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第二話 手紙

日が遮られる程に鬱蒼とした森の中。


俺は手刀で熊の頭を切り落とす。


ここ最近農作物の被害が出ていたから森に入って探ってみたら、案の定こいつがいたか。


「兄さん!カイン兄さん!」

「セレナか」


俺の名前が呼ばれた方向に顔を向けると白髪の少女が走ってくる。


腰まである白い髪は走る度に靡く。


農作業をしていたのにも関わらず透明感のある白い肌は雪のような儚さがある。


左目は青空のように青く、右目はちのように紅い。特に、紅い目には逆十字が浮かんでいる。


極東に伝わる雪女のような美しい相貌には似合わない疲れを滲ませている。


セレナ。俺がアグロマの奴に押し付けられた少女。アグロマに取り込まれる前の記憶――思い出を全て失った少女だ。


どういうわけか、俺の事を兄さんと呼んで慕っている。


「どうした、態々森の中まで入って」

「兄さん、農作業ほったらかしにしてきたではないですか。アベルさんがカンカンに怒ってます」

「げっ、兄貴が怒っているのかよ」


セレナが伝えた情報に俺は少し顔を歪ませる。


アベルは俺の実の兄だ。真面目で頭の回転も速く、顔も良いため俺とは違って近隣の村では評判が良い。


そんな兄貴は怒らせると非常に怖い。少なくとも、両親より怖い。


少なくとも、俺は兄貴はそこまで好きではない。


「さっさと捌くから手伝ってくれ」

「はぁ……分かりました。手早くして下さいね」


セレナに腰に装備していたロープを放り投げる。


俺が魔力を漲らせ《風切》を発動させると熊の身体を解体していく。


保存の効かない臓物を土の中に埋め、食べれる熊肉をセレナに渡す。セレナはその肉をさっさとロープでくくっていく。


数分で解体をし終えると肉を持って森の中を歩き始める。


普通の狩人だったら方向感覚が狂う可能性があるが、俺は魔力によるマーキングが出来るから迷うことはない。


川沿いの村に着くと家の中に入る。中では母が編み物をしていた。


「あら、美味しそうなお肉ね。後で干し肉にしておくわ」

「頼むよ、母さん」


母が俺とセレナから肉を受けとるとさっさと干し肉の準備に取りかかる。


セレナも母の手伝いを始める。


それを見届けた俺は家を出る。


開墾された土地を歩いていると小麦の畑から緋色の髪の青年が歩いてくる。


俺の兄だ。


「カイン……お前はまた森に入ったのか」

「そうだ。畑を荒らしていた熊がいたから狩ってきた」

「それがどれだけ危険な行為か、分かってるのか!?」

「生憎と、そこら辺は重々理解している」


少なくとも、俺はそこら辺の狩人よりも強い。それでも獣を狩る時は細心の注意を払っている。


兄貴は拳を振り下ろしてくる。


その拳を無造作に弾く。


遅い。魔力も使われていない拳で俺に当てれると思っているのだろうか。


まぁ、俺が魔法を使えるのはセレナ以外は秘密にしているけどな。


「話を聞け、カイン。お前が狩りが上手いのはよく分かった。だが、それでもお前は農民なんだ。鍬を持ち、畑を耕し、領主に農作物を献上する事こそが仕事だ」

「少なくとも、拳を振るいながら話す内容ではないと思うが」


兄貴が振るう拳を俺は無造作に弾いていく。


兄貴はそのつどよろめき、のけ反るが俺は反撃しない。


《天武》を使わずとも俺の攻撃なら兄貴に致命傷を与えかねないからだ。


「農民なら農民らしい生き方をしろ。僕から言えるのはそれだけだ」

「死んでも断る」


兄貴の拳を掴んで受け流しながら俺は兄貴の言葉を否定する。


生まれた時の身分によって一生を縛られる何て反吐が出る。


俺は俺が思うがままに好きに生きる。


満足して死ねる人生を送るためには農民という立場は平和すぎる。


そんなのに骨を埋めるなんて満足できない。


兄貴の蹴りを紙一重で躱し膝を右手を掬う。


体勢を崩した兄貴は後頭部を地面に打ち付ける。


「ぐっ……!?」


後頭部を手で押さえて悶絶する兄貴を俺は冷徹に見下ろす。


少なくとも『五式』までなら瞬殺できる。武術や経験が素人の兄貴が俺に勝てる道理はない。


「……見事な動きです。一年前に見たときよりも遥かに洗練されている」


拍手と共に歩いてくる女騎士に俺は目を細める。


女騎士はウェーブがかった銀色の髪を歩きながら靡かせている。

甲冑からも分かる程に肉付きは良い。

整った相貌をしているが美しさより武人としての剣呑な表情をしている。


一年前、あの地下祭壇で顔を合わせた女騎士だった。


女騎士は右手を水平に胸に当て敬礼をして真剣な眼差しで俺に視線を向ける。


「私はアイン王国バルザード伯爵領派遣『四式』フレイヤ・シルバリオン。お久しぶりです『無手の拳武』」

「……その異名はやめろ。いや、ホント、マジで」


フレイヤがクスクスと笑う中、俺の隣で兄貴が立ち上がる。


そして、媚びるような目でフレイヤを見る。


「……私はカイン殿に用があります。引いて下さい」

「分かりました、騎士様」


そういって兄貴は畑の方に戻っていく。


長いものに巻かれる兄貴らしい行動だ。


邪魔者がいなくなったところでフレイヤは俺の間合いに悠々と乗り込んでくる。


敵意や殺意はない。だが、嫌な予感だけはする。


だが、悟られるな。悟られればそれは終わりだ。


「それで、何のようだ」

「カイン殿の功績は既に陛下にも通じております」


マジかよ。


フレイヤの言葉に俺は内心苦虫を潰してしまったような感覚に陥る。


確かに、この一年気まぐれに事件に首を突っ込んで荒らしに荒らし回った。


その際の情報が上に挙がっている事くらいは予想出来ていたが……まさか、国王にも通じていたとは。


「それで、貴君と妹君に国王から直々の手紙がある。それを渡しに来た」

「……やはり、か」


俺はフレイヤから二つの手紙を貰い懐に仕舞う。


国王はセレナの秘密を知っている。そうでなければ俺に手紙を書くとは思えない。


それにしても、国王直々の手紙か。……何が書かれているんだ?


「何でも、騎士学園への入学許可証らしい。良かったな、後輩」


……死刑宣告ですか?



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