stage07「異形急襲!」
ミゲイルの村、その外れ。
5年ぶりに顔を見せた太陽を浴びながら、談笑する二人の青年がいた。
「太陽なんて久々にみたなぁ」
「そうだねえ、兄さん」
彼等は、このミゲイルの村に住む、農家の兄弟。
一年前に父親が死に、農地を受け継いだ二人。
だが、知っての通りアークガルド全体が暗雲に包まれた事で、太陽光が届かず、不作が続いた。
貯蓄していた資金や食料も減り、オグマの重税もあって、売る所か自給自足もままならない日々が続いた。
このままでは、自分達もオグマに連れていかれてしまう。
そうなれば、家には足腰の悪い母が、一人残される事になってしまう。
母を説得して農地を売り、オグマに連れていかれる前に村を出る事まで考えていた。
そんな時、ふらりと村にやってきたナギが、オグマを倒した。
そして、因果関係は不明だが太陽も戻ってきた。
「今日からバリバリ頑張らないとな!」
「そうだね!」
これで、飢え死にする事も、オグマに連れていかれる事も、生まれ育ったミゲイルの村を捨てる必要も無くなった。
今日から改めて、農家としての生活を始めよう。
母と合わせて三人で、頑張っていこう。
その決意を固める為に、彼等は幼い日によく遊んだ村の外れにやってきて、誓いを立てたのだ。
さあ、仕事に戻ろう。
二人が村に戻ろうとした、その時。
「………あれ?」
ふと、弟が何かに気づき、振り向いて立ち止まる。
「どうした?」
「いや、あっちから誰か近づいてくる」
「誰か?」
弟の見つめる先。
確かに南の方角から、何かがこちらに向かってくるのが見えた。
「旅人か何かかな?」
「おーい!」
………もし彼等が、この村から出た事があったなら、呑気に手なんか振らなかったかもしれない。
遠目で見て、彼等が人の形をしていたから、彼等は「それ」を旅人か何かだと思ってしまったのだ。
「それ」は、愚かにも自分の居場所を教えてくれた獲物を前にして、鋭い牙を剥いた。
数日ぶりの食事にありつけると、その寄生虫と病原菌だらけの唾液で、地面を濡らしながら。
………………
ピリリリリ!
ふと、ナギの携帯が鳴った。
「あ、すいません」
「珍しいわね、ナギちゃんに電話なんて」
メリナに断りを入れて、ナギは着信に答える。
すると。
「もしもし?」
『ナギさんですか!?』
電話をかけてきたのは、慌てた様子のルシアンだった。
自分がギルドステーション・ネネに行っている間、何かあったら電話してくるようにと、電話番号の書いたメモを渡しておいたのだ。
こうして電話をかけてきた事と、慌てた口調から、その「何か」が起こったというのは聞くに明らかだった。
『大変です!村に、村にモンスターの群れが!!』
「モンスター!?」
思わず、ナギは驚いた。
その「何か」が、よりによってモンスターの、それも群れでの襲撃だったとは。
だが、ナギの冒険者としての知識が正しければ、モンスターの襲撃など「ありえない話」である。
それが、どうしたと言うのだろうか?
………………
ミゲイルの村は、またも驚異に晒されていた。
一度目は、オグマの圧政。
そして、二度目は。
「ここから一歩も進ませるな!」
「は、はいっ!」
村にバリケードが組まれ、戦士の館から持ち出したのであろう機動歩兵の装備で武装し、村を守ろうとする村人達。
それを率いているのは、何の因果か、酒場でナギに絡んでいたあの角刈り男。
「撃て!」
角刈り男の号令と同時に、武装した村人が銃のトリガーを引いた。
ズドドドッ!と、目標に向けて弾丸が吐き出された。
人間や、通常の動物を殺すには、十分な武器である。
実際、村人の中の何人かは、これで野生動物を狩り、食べている。
キィイイ………!
