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物語の世界であなたと恋を

作者:

 私はステラ、十五歳。ブライス伯爵家の次女。


 小さい頃からお姫様のお話を書くのが大好き。だからついつい、続きを考えてボーっとしてしまい、怒られることはしょっちゅう。


 ほら、今日も……。


「ステラ、食事中にボーっとするのはやめなさい。いつも言ってるでしょう」


「あ、ごめんなさい、お母様」


「もうステラ、先に行くわよ」


 一つ上の姉クレアは既に食事を終え、身支度を済ませていた。


「ごめんなさい、お姉様。どうぞ先に行ってて」


 明るくてテキパキした姉にはいつも置いて行かれてる。


 学校でもいつもボンヤリしてるからお友達もいない。当たり前だよね、すぐに妄想の世界にトリップしちゃって意識がどこか行っちゃうんだもの。


「ステラは見た目も悪くないし成績もいいのに、こんなにボンヤリしてたんじゃあ仕事も出来ないしお嫁にも行けないわね……」


 いつもお母様に嘆かれる。うう、ごめんなさい。


 急いで学校に向かった。良かった、ギリギリ遅刻しないで済んだ。


 慌てて鞄からノートを取り出した時、大事な一冊をどうやら落としてしまったらしい。この時は気付いてなかったけど。


 いつものようにボンヤリと授業を終え、一人で帰宅して、さあ続きを書きましょうと鞄を開けたら。


「無い……」


 私のお話ノートが無い! どこに行ったんだろう?そういえば今日は学校では開けていない。当番があっていろいろ忙しかったから。


「家の中に置いて行ってたのかも」


 必死で探したが部屋の中には無かった。


「どうしよう……」


 その嫌な予感は当たっていた。


 翌朝、教室に入ると、たくさんの同級生がこちらを向いて笑っていた。


「ステラったら、十五歳にもなって『お姫様』好きなんだってねー」


「素敵な王子様が〜ですって。いつも寝ぼけまなこの地味女が、王子様と結ばれるなんて思ってるのかしらね〜」


 みんなで回し読みしたらしい。クスクスと笑っている人もいる。


 私は顔が焼けるように熱くなるのを感じ、小声で呟いた。


「やめて」


「えー、何ですか〜? 聞こえなーい」


「やめて!」


 私はノートを頭上に掲げてヒラヒラさせている女子に向かって行き、取り上げようとしたけれど、サッと身体をかわされて転んでしまった。


 頭の上で笑い声が聞こえる。私は勢いよく立ち上がると、そのまま走って教室から飛び出した。


(ひどい……! あんなに笑わなくてもいいのに)


 泣きながら走って家に帰ると、お母様が驚いていた。


「まあステラ、どうしたの? そんなに泣いて」


「もう学校には行かないわ」


 それだけ言って、私は部屋に入り鍵を閉めた。


「ステラ。大丈夫?」


 ドアの外からお母様の声が聞こえるけれど、ベッドに潜り込んで耳を塞いだ。


(恥ずかしい……! 誰にも見せるつもりなかったのに。もう学校には行けない……! お話なんて書くんじゃなかった)


 目も耳も塞いで真っ暗な中で泣いた。どのくらいそうしていたんだろう。突然、楽しげな音楽が流れてきた。


(何……?)


