問、そして聖典教会の思想が徹底して刷り込まれる。


肉体が人間より頑強な魔なる者は常人なら死にかねない訓練に耐えれ、あらゆる拷問すら耐えれる。その上、『自分達は生まれついての邪悪でありこうなる事は当然』『贖罪のために教会に全てを捧げる』といった思想を持っている。


簡単に言ってしまえば、滅茶苦茶強くて忠誠心が強くて替えが利く便利な駒だ。


……と、ここまでがあいつの経験だ。


不快。あまりにも不快だ。


聖典教会も、それを受け入れる平民も、現状に疑いを持たない狂信者も……不快極まりない。


「はああっ!」


ビオラの身体に魔力が流れるのを察知すると同時に手刀を振るう。


魔力が放たれると同時に炎が放たれるが手刀で切り払われる。


魔なる者は共通して魔力の魔法陣を介さずに魔法を発動できる。


「なっ!?」


足を地面に踏み込むと拳でビオラを殴り付ける。


ビオラは少しよろめくがすぐに俺の方を睨み付ける。


やはり、魔なる者はタフだな。だが、それがどうした。


「負けるつもりは、一切ないと知れ」

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