だが、それは眼前の敵には無力だった。
弾丸の雨を浴びても、それは………モンスターには、少しのダメージも入っていない。
………ここで、この聖紀末世界における「モンスター」について、少しだけ解説しよう。
まず、この世界には魔法がある。
魔法を使うには、上空の月から地上に降り注ぐ微粒子物質「魔力」を、身体に取り込んで使う必要がある。
魔力には、六つの属性がある。
太陽を象徴とする光と、火、水、風、地の四大属性の魔力だ。
どれも、人間や動物にとっては無くてはならないものだが、六つ目の魔力である「闇」の属性だけはそうはいかない。
闇属性の魔力は、我々の言葉を借りるとすれば、ずばり「有害物質」であり、土壌や水を汚染し、そこにまともな生物が住めなくしてしまう。
闇属性の魔力を扱えるのは、魔王とその眷属達だけであり、かつて人間が追い込まれたのも、魔王による闇属性汚染が理由の一つである。
そしてモンスターは、そんな闇属性の魔力を体内に宿す、魔王の眷属の一つ。
闇属性により汚染された場所で、そこに住んでいた生物が突然変異を起こした存在なのだ。
四大属性の力を持つが、人間と違い、闇属性の力がベースとなっている。
たとえば、村人達の銃弾を受けても平気でいるこちらのモンスター「ゴブリン」は、洞窟に住むヤモリ等のは虫類が変異した物だ。
遠目から見れば人間のようだが、皮膚の質感や目の特徴に、爬虫類の特徴が見られる。
「くそっ!やっぱ普通の武器じゃダメか………!」
所詮は村人を相手にする為の対人用かと、角刈り男は吐き捨てた。
モンスターが驚異足り得るのは、人を相手にする事しか考えられていない武器では、傷一つつかない頑丈さと生命力。
モンスターを倒すには、頑丈さを上回る物理攻撃か、強力な光属性魔法で浄化するか、相対する属性魔法で打ち消すしかない。
もし、ギュスターヴのような超兵器があれば事足りただろうが、不幸にも戦士の館にあるギュスターヴは、ナギが破壊した一機のみ。
そして村には魔法を使える者はおらず、またナギも居ない今、村人達に打つ手はない。
キシャアアア!!
ゴブリンが、狂喜にも似た叫び声をあげながら、バリケード向けて突っ込んでくる。
弾丸を浴びせようが効かぬ彼等からすれば、そこにいる人間は武装していようと獲物に過ぎない。
「き、来たぞ!」
「撃てぇっ!!」
村人達が引き金を引く。
だが、ゴブリンには通用しない。
もう、今から逃げられる距離でもない。
狙われたのは、身体の大きい=食べる部分が多い角刈り男。
「ひっ………!」
角刈り男向け、ゴブリンが飛び込む。
臭い唾液とナイフのような歯が迫ってきて、角刈り男の脳裏に生まれてから今までの事が走馬灯として流れる。
その時。
バシュウッ!!
突如飛来した一撃が、角刈り男にかぶり付こうとしたゴブリンの頭を吹き飛ばした。
突然の事に呆然となる角刈り男の前で、頭部を失ったゴブリンの身体が倒れる。
そして頭上に影が射したかと思うと、角刈り男や村人達を守るように、その小さな身体がバリケードの前に降り立った。
「ああっ!ナギさん!」
「来てくれたんですね!!」
そこに、まるで映画のヒーローのように立ち、得意気に笑うのはナギだ。
ルシアンからのSOSを聞き、急いで駆けつけたのだ。
「ここまで、奴等を食い止めてくれてありがとう、後は私がやるわ」
「お………おう!」
ナギと角刈り男。
酒場の一件から、確執が無いとは言えない二人であったが、ナギは角刈り男の奮闘に感謝し、角刈り男もそれを素直に聞き入れ、村人達と共に身を引いた。
「さて、と………」
対峙する、ナギとゴブリン達。
彼等はある程度の知能がある為、棍棒や折れた剣を武器として持っている。
そして知能があるが故に、ナギが自分達の「天敵」たる存在だと察し、取り囲むも警戒するように距離を置いている。
「モンスター………どうしてこんな日中に」
上記で述べた通り、モンスターは闇の魔力によって生まれた突然変異種。
その為か、一部例外はあれどほとんどのモンスターは、光の魔力を含んだ太陽光を嫌う。
故に、生息地は地下や洞窟、森等の日光の届きにくい場所に限られ、活動するのも夜間や曇り等がほとんどだ。
だが、彼等はどうだろう。
今のミゲイルの村は、暗雲が晴れて太陽が燦々と輝いている。
そんな状況で、光を嫌うゴブリンが何故こんな所に現れているのか。
キ………シャアアアッ!