 目を開けると、真っ暗な中に明るい光が見えた。その光がだんだんと大きくなり、あまりの眩しさに目を閉じた。


「きゃっ」


 そして恐る恐る目を開けると、そこには田園風景が広がっていた。


「え? ここ、私の部屋だよね?」


 すると、向こうの方に女の子が見える。ピンク色の髪、明るいブルーの瞳。私が書いたお話の主人公にそっくり。


「もしかして、これ、王子様と出会う最初のシーン?」


 やはりそうだ。金髪の素敵な王子様が、傷を負って森から出て来て。そして倒れるんだ。


 そしたら主人公が走り寄ってきて、介抱してあげる。


「凄いわ。私が書いた通りに演じてくれてる。何て素敵なの」


 お話はどんどん進んでいく。場面はお城に変わったり、街に変わったりしながら。


 そしてライバルの王女が出て来た所で……


「あっ。止まっちゃった」


 登場人物が動かなくなった。


 王女は扇子を口に翳して何か言おうとしている。

 主人公は怯えた目をしていて、それを王子様が庇うように立っている。


 でも誰も、動かない。


「どうして止まっちゃったんだろう。この後どうなるの?」


 そこで私はハッと気付いた。


「私、ここまでしか書いてないんだ……」


「気が付いた?」


 突然後ろから声を掛けられて、思わず


「ひやっ」


 と変な声が出てしまった。


 振り向くと、美しい銀色の髪に青い瞳、優しい微笑みの少年が立っていた。


「ここは君の作ったお話の世界だよ。凄いよね、こんなにちゃんと作れているんだよ」


「私のお話の世界……?」


「そう。だけどさ、君が続きを書いてくれないと、彼らはあのまま動けない」


「……でも、私、もう書けないの」


「今日、悲しいことがあったんだよね? 知ってるよ。だけどさ、これ見て」


 少年が手のひらを上に向けると、水晶玉が現れた。


 そこには、私の同級生が映っていた。


「例えばこの子。この子の心の声だよ」


「えっ?」


(このお話、面白いわ。私、こういうの好き。どうしてみんな笑うんだろう)


「それからこの子」


(続きが気になる! この意地悪そうな王女、主人公に何をするのかしら)


「そしてこの子」


(みんなひどいわ。何でこんな事するんだろう。でも、怖くて何も言えない。ごめんなさい、ステラ)


「ねっ。みんながみんな、君を笑っていたわけじゃないんだ。だから、もう書かないなんて言わないで」


「あなたは、何者なの?」


「僕? 僕はニコル。この世界を守ってるんだ。お話の数だけ世界がある。だけどこうやって途中で止まってしまった世界を動かすために、作者のところに現れて励ますんだ」


「私みたいな素人の作者のところにも?」


「そうさ。気付いてないかもしれないけど、君には大いなる情熱がある。きっと、これからたくさんのお話の世界を作っていってくれると思ってるんだ」


「情熱……」


「そう。だから、お願いだ。この話を最後まで動かしてよ」


「ニコル、私、書いてもいいのかな」


「いいとも。ほら、ドアの外からお姉さんの声が聞こえるよ」


 耳をすますと、ドアをドンドンと叩く音がする。


「ステラ! ここを開けて。同級生から話は聞いたわ。ノートを取っていた子達は、私がキッチリ注意しておいたわよ! ノートも持って帰ってる。だから、もう泣かないで」


「お姉様……」


「いいお姉さんじゃないか。君の一番の理解者だよ、きっと。さあ、もう自分の世界にお帰り。そしてこの世界を再び生きた世界にしておくれよ」


 ニコルはそう言って微笑むと、だんだんと姿が薄くなっていった。


「待って、ニコル! また、会える?」


「そうだね、きっとまた……」



 ニコルは消えた。そして再び真っ暗なベッドの中に戻った。


「ステラ! 開けて」


 クレアが涙声になっている。私は急いでドアを開けた。


「ステラ! 良かった。これ、ノートよ。取り返してきたわ。同級生の何人かから、謝罪の手紙も預かってるわ。だから元気を出して」


「ありがとう、お姉様……」


「もう、心配かけないでよ? あなたはボンヤリしてるけど、私の大事な妹なんだから」


 クレアが私に抱きついてきた。お母様も泣きながら私達を見つめている。


「ごめんなさい、お母様、お姉様。もう大丈夫よ」


 私にも味方がいたんだ。誰かに笑われたってもう平気。私は、自分のやりたいことをやろう。物語の世界を、もっともっと、たくさん作り出していこう。






 学校を卒業後、ステラは作家を目指した。時間はかかったがベストセラーを出し、その後、独身のまま作家活動を続け、八十歳でこの世を去った。



「ニコル、また会ったわね」


「やあステラ。待ってたよ。たくさんの世界を作ってくれたね。ありがとう」


「書き残したこともあるわ。物語の世界の番人、ニコルとの恋物語」


「それは今から書いていけばいいさ」


 十五歳に戻ったステラは、この世界でまた新しい物語を紡ぎ始めた。


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