第十話 〈海割翁〉
試験の開始と同時に俺と老騎士は地面を蹴る。
一瞬の内に肉薄し貫手と細剣の突きがぶつかり合う。
「ぬっ!?」
「くっ!?」
貫手と細剣の間で大気に皹が入る。
皹から溢れる衝撃に俺と老騎士は弾き飛ばされる。
俺は地面に手をつき地面を押して飛び着地する。
それと同時に振り抜かれる細剣を二の腕で防ぐ。
やはり、速い。最速の騎士である〈光槍〉には劣るがそれでも速い。
「やはり、強いな」
「うむ」
互いに地面を蹴り距離をとる。
俺は呼吸を整え昂る魔力の流れを調律する。
魔力の量も質もセレナには負けるが……こと、魔力制御は負けない。
そして、それは向こう同じ。
〈海割翁〉は『一式』騎士の中でも随一の魔力制御技術を持っている。
俺は地面を蹴る。
一足で最高速に達し老騎士に肉薄する。
「《砲拳》」
「ッ!?」
老騎士が息を呑むと同時に拳を打ち出す。
老騎士は細剣を盾にする。俺は細剣の上から殴りつける。
「ぐっ!?」
老騎士は壁に叩きつけられ口から血を吐く。
《砲拳》は《風切》と同じく《天武》の応用。最高速の状態で拳を打ち出すだけ。体当たりに近い技だ。
だが、それでも常人の目では捉えられない速度で放たれればさながら砲撃にも匹敵する。
「……《川蝉》」
だが、この程度で〈海割翁〉が終わる訳がない。
土煙の中から青白い斬撃が地面を切り裂きながら俺に向けて走ってくる。
斬撃を《風切》で逸らすと同時に一筋の光が迫ってくる。
「《啄木鳥》」
「《風切》」
老騎士の高速の突き目掛けて俺は手刀を振り下ろす。
金属がぶつかり合うような音とともに細剣を打ち落とし老騎士を掴み引き寄せる。
引き寄せたところで膝蹴りを放つが老騎士の掌に防がれる。
反応速度が速い。見るよりも察知するタイプか。
「同系統か」
「厄介だのう」
俺と老騎士の目に剣呑な光が宿る。
それと同時に俺の《風切》と老騎士の細剣がぶつかり合う。
「すげぇ……」
「これが現役の騎士かよ……」
受験生たちが老騎士の連撃を見て息を呑む。
ま、お前らが見ているのが国の最高戦力の一つだとは思わないか。
「ちょ、二人とも!?これは試験ですよ!?」
見ていた試験官は叫ぶ。
俺も老騎士も無視しより殺しあいを加速させる。
「《凪鞭》」
「《雲雀》」
俺は右腕を水平に振るい、老騎士は細剣を逆手に持ち切り上げる。
放たれた衝撃波が老騎士の身体から逸れ壁に当たり粉砕する。
遠当ての《凪鞭》に同じく遠当ての《雲雀》で弾くか。
「空気に伝わる衝撃を魔力でコーティング、指向性を持たせ殺傷能力を高めた技かのう。威力に比べて魔力の消費が少ない。良い技だ」
「そりゃどうも!」
俺は老騎士を蹴りあげる。
老騎士は俺の脚を細剣で防ぎ突きを放つ。
身のこなしで突きを躱し距離をとる。
「……良い一撃だのう」
「そっちこそ」
老騎士と俺は傷口から溢れる血を手につける。
脇腹がやられたか。躱せたと思ったが魔力で構築された突きに脇腹を穿たれた。
ま、こっちも《風切》と《風鞭》の合体技で老騎士の左肩から腰まで真っ直ぐな傷を与えれた訳だけど。
「《雀》。よい技じゃろ」
「《風刃》。良い一撃だろ」
老騎士と俺は笑顔を浮かべると互いの得物を向ける。
老騎士は細剣を上段に構える。
俺は拳を握り腰を少し落とす。
殺意が練り上げられ、周囲の喧騒が再び静まりかえる。
「砕けろ《暴撃》」
「割れろ《鶯》」
俺と老騎士が同時に地面を蹴る。
この一撃で……決める!!
「《隔絶》!!」
俺と老騎士が互いに放つ一撃を空間の壁が防ぐ。
空間の壁がひび割れ破壊されるが軌道が逸れ互いの攻撃が横切る。
〈海割翁〉の魔法……ではないな。横槍が入ったか。
魔法の発動した方向に顔を向けると試験官が手を向けて立っていた。
「……体術試験は終了です。速く出てください」
「了解」
「ふむ……勝負はお預けか」
俺は少し不快な気分のまま試験場をさっさと出る。
「《聖治》」
俺は傷口に掌サイズの魔法陣を展開する。
金色の光に傷口が包まれ、傷が塞がる。
さて、試験も終わったし後は高みの見物でもしてるか。
残りの試験を見ているとサクラが駆け寄ってくる。
少し汗を掻いているが怪我は無い。
「カインさん!試験の方はどうでしたか?」
「ま、ぼちぼちだな。そっちは?」
「ええっと……騎士の人を一方的に叩きのめしてしまいまして……良い点を取れてると良いんですけど」
「ま、そこら辺は問題ないだろ」
サクラの実力ならそこら辺の騎士なら簡単に相手取れる筈だしな。
ま、流石に〈海割翁〉相手だったから確実に倒されていたと思うけど。
「カインさん、その脇腹は……」
「ああ、ちょいとやられてしまった。あ、傷は塞がってるから問題ないよ」
「いえ、そういう訳ではなく……うっ」
何かを言いかけたサクラは突然蹲る。
俺は慌ててしゃがみ、サクラの首筋に手を当てる。
魔力的な不具合ではない。となると病気か?だが、身体は健康そのものだし問題ない筈だが……。
「す、すみません……少し吐き気が……」
「たく……楽な体勢になれる場所まで運ぶから力を抜いとけよ」
「え……ひゃあ!?」
俺はサクラを背負い人の多い場所から出る。
軽っ!?結構筋肉質かなと思っていたけどかなり軽い。
さて、とりあえず人気のない端の方に行くとしよ……?
首筋に噛まれたような痛みを感じ手を当てる。
手を離すと手に僅かに血が付着していた。
「サクラ、何かしたか?」
「いえ、何もしてませんよ?」
なら、気のせいか?でも、血が付着しているし……ま、気にする事でもないか。
俺はサクラを人気のない場所まで運ぶと背中から降ろし体勢を横にさせる。
「すみません……今日はずっと助けてもらって……」
「気にする事ではない。俺は助けたいから助けてるだけだからな」
サクラの謝罪を受け取るとサクラは少し嬉しそうな表情を浮かべる。
嬉しがるような事を言っただろうか?……ま、そこら辺は気にしなくていいか。