内の一体が、棍棒を振り上げてナギに迫る。
それに、折れた剣を持った個体も続く。
「考えてる時間はない、か………!」
ナギはポーチから光属性のカードリッジを取り出し、魔法銃ドラグーンに装填する。
そして、グリップ部を引っ張り、棒状に変形させた。
「ソードモードッ!」
ナギの声と共に、変形したドラグーンの銃口より、太陽の光を放つ細い光の剣が展開した。
………魔法銃ドラグーン。
銃とはいっても、魔法機械なだけはあり、単純に魔力による弾を撃ち出すだけの道具ではない。
ドラグーンには、銃の姿である「ガンモード」の他に、近接戦闘武器を展開する「ソードモード」が存在するのだ。
キシャアアア!!
飛びかかってきたゴブリンを。
「そりゃあっ!!」
ずばあっ!と一閃。
光の刃で切り裂かれたゴブリンは、光の粒になって、爆発するかのように四散する。
キィィィ!!
キシャアアア!!
一体倒した所で、まだまだゴブリンは居る。
棍棒や折れた剣を手に、ナギに次々と襲いかかった。
銃弾を受けても無傷だったゴブリン達ではあるが、モンスターの基準で見れば、そこまで強い存在ではない。
そして、相手にしているのは、モンスターとの戦い方も殺し方も知っている冒険者である、ナギ。
なので。
「それっ!やっ!はぁっ!!」
ナギが光の剣を振るう度に、彼等は次々と蹴散らされ、四散してゆく。
村人相手に驚異となっていた姿は何処へやら、ナギはゴブリンを千切っては投げ、千切っては投げ。
キィィィ!!
最後の一体が、やけくそ気味に襲ってくる。
そこで、カードリッジを光属性から火属性に交換する。
光属性のソードモードは、光の剣。
なら、火属性のソードモードは。
「ふんっ!」
銃口の先に、オレンジ色の光が渦巻く。
それが形作るのは、大きな、刺の付いた光球。
「どっ………せい!」
めきいいっ!
重い、燃える球の一撃が、ゴブリンの皮膚を焼き、肉にめり込み、骨を砕く。
火属性のソードモード。
それは大質量の魔力球………ハンマーである。
ギィィ………ッ!?
魔力ハンマーに殴り飛ばされたゴブリンは、そのまま近くにあった建物に叩きつけられ、光となって四散した。
「どうよっ!」
ゴブリンを片付け、得意気になるナギ。
彼女からすれば、ゴブリン程度なら相手にするぐらい朝飯前。
だが「相手が勝ち誇った時、その時すでにそいつは敗北している」という格言の通り、このままナギの勝利では終わらなかった。
「………ん?」
突然、自分の周りが薄暗くなる。
太陽が雲にかかったか?と思った、その直後。
「………ッ!!」
突如、背後から走る殺気。
ナギがその場から跳ねるように離れる。
その直後、その場所に強力な一撃が叩き込まれた。
ずどぉっ!と、まるで大砲のように叩き込まれたそれは、大地を抉り、粉砕する。
もし、その場にナギが居たなら、今頃パンケーキになっていただろう。
「なッ………あれはッ!?」
そして、距離を置いた所で、その存在が何なのかが明らかになった。
大きさは、3mぐらいだろうか。
なんとか頭と手足が確認でき、それが歪でありながらも「人間」を象った形状をしている事が解る。
岩石の表皮と土塊の筋肉を持ち、動く度に隙間から土がパラパラと溢れ落ちているのが解る。
その、ナックルウォークが出来そうな位肥大化した腕は、自分より小さな目標を叩き潰す事に特化した重さと形をしている。
申し訳程度に乗ったバケツのような頭から、視界を司る赤い玉が見える。
「ゴーレム!?こんな物まで………!」
そのモンスターの名は「ゴーレム」。
岩石の身体を持つ、巨大な壊し屋だ。