十九話 厄災の始まり
サクラの神速の突きを俺は右手で弾いて逸らす。
同時に蹴りを腹に叩き込む。
「がっ……!?」
サクラは大きく吹き飛ばされ地面を転がる。
「これで十戦十勝だな」
俺は拳を開くとサクラは地面から起き上がる。
手を差しのべるとサクラは俺の手を取り立ち上がる。
俺らは放課後の訓練所が使えないため寮の中庭で模擬戦をしていた。
土地が破壊してはいけないためかなり加減している上『一撃を決めた方が勝ち』というルールでやっている。
これは忌々しいあいつが作った練習方法で「緊張感のあるルールだろ?」との事だ。
「うう……強すぎませんか?」
「まさか。……忌々しいが、あいつは強かったからな、これでも勝ったことはない」
「あいつ……確かカインさんの師匠でしたっけ?」
「……ああ」
俺が眉間に皺を寄せているとサクラは察したように顔を真っ青にする。
「す、すみません。嫌な事を思い出させてしまって……」
「……いや、いい。あいつの事だからどうせどこかで出逢うかもしれないしな」
「えっ……?」
俺は後頭部を掻いて呟くとサクラは驚いたように目を丸くする。
というか、俺と仲の良い女友達がいることをどこかから聞き付ければ確実に来る。
あの快楽主義者は色んな意味でとんでもないからな。
「ど、どんな人だったんですか?」
「ま、簡単に言えば化物だ。まぁ、色々あって各国で追われている身だけどな」
「ええっ!?」
まぁ、驚くよな。一応ながら、犯罪者だし。
「理由は……ま、魔なる者だからというのが大きいな」
「ま、魔なる者だから……?」
「聖魔教会では魔なる者は異端とされ迫害の対象とされているけど聖典教会は魔なる者を邪悪とされ犯罪の対象となっている」
聖典教会では魔なる者は生まれついての犯罪者というわけだ。
その上、聖魔教会よりも聖典教会の方が崇めている地域が広く、宗教が政治に深く浸透しているからたちが悪い。
どいつもこいつも、それが悪いことだって認識していない。だから他の国はこの国以上に嫌いだ。
「そんな……酷い……」
「魔なる者の実態なんてそんなものだよ。あいつが体験した事らしいから事実だしな」
それにしても、何であいつは聖典教会の事情に詳しかったのだろうか。気になるところだ。
背後から殺意を感じると同時に反転し飛んでくるナイフを掴む。
あっぶねぇ……あと少しで眼球に突き刺さってた。まあ、修復できるけどさ……。
「えっ、ええ!?」
あまりに唐突すぎる出来事にサクラは慌てて周りを見る。
俺はナイフを地面に落とすと投げてきた方向を睨み付ける。
ちっ……ハーミットか。本当に隠密スキルが高いな。
「ま、またハーミットさんですか?」
「ああ。……何がしたいんだ、あいつは」
ハーミットは第五皇女の唯一の腹心で第五皇女の命令以外は一切聞かない。
その癖に何故か毎日俺に向かって何本かナイフを投げてきやがる。何が目的なのか全く分からない。
俺は何時ものように《聖治》で傷を癒して後ろを向く。
「……あれ?」
背後にいた筈のサクラがいなくなっていた。
あいつ、どこに行ったのだろうか。まあ、そろそろ夕食の準備をしないといけないからそっちに向かったのだろうか。
「おっと」
俺が寮に戻ろうとした瞬間、轟音と共に地面が揺れる。
揺れはすぐに収まり、俺は辺りを見回す。
どこかで爆発でも起きたのか?だが、ここまで地面が揺れるか?
ま、気にしないでおくか。
「すみませーん!」
地面の揺れで全員の模擬戦が中断されたところに呼び掛ける声が聞こえてくる。
何事かと思いながら声が聞こえてきた方向に移動すると可憐な少女がいた。
明るい水色の髪をショートボブで切り数歳年下に見える童顔かつ背は低い。何より、流れる魔力に一切の澱みがない。
あまりにも卓越した魔力制御技術を察知したクラスメイトたちは瞬時にそれぞれの得物を握る。
「……何のようかな、嬢ちゃん」
ニコニコとした笑顔のまま斧を構えるオーグが話しかける。
少女は怯えながら腰に着けたナイフを引き抜いて逆手に構える。
俺はオーグの背後に回り込み拳骨を落とす。
オーグは頭を擦りながら俺の方を向く。
「オーグ、流石にビビらせるなよ」
「あ、確かにそうだね。えっと……」
「カインだ」
「カインくんだね。さっきはごめんよ」
「い、いえ……」
オーグが斧を降ろして頭を下げると少女も頭を下げる。
お前は頭を下げなくて良いのでは?……ま、そこら辺はどうでもいいか。
「……で、あんたは何の用事で来たんだ?」
俺は敵意と殺意混じりの視線を向けながらに尋ねる。
「ひっ!?」
視線に気づいた少女は恐怖で顔を歪ませ足をガクガクと震わせる。
「……人の事言えなくないかな?」
気にしたら敗けだ。
少女は何度か両方の頬を自分の手で叩くと俺を睨み付けてくる。
足の震えも収まらせると少女の雰囲気が毅然としたものになる。
「実は、訓練所で大規模な事故が発生してしまいAからDまでの多くの生徒が怪我をしてしまいました。傷の手当てを手伝って下さい!」
状況を説明して少女は勢いよく頭を下げる。
他のクラスメイトたちはこの光景に流石に敵意を失い得物を降ろす。
「まて。教師や治療棟の連中は使えないのか?」
この学園で働いている人たちの多くは騎士だ。
そのため、多くの騎士が傷を癒す魔法を習得している。
その中でも癒す魔法に特化した連中は治療棟に配属されている筈だ。
「あいつらなら喜んで傷を癒しに行く筈だが」
「実は……先生たちは外部に出払っていまして……。何でも、魔なる者と大規模な交戦があったからと……」
「ちっ……」
少女の説明に俺は舌打ちをする。
昼前にサクラを連れていった際には居たからそのあとか。
たく……どんな相手と交戦すればそうなるんだ。
「あとセレナがいる筈だ。あいつがいれば何とかなるのでは?」
「えっと『魔力の乱反射が起きて一人ひとりを治すのに時間がかかる。その上怪我人が多くて人手も足りない。Eクラス全員を連れてきて。特に兄さんを連れてきて。兄さんは魔力制御技術と癒す魔法が得意だから』と伝言を頼まれまして……」
「魔力の乱反射……何を起こせばそうなるんだ」
魔力の乱反射は複数の属性の魔力が無秩序に放出された場合に起こる現象だ。
様々な属性の魔力が空気中に広まり、他の魔力に干渉。魔力の制御が困難にしてしまう。
主に戦場で起こる現象なんだかな。どうすればそうなる。
他の連中が武器を部屋に置きに行くのを見送ると俺は小さくため息をつく。
「おい、ハーミット。お姫様は?」
俺の背後に立っているハーミットに問いかける。
ハーミットは俺に殺意を向けるがすぐに鞘に収める。
「……主人は行く気満々ですよ。この行動が良い結果を出すとは思えませんが」
「やれやれ……なら、俺もとりあえず行くとするか」
俺は小さくため息をつくと道具を取りに寮に戻る。
本来ならさっさと飯の時間になるんだが。